勇者

 巷には勇者が溢れている。回復士は激務であると吹聴され実際問題生死を左右する働きを求められているためなり手が下降傾向にあるが、なったらなったでチヤホヤされるので一部の人間には人気である。盾役は論外。誰しもが痛いのは嫌である。


 だから私は勇者になった。しかし倒す相手がいない。魔王はとうに討伐されて、支配下にある魔物は姿を消した。数年に一度新たな巨悪がはびころうとも、今まで仲良くやってきているパーティがまた別のパーティを引き連れ複数の勇者集団が総出で向かっていくのでたちまち討伐されてしまう。良いことではないか。悪の芽は摘まれて当然である。


 しかし――しかしである。それは果たして勇者と呼べるのだろうか。呼べるのだろう。悪いことではない。強大な力にはより強大な力を。それが勇者側にあっただけの話だ。最近の魔王は歯ごたえがないと噂を聞いているだけでもうなずける。昔の魔王は凄かった。一夜にして国を十ほども屠ったと聞く。まあ、黎明期の話であるから参考記録であるが。


 私がやっかんでいるだけである。悲しいことに。私は勇者であるが勇者でない。私は魔王を倒せなかった。というか魔王に会ったことすら一度もない。魔物の姿を見たことはある。恐怖に立ちすくんでしまったが。だが私は勇者である。発行書もある。数年に一度更新通知が来るが、そのたびに懐を痛めて更新料を払い今もまだ勇者である。故に、私は間違いなく勇者であることに相違ないのだ。勇者証明を持っていれば大抵の仕事にはありつける。


 それよりも最近恐ろしいのは年齢制限である。私ももう若くはない。魔物討伐依頼を見つけていざ! と張り紙を剥がしてみれば、年齢や経験の項目で既に落選していることが多くなってきた。年齢は仕方がない。人は歳を重ねるものだ。経験はどうしろというのだ。私が勇者になった頃は道を歩けば勇者に当たるというくらいに勇者が国中に溢れていた。依頼主から見れば選び放題であった。しかし私が選ばれることはほとんどなかったし選ばれたところで王族の護衛の交代任務を一日務めたことくらいしかない。それを経験であると話を盛って大きく見せることは私はできない。嘘がつけないわけではない。ただただ単に、話が下手ですぐバレるのだ。


 今現在に至っては、そもそも勇者が求められていない。廃業するものも増えてきたように思える。昔からの友人もつい先日墓守に転職した。時々歩く屍が起き上がるというが、そこは元勇者、伝説の剣を十字架に持ち替えなんやかんやで能力を活かしているらしい。あまり給料は良くないと聞く。


 今日も今日とて、釣った魚を売り歩いて日銭を稼ぐ。明日も、そして、明後日も。

 人は私を釣り師と呼ぶ。しかし私は、勇者である。[了]

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