第24話 自分の知らないところで、人と人とは繋がっている。(6)
◇◇◇
「ゆーくん、今日は久しぶりに同じ部屋で寝ようね!」
予定よりも一日早くこっちへと来てしまった琴葉が、ばあちゃんの手料理が並ぶ食卓で声をあげた。
「う、うん」
「やっぱりあの子は前途多難そうだねぇ……」
「ばあちゃん、何か言った?」
「なんでもない、独り言だよ」
結局、鮫島からのメールを見て駆けつけてきた琴葉は今日はここに泊まって、明日から琴葉のじいちゃんちに来る和葉たちと合流することになった。
ばあちゃんはともかく、じいちゃんは若くて可愛い女の子がいるのでにこにこと嬉しそうにしている。
そんなこんなで四人での夕食を終えて風呂に入ると、ばあちゃんたちはお出かけで疲れたのか少し早めの就寝。琴葉と二人居間に取り残されたが面白いテレビも特になかったので、俺たちも布団に入ることにした。
ちなみに、琴葉はなぜか着替えの下着は持ってきていたが流石にパジャマは準備していなかったみたいなので、俺の適当なジャージを貸してあげた。
彼シャツの彼女がめっちゃ可愛いっていうのはまあそれなりに分かるけれど、個人的にはこういうジャージみたいなラフな恰好の方がむしろ良いと思う。なんていうか本当に、尊い。
「こんなに早くに寝床に入るのなんていつぶりだろ」
「まだ九時半だもんね」
小さい頃は、この天井の木目が顔に見えたりなんかもして怖がっていたなぁ。
すぐ隣に敷かれた布団にいる琴葉を感じながら、昔のことを思い出す。あのころは土日休みの度にこっちへ来て、よく俺と琴葉のじいちゃんちにお互い泊まったりなんかもしたものだ。
「あと何日かこっちに泊まって、家に戻ったら夏祭りだね」
「そうだね。忙しいや。それに、今年はみんなと別荘にも行くしね」
「そう、だね」
お互い黙って、ゲコゲコ、リーンリーン、と蛙と虫の音だけが部屋に聴こえてくる。
もう八月も折り返しが見えてきて、そしたら夏休みもあと二週間くらい。あっという間に時間が過ぎていってしまう。
「なんかうちの高校ってさ、夏休みの前まではイベントがあるのに、夏休みの後ってあんまりそういうのもない気がするよね」
ふと、そういえばと琴葉がそんなことを言った。
「まあ、一応進学校を名乗ってるからね」
「確かに。でも、なんか寂しい感じしない?」
「言われてみればそうかもね」
まあ、一学期の序盤だってイベントがあったといっても学園祭くらいのもので、特に他に何かがあったというわけでもないけれど、琴葉が言った通り夏休みが明けるとこれまで以上に本当に何もない。
これから秋、冬と移ろって行って、どこか切なさを感じるような季節になっていくというのに、盛り上がるようなことがないというのはやっぱりどこか寂しくなるかもしれない。
「オープンキャンパス……」
「え?」
思わず漏らした言葉を、琴葉が拾う。
「ほら、確か十一月までに、どこかひとつは受けないとって話だったよね」
「あー、そういえばそんなこと言ってたような言ってなかったような」
いよいよ大学受験のことも考え始めないといけない時期になるからと、皆どこかの大学のオープンキャンパスに行って、報告書を提出するようにと担任から前に言われたはずだ。
「大学かぁ。やっぱり県内でどこか探す?」
「うーん……それもいいと思うけど、この機会に県外の大学を見てみてもいいかなって。もちろん、琴葉も一緒に。ちょっとした観光がてらさ」
「え、いいかも。うん、いいよそれ。そうしよ、ゆーくん」
「でもひとまずは、残りの夏休みを楽しまないとだね」
「うん。あと課題もやらないとね」
「うぅ、おやすみ……」
思い出したくないことを思い出してしまったらしい琴葉が、現実から目を背けて俺に背を向けるように寝返る。
「……俺も手伝うから一緒にやろう」
「それなら、頑張る」
それから、おやすみと。お互いに小さく言葉を発して、俺たちは眠りについた。
翌日、いつものように俺が琴葉の抱き枕と化していたことは言うまでもない。
◇◇◇
「おはよう、佑斗。今日はちゃんと起きたのね」
「「…………」」
琴葉がじいちゃんちへとやってきて一晩が明け、世間が本格的にお盆休みに入ったお盆初日。
琴葉と二人で起きて、寝ぼけ眼を擦りながら居間に行くと、昨日と同じように鮫島がいた。
「なんで六花ちゃんがここにいるの!」
「そりゃあ、千代さんと佑斗に会いに」
「いや、そんな毎日来られても迷惑だろ」
「酷い! 佑斗ったらそんなこと言うなんて!」
「……」
なんだか変に気を遣うより、正直に物事を言った方が生き生きしてる気がする。もしかして彼女はマゾなのだろうか。
「お盆休みにまで押しかけるなんて、非常識だよ六花ちゃん」
「どの口が言うのよ、どの口が」
「私はもうほとんどゆーくんの家族みたいなもんだからいいんですー」
「ふんっ、いつまでもそうやって
口を尖らせて応戦した琴葉に、鮫島は雑魚悪役キャラみたいな台詞を吐く。
「いや、にしても流石に振られた次の日に会いに来るってドМ過ぎるだろ」
「え、なんか今日の佑斗、やたらとあたり強いんですけど⁉」
おっといけない。ついつい今まで我慢していた分というか、その跳ねっ返り的にド直球なことを言ってしまった。
なんか文面だけ見たらドクズ野郎だな。うん。
まあ別にいいか。俺には琴葉がいるし。多方面に良い顔しようとして失敗するよりマシな気がする。
「それより佑斗、今日はこれからお墓に行くんだから早く朝ご飯食べてもらえるかしら」
「いや、なんでお前がばあちゃんちのお盆さん仕切ろうとしてるんだよ」
「千代さんに頼まれたからよ」
……またばあちゃんか。
琴葉と二人してばあちゃんに視線をやると、「マブダチだからねぇ」と適当なことを言われて、誤魔化された。
「龍沢さんは自分の家の方に顔を出さなくてもいいの?」
「ゆーくんを六花ちゃんと二人になんてできないでしょ! それにたぶん待ってれば私のおばあちゃんたちも来るし」
ひとまず手早く朝食を済まして近所のお墓に歩きながら、そんなことを話す。
いつも午前中にお墓へ行くと、だいたい同じ時間に琴葉のじいちゃんたちも来ているのだ。
お墓が同じあたりにあるとかいうレベルではなくて、立花家の墓と龍沢家の墓、それと琴葉のお母さんの旧姓でもある
「……佑斗の家と龍沢さんの家は、お墓も隣なのね」
「幼馴染だからね」
すぐ隣にあるお寺で
「いや、関係ないわよ、それ」
「じゃあ運命だからだね」
「……」
そうこうしているうちに琴葉のじいちゃんやばあちゃんもやってきて、軽く挨拶をして自分たちの掃除やら水や花の入れ替えを始める。
琴葉もそっちの方を時折手伝って、よく分からないけど毎年やっているように住職さんのお経をお墓の前で聞いて、三家分のそれがすべて終わるとようやく俺たちは帰れることになった。
「おばあちゃん、お昼はゆーくんの方で一緒によばれるから、お母さんたちが来たらそっちに行くね」
お昼の準備をするということでばあちゃんたちは先に帰ってしまったので、三人で家へ向かう。こうして三人だけで歩いていると、中間テストの打ち上げの後の帰り道をなんとなく思い出してしまう。
「六花ちゃん――」
唐突に、琴葉が数歩前に出て、振り向いた。昨日の鮫島の告白と少しだけ重なって、でもまったく違う自信満々な表情だった。
「――ゆーくんは、私のゆーくんだから。六花ちゃんがどんなに頑張っても、絶対に渡さないよ」
こっちが恥ずかしくなるような宣言に鮫島は息を吐き、少し間をとってそれに答える。
「あなたが何を言っても、佑斗は誰のものでもないわよ」
それから、「そうでしょう?」と。
そんなことを言いたげな瞳で俺を見て――。
「――いや、俺は琴葉のだよ」
俺ははっきりと断言した。
「…………」
いや、「空気読みなさいよ」みたいな目で見られても。
「……い、今はっ!」
「「え?」」
訊き返した俺と琴葉を置き去りにして、走り出した彼女は言う。
「今はまだ、そういうことにしておいてあげるわ! 今はね!」
「……ゆーくん、なんか急に容赦ないね」
「まあ、変に気を回すのも思い上がりかなって、やっと気づいたから」
「ふーん」
鮫島が一人で先に行ってしまったので二人でゆっくり帰ると、彼女はもうじいちゃんちにはいなかった。
「午後はさ、一緒に宿題やろっか。琴葉の課題も和葉に頼んで持ってきてもらってさ」
「うん!」
居間でテレビを見ながら、この二、三日でどのくらい課題を終わらせられるかなと考える。
「琴葉――」
「ん、なに?」
すぐ隣の幼馴染の名前を呼んで、今日も今日とて相変わらず可愛いなぁ、と一人でにそんなことを思って。
「……なんでもないよ」
「変なの」
俺は琴葉の頭を撫でた。
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