第21話 自分の知らないところで、人と人とは繋がっている。(3)


     ◇◇◇



「あらおかえり。思ったよりも二人、仲良いじゃないか。どうせだしそのまま結婚しちまいなよ」



 買い物袋の二つある持ち手を二人で分けるようにして帰った俺たちは、家に戻るなり玄関先で花に水をやっていたばあちゃんにそんなことを言われた。


「ちょっと千代さんたら、気が早いですよ!」

「早いも遅いもあるか。俺は琴葉と結婚する」


 ばあちゃんに頼まれた買い物なんだからそのくらい俺が持つと言ったのに、鮫島が変なところで頑固で素直に従ってくれなかったせいだ。


 琴葉と結婚して同じ家にこうして歩いて帰ったらさぞかし幸せだろうな、とか心底思ってしまうのは鮫島には申し訳ないけど、何をしたって琴葉だったらと考えてしまうのは俺の性というやつだ。


「じゃあとりあえず、ちょっと台所借りますね」

「いつも悪いねぇ」


 いい加減太陽の視線からも逃れたくて家に入ると、流れるようなやりとりで鮫島は台所へと向かった。


「荷物、ありがと。そこに置いておいてちょうだい」

「お、おう」


 ばあちゃんに変なことを言われて慌てて鮫島から奪い取った買い物袋を冷蔵庫の隣に置き、俺は少しばかり彼女の料理を見学することに決める。


 あんなに美味な弁当を作ってのけるのだ。いったいどんな調理をしているのか、お手並み拝見といこうじゃないか。特にやることもないし。


「ちょっと、あんまり見つめられるとやりずらいのだけど」

「鮫島を見つめてるわけじゃないから気にしなくていいぞ」

「……そう」


 どこから取り出したのか可愛らしいフリフリのエプロンを身に纏って、使わない食材を慣れた手つきで冷蔵庫へしまった鮫島は、畑で採れたらしい茄子やピーマンを切り始める。いつもばあちゃんやじいちゃんしかいないときにもこうやってキュートなエプロン姿で料理しているのかと考えて、なんだかおかしくなって少し笑ってしまった。


「なによ、そんなに似合ってないとでも言いたいの?」

「そんなこと言ってないだろ」

「…………そう」


 ちらちらとこちらに視線を振りながらも、器用に調理を続ける姿には一切の無駄がない。


 一方ではグリルにアルミホイルを敷いて茄子を丸ごとぶち込んで、もう一方では二つのフライパンを準備して。なんだか就職したらめちゃくちゃ仕事できそうだなぁ、と思わされる、流石の手際だった。


「なに作ってんの?」

「茄子と豚肉のみそ炒めと、揚げ茄子と焼き茄子」

「茄子尽くしだな」

「知らないの? 夏は茄子が美味しいのよ」


 料理はマルチタスクだなんて言うけれど、あまりにも当たり前のようにいくつもの行程を並行して進めていくので特段凄さを感じさせない。けれどきっと、それを凄いと感じさせないところが凄いんだろう。


 フライパンに多めの油を引いて、そこで茄子とピーマンを順に揚げていく。すぐ隣のコンロでは軽く炒めた茄子に豚肉を足して、火が通ったらみそと醤油、砂糖、みりんで味付け。


 ちょうどいい具合に味が付いたのだろう。鮫島は味見をした後に二度、小さく頷くとそのままフライパンの火を止め、グリルのなかで丸焼きにされていた茄子を救出した。


「茄子って焼くとこんなに良い匂いするんだな」

「えぇ、簡単だからおすすめよ。ポイントは焼く前にくしでたくさん穴をあけておくことと、皮が少し焦げるくらいまでしっかり焼くこと。あとは冷水にさらしながら皮を剥いて、市販の白出汁につけて冷蔵庫で少し寝かせるだけで完成よ」


 びっくりするくらい香ばしい香りを漂わせた焼き茄子の説明をしながらも、揚げ茄子の調理と焼いた茄子の皮むきをする手は止めない。


 一足先に皮を剥き終わった茄子はボールに入れられ説明の通り冷蔵庫へ。そして、揚げられた茄子とピーマンはクッキングペーパーに油を吸われた後、濃い目に希釈されためんつゆ入りのボールへとドボン。


 見る見るうちに料理が仕上がっていく。


 鮫島作の弁当を食べたときには良い出汁を使っているんだろうとかそんなことを考えたけれど、もしかしたら、普通に家庭にあるような調味料であれだけの味を出していたのかもしれない。


「佑斗、冷蔵庫に入ってるご飯、レンジで温めてもらえるかしら」

「ん、あぁ」


 言われた通りに温めのボタンを押して、また料理の見学に戻る。


 まずは、冷蔵庫で少し冷やされた焼き茄子が、じいちゃんちらしい和風の器に盛りつけられる。本当に、料亭で出てきてもおかしくないような見た目だ。


 続いて、めんつゆにつけられた揚げ茄子とピーマンも大皿に移された。そのままみそ炒めを弱火で温め直しながら生姜をおろして、焼き茄子と揚げ茄子の両方のつゆに溶かして—―。


「――できたわ。ご飯は私が盛るから、おかず運んでもらえる?」

「あ、うん」


 本当にあっという間に、三品も完成してしまった。


「あれ、みそ汁なんて作ってなかったよな?」

「それは千代さんが朝作ったやつよ。オムライスには合わないだろうって佑斗には出さなかったけど、多めに作ってあったの」

「なるほど」


 知らない間に温め直されていたみそ汁を居間まで運んで、家庭菜園よりは少し大きい庭の畑にいたばあちゃんを呼びに行く。


 起きてから見ていないじいちゃんはいつも、鮫島が来ると気を遣って外で飯を食べてくるとのことらしい。


「いやぁ、やっぱり六花ちゃんは良い嫁さんになるねぇ」

「もう、千代さんったら」

「……」


 三人が揃ったところで手を合わせ、茄子尽くしの料理を食べ始めると、ばあちゃんと鮫島がまた変な空気感を作り始める。いつもならなに言ってんだとツッコミを入れるところだが、しかし、そんな余裕はどこへやら。俺はただ黙って、料理をひたすら食べ進めていた。


 みそ炒めも、焼き茄子も、揚げ茄子とおまけのピーマンも。遅めの朝食とついさっき食べた肉まんで腹はほとんど減っていないはずなのに、どれを食べてもびっくりするくらい米が進む。食べるほどに腹が減る。


「あれ、これもばあちゃんが漬けたやつ?」

「いや、それはさっきちょっと私が漬けといたの。塩もみしてめんつゆに漬けといただけの簡易漬け物」

「へぇ……」

 

 いやいや、いつのまにそんなことしてた? 全然気づかなかったんですけど⁉

 っていうか、本当に、料理どれも美味しすぎやしませんかね⁉


「私と結婚したら、毎日腕によりを込めて愛妻料理を振舞っちゃいます」

「…………」


 さっき見たエプロン姿の鮫島が、頭に浮かんだ。


 しつこいくらいに絡んでくるからたまに忘れてしまうこともあるけれど、学校でも話題の超絶美少女。料理の腕は一級品で、調理中の表情も凛々しいと言えばそうかもしれない。さらには自分のことをなぜだかやたらと好いてくれていて、押しが強い。あと、胸もデカい。エプロンもまあ、似合っていた。


 あれ、もしかして。


 家に帰ったらそんな嫁さんが待っているだなんて、世の男性の憧れそのものなのでは?


 改めて考えてみるとそんなことを思ってしまうほどの、超優良物件。


 いやこのご時世、家で待っているとは限らないか。むしろ鮫島の場合、旦那よりも稼いでいそうな気がする。うん。


 まあ俺は琴葉のためなら腕によりをかけた料理を振舞っちゃうし、仕事だって頑張って一杯稼いじゃうけど。


「私と結婚したら、おっぱい揉み放題です」

「いや隙あらば新しいキャラ付けしてくるのやめろ! 打ち切り間近のラブコメ漫画か! もうキャラ崩壊ってレベルじゃねぇぞ!」


 鮫島はさらに魅惑的な提案で畳み掛けてくるが、それでも俺は揺るがない。まったく。これっぽっちもだ。ほ……本当だよ?


 俺には心に決めた女の子が—―琴葉がいるのだ。それをちょっとの料理やEだかFだか分からんメロンごときにほだされたりなどするものか。


「まあ冗談はさておきさ、まじで美味いよ、これ。本気で店出せる。お金取れる」

「そう……かしら」


 珍しく褒めちぎられたのがそんなに嬉しかったのか、鮫島は恥ずかしそうに目線を泳がせる。



「普通に家にあるものしか使ってないはずなのに……もしかしてなにか、隠し味を入れてるとか?」



 そして、そのあとに続けた俺の言葉を聞いて—―。



「――知らないの? 料理は愛情なのよ」



 彼女は決め顔でそう言った。



「…………六花ちゃん。あんたよく分かってるねぇ」



 俺も鮫島も何も言わず、時計の針だけがチクタクと鳴く。


 そんな沈黙に耐えられなくなったのか、あるいは自分の発言があとから照れくさくなったのか。


 鮫島は小盛りのご飯を一気に口に掻きこんで、手を合わせると急に立ち上がった。


「ごちそうさまでした。わ……私、このあと予定があったのを思い出したので、今日はこのへんでお暇します。千代さん、あとの洗い物はお願いしましゅっ!」

「「……あ」」


 ……噛んだ。噛みました。噛みまみた。


 隙あらば新しいキャラ付けをしようとするな! まったくもう、本当にまったくもうだ。


「おっ、お邪魔しましゅた!」

「「……あ」」


 ……また噛んだ。


 新しい一面だけを垣間見せて、鮫島は足早に家を出ていった。


「あんた、幸せもんだねぇ」

「…………」


 彼女が帰った後もしばらくは秒針の音だけが、部屋に響いていた。





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