第20話 自分の知らないところで、人と人とは繋がっている。(2)
◇◇◇
「いやぁ、それにしてもまさか二人が知り合いだったとはねぇ。まあ、とりあえず佑斗はご飯を食べなさいな」
「ん、あぁ」
なんの前触れもなく当たり前に居間にいた鮫島と顔を合わせてからほんの数分。ばあちゃんは朝食を温め直して、持ってきてくれた。
その間に少しだけ鮫島と話して、彼女がばあちゃんと知り合いでたまにこうして家に来るというところまでは聞き出せたけれど、どうして二人が知り合いなのかということはまだ分からなかった。話をした感じでは俺がばあちゃんの孫だということも知らなかったらしい。まあそれはさっき顔を合わせたときの間抜け面からしてもなんとなく察していた。
……あのときの間抜け面に関しては俺も人のことは言えないか。
ところで、なんの前触れもなくとか思ってしまったが、考えてみれば昨日の夢は虫の知らせ的なやつだったのかもしれない。
いや、虫の知らせと言ってしまうのは鮫島の来訪がものすごく不幸な出来事みたいに聴こえて、流石に失礼か。
「い……いただきます」
ひとまず俺は、ばあちゃんに言われた通り朝食を食べることにして手を合わせた。
メニューは単品のオムライス。小さい頃から俺はばあちゃんの作ってくれるオムライスが大好きで泊まりに来る度に毎回リクエストしていた、なんてエピソード付きの慣れ親しんだ大好物だ。
一緒に置かれたケチャップを卵の上にかけて、それからスプーンで大きく一口頬張る。昔はこの黄色い卵のキャンバスによくケチャップで絵や文字を描いたものだ。
ひたすらに懐かしい味はいつもであれば一口、また一口と匙を持つ手が加速するのだけれど、しかし今日に限ってはそうはならない。
たったひとつだけいつもと違うことがあるからだ。
「……あの、じっと見るのやめてもらっていいですかね」
具体的に言わせてもらうと鮫島がすぐ隣で、俺がオムライスを食べている様子をじっくりねっとりと見つめていたからだ。
戸惑いに負けて思わず敬語で話しかけてしまったくらいに、見つめられていた。
「嫌よ。私がいつ何をするかは自分で決めるわ」
「…………」
自分のじいちゃんの家だというのに今まで生きてきた中で一、二を争うレベルの居心地の悪さを感じながら、オムライスを食べ進める。
この数か月、少しだけだが鮫島と関わってきた中で得た経験則だ。
こういうふうなことを言った時の鮫島は、もう何を言っても自分を曲げない。どんなに拒否しても、自分が決めたようにただそれを続ける。
たいして彼女のことを知っているわけではないが、それくらいのことは俺にも分かるようにはなっていた。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま」
なんとか一皿平らげて手を合わせると、俺は台所に食器を運んでそのまま寝室へ向かう。今更ながらに気づいたが、パジャマだったからだ。
まあ着替えるといっても適当な短パンと半袖ティーシャツしか持っていないので大して変わりもしないが、今回パジャマ替わりに持ってきていたのは中学時代の学校ジャージだったのでそれよりはましだ。
というか、高校生にもなって中学時代のジャージをパジャマにしてるとか思われるのはちょっと恥ずかしい。もう見られてしまったのでどうしようもないんだけど。
いやでも、琴葉だっていつも可愛いパジャマを着てるわけじゃないし、たまには俺と同じように昔の学校ジャージを着てることもあるんだから、そんなに恥ずかしがるものではないのかもしれない。
ちなみにダサい学校ジャージを着ていても琴葉は最高に可愛い。もっと言ってしまえば、俺個人としてはラフな恰好というのは親密度が高くないと見ることができない感じがしてむしろ良い。
「佑斗、買い物に行くわよ」
そんなあっちへ行ったりこっちへ行ったりなどうでもいいことを考えながら手早く着替えて居間へ戻ると、座っていた鮫島が立ち上がってそう言った。
「え? 行かないけど」
「行ってきなさい、佑斗。六花ちゃんに買い物頼んであるから、あんたはその荷物持ちだよ」
即答で拒否の意思表示をした俺に、ばあちゃんはそれっぽいことを言って行かせようとする。なにそのチームプレイ。怖いんですけど。
「そういうことだから、早く行くわよ」
「え、いや。ちょっと待って……」
俺の意思なんてどうでもいいとばかりに、鮫島は俺の手を引いて、靴を履き替えて家を出る。
「いってきまーす」
「気をつけてねー」
「え、ちょ! 待っ!」
そして無理やり引きずられるようにしてなんとか靴を履いた俺は為すすべもなく、間抜けな声だけを置き去りにしてそのまま外へと拉致された。
◇◇◇
「さっきの話の続きだけれど、いつも
「千代さんって、マブダチかよ……」
じいちゃんちから最寄りのスーパーまでは徒歩で十分ほど。その道中を歩きながら、俺はばあちゃんと鮫島が名前で呼び合う仲だという事実に驚いていた。
「本当に、なんで鮫島が俺のばあちゃんとそんなに仲良いんだよ。っていうかそもそも、どうやって知り合ったんだよ」
「ま……まあ、いろいろとあったのよ。でも知り合ったのは本当にたまたまで、だいたい千代さんが佑斗のおばあさんだったことだってさっき知ったんだから私の方がびっくりよ」
「はぁ……」
まあ、確かに知り合いのおばあさんの家に行ったらクラスメイトが出てきたとか、普通にびっくりするだろう。しかもその相手がなんだ、その……自分の好きな人、とかだったらなおさら。
俺と琴葉くらいの間柄になるとお互いのじいちゃんばあちゃんだって知っているしそんな想定外な出会いなんてないんだろうけれど、それは一般的に見たら珍しい部類の話だ。
っていうか琴葉と言えば、今のこの状況はかなりやばいんじゃないだろうか。
俺と鮫島には万が一どころか億が一にも間違いは起こらないだろうけれども、もしなにか間違いがあってこんなふうに鮫島と二人きりでいるようなところが琴葉にバレてしまったら、下手したら殺されてしまうかもしれない。鮫島が、琴葉に。
文化祭の前だって俺と鮫島がたまたま一緒に帰っていたところを見て俺と口を利いてくれなくなってしまったし、学校があるわけでもないこの時期に、しかもこんな場所で二人で歩いているのなんて普通に考えたら待ち合わせて会っているみたいじゃないか。
「鮫島、何か言い残すことがあれば聞いてやるぞ……?」
「え? なんで急に、今から私が死ぬみたいになっているのかしら」
「悪い奴じゃ、なかったんだけどな……」
「ちょっと! もう私が星になったみたいに空を見ないで! っていうかまだ昼前だから! 星も見えないから!」
まったく、こんなときにハイテンションなツッコミばかりしてきて気楽な奴だ。琴葉が殺人犯になってしまったらどうしてくれるんだ。そんなことになったら鮫島のせいだぞ。まったくもう。
そうこうしているうちにスーパーに到着し、鮫島は慣れた手つきでカートに買い物かごを入れて店内へと入る。
「二人で買い物なんて、文化祭のとき以来かしら」
「……そうだな」
あのときはホームセンターだったし、琴葉とのことでそれどころではなかったから特に思うこともなかったけれど、今いるのはスーパーだ。スーパーに二人きりで買い出しと言えば同棲カップルか新婚さんのあるあるじゃないのか、とそんな思考も巡らせてしまう。
まだ琴葉とだってしたことないのに。二人暮らしを始めてからのお楽しみだったのに。
それより先に鮫島と二人で来ることになるだなんて思わなかった。純潔を奪われた気分だ。
「……新婚さんみたいね」
「急になに言ってんだ。ちゃちゃっと済まして帰るぞ!」
「佑斗ったら、照れちゃって」
「照れてねぇよ!」
最近はキャラでもないことを言う鮫島が板についてきて、むしろそういうキャラになってきている気がする。
適当なことを言い合うこんなノリはなかなかに悪くないけれど、でもそれをいつまでも続けるわけにはいかないんだろう。
「で、買うものは?」
「とりあえずは魚と肉かしら。野菜は畑で採れたものとご近所さんからの頂きもので賄えるだろうから」
なんで俺よりもじいちゃんちの台所事情に詳しいんだよ。
そんなツッコミを飲み込んで、俺は鮫島の後ろをついていく。順路通りに目的の品物をかごに入れて、その流れで会計をして。
そして外に出たところで、移動式の屋台を見つけた彼女はいたずらな笑みを浮かべて言った。
「あと、なんだか肉まんが食べたい気分だわ。佑斗はあんまんで良いんだったかしら?」
「…………」
ふと二人して中華まんを食べたあの日を思い出したのは、きっと俺だけではなかった。
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