第17話 たまには柄にもないことを考えこんだりもする。(1)
◇◇◇
「ゆーくん、起きて!」
「ん、まだ八時……あと三十分は寝れる……」
名前を呼ばれて薄く目を開け、枕元のスマホで時間を確認してまた目を瞑る。九時半に出かけようという話になっていたので、アラームは八時半にセットしておいたのだ。おやすみなさい。
「ちょっと寝ないでよ。ゆーくんってばぁ」
「んー眠い……」
「もう、仕方ないなぁ」
いやね、もちろん朝から可愛い幼馴染が部屋まで起こしに来てくれるなんていう俺得なシチュエーションはもう、堪らないんですよ?
でもですね、人間には三大欲求というものがありまして、睡眠欲っていうのはその中のひとつでむにゃむにゃ……。
◇◇◇
光の届かない海の中をゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。そのうち息が続かなくなって、だんだんと視界が霞んでいって。
そんな夢を、見ていた。
目を覚ましたのは、初期設定のままのスマホのレーダー音に呼び起されて、ではなかった。
「
いや、正確にはアラーム音もそばで鳴り響いていたけれど、俺が目を覚ましたのは今までに感じたことのない息苦しさからだった。
「ふへへ……ゆーくん……」
よだれを垂らしながら俺を抱き寄せて眠っている可愛い幼馴染の海の底――おっぱいだった。
「ちょっと琴葉! 起きて!」
段々と意識が覚醒して、惜しむ暇もなく慌てて琴葉の胸に埋まった自分の顔をサルベージする。
「……もう、そんなに大声でどうしたの、ゆーくん」
「いや、息ができなかったんだよ。殺されるところだった」
「そんな、大げさだよー」
死因がおっぱいによる溺死とか流石に間抜けすぎる。野球じゃないけど
それにしても柔らかかった。良い匂いもしたし。
「どうしたのゆーくん、ぼうっとして」
「い、いや、なんでもないよ。そろそろ準備しようか」
頭を大きく振り、マシュマロの感触の余韻を払いのけて、俺は立ち上がる。
「準備、私はもう全部してきたけど」
「いや、髪に寝癖ついちゃってるし、服もしわができちゃってるよ?」
「え、嘘! 早く起きすぎちゃったから、予定を前倒しにして出かけようと思って来たのに……」
「じゃあとりあえず、一旦家に帰って準備をし直して、九時半に集合ってことにしようか。早く準備出来たら来てくれればそれに合わせるから」
「分かった! すぐ準備してくる!」
よく見るといつもなら絶対に履かないようなミニスカートを身に纏っていた琴葉は、元気に返事をして部屋から飛び出ていった。
「さて、俺も顔洗って飯食べるか」
誰に言うでもなく独り呟いて、俺も洗面所へ向かうべく部屋を出た。
◇◇◇
「やった! ストライク取ったよ、ゆーくん!」
「うん。すごいじゃん、琴葉」
あれから、結局三十分ほどで支度を済ましてきた琴葉が家に来て、予定より早いが九時ごろには家を出た。最寄りの駅まで自転車で向かって、そこからは県内でも数少ない、というか唯一かもしれないラウンドゼロまで直通バスで十分と少し。
ここらで学生が遊ぶと言ったら全員が全員思い浮かべるであろうこの場所に、辿りついたのだった。
考えてみれば休日に家族ぐるみで旅行へ行ったり、お互いの家でだらだらと一緒に過ごしたり、二人で買い物に行ったりということはよくあったけれど、こうして友達同士やカップルで来るような場所へ琴葉と二人して来るのは初めてだ。クラスの奴らは俺や琴葉が付き合っていないということに驚くけれど、そう思うと案外、普通に付き合っていないピュアな関係なのかもしれない。
「ゆーくん、やばい。もう腕に力が入らないよ……」
とにかく、そんなこんなでボーリング場に投げ放題プランで乗り込んで一時間もしないうちだった。
最初のうちはウキウキしながら楽しそうにしていた琴葉が、顔を歪めて言った。
「俺も筋肉痛になりかけてるけど、でもまだ四ゲーム目だよ?」
「うーん……せっかく投げ放題で入ったのに、ここで終わっちゃ勿体ないよね」
俺が思ったことは彼女も同じように感じていたようで、俺はその言葉に苦笑いで返す。
「それに、勿体ないってのもあるけど、やってるうちにもっとやりたいもっとやりたいってなってくるんだよね。なんでか分からないけど」
「それはちょっと分かるかも!」
とはいえ、琴葉があんまり楽しめなくなったら本末転倒。仕方ないのであと一ゲームくらいやったら、少し早い昼食にしてカラオケにでもいくか。
「あ! じゃあさ、お互い利き手と逆の手で投げて、そのスコアで勝負しようよ。負けた方が勝った方の言うことをひとつ何でも聞くってことでさ。そうすればまだ何ゲームも遊べるし、三ゲームやって、二勝した方が勝ちってことでどう?」
「うん、いいんじゃない?」
名案を思いついた、とばかりに提案してきた琴葉に、俺は頷く。
俺も琴葉もボーリングをするのは初めてだけれど、ここまでのゲームすべてで琴葉は俺のスコアよりも低かった。きっと負けず嫌いの彼女はそれが気に食わなかったんだろう。
逆手なら俺に勝てると踏んだのか、もうすでに勝ち誇ったような表情で、満足げに胸を張っていた。
「――うぅ……負けたぁ。悔しいけどもう両腕が上がらない……」
しかしそれから数十分足らず、逆手で勝負を初めて二ゲーム目には早くも決着がつき、三ゲームを終えて結局一勝もできなかった琴葉は悔しそうに唇を噛む。
「じゃあそろそろおしまいにして、お昼食べたらカラオケで勝負する?」
「する! 今度は負けない! 勝った方が言うことひとつ聞いてもらえるってことで! 今回私が負けた分もなにか思いついたらいつでも言ってね!」
そして数秒後には直前までがっかりしていたのを忘れてしまったかのように、闘志を瞳に灯らせた。
何かひとつ言うことを聞いてもらえると言われても、何にしようか。熱海での勝負に勝ったときにも結局思いつかなかったんだよな。
そんなことを考えながら、ボーリング場のある建物を出てすぐ近くのファミレスへと足を動かす。
「カラオケって、ゆーくん何点くらい取ってたっけ?」
「えっと、確か中学のころ、瑛太たちと一緒に行ったのが最後だったから……そのときは九十点いかないくらいだったと思う」
「ほうほう。それなら勝ち目はあると」
「うん。確か琴葉のそのときの最高点数、俺と同じぐらいだった気がするし」
「よし。じゃあ勝っちゃうよ、ゆーくん」
「俺にどんないうことを聞かせるつもり⁉」
ぐへへ、とわざとらしく笑った琴葉を見て、俺は筋肉痛の両腕で体を抱き寄せる。
「ぐへ、ぐへへへへ」
「…………えい」
「痛ッ⁉ いたいよ、ゆーくん! DVだ! 家庭内暴力反対!」
さらに不気味な笑いを続ける琴葉にえいと手刀を振り下ろして、俺はファミレスの扉を開けた。
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