第16話 大事なことだから二回言えば良いっていうものでもない。(2)


     ◇◇◇



「もう琴葉、今日はなんでわざわざあんなことしたんだよ」



 家庭教師を終えて、それぞれ夕食や風呂を済まして。


 海へ行っている間に修理されたエアコンがついた部屋でいつものようにだらだらと過ごしながら、俺は琴葉に話を振った。今日、やたらと陽菜に突っかかっていたのを思い出したからだ。


「あんなことってなんのこと? 私はただゆーくんとのお気に入りの写真を待ち受けにしてただけだけど?」

「嘘つくの下手なんだから猿芝居しないでいいって」


 音がどこからか抜けている口笛を吹いた琴葉は、俺から顔を逸らしてベッドで足をばたつかせる。


「だって……ゆーくんが天然ジゴロだから悪いんじゃん」

「いやジゴロって。陽菜は唯と同い年だよ? 妹みたいなもんだよ」

「ふーん……」


 不満げに頬を膨らませる琴葉を見て、俺は決して面倒臭いだとかは思わない。


 彼女や彼氏の束縛や嫉妬がウザいだとか面倒だって話はそれなりに聞いたりするけれど、好きな相手に嫉妬されることのどこが面倒なのか俺には理解できない。「可愛いなぁ、もう!」ってなって終わりだと思う。


 可愛いなぁ、もう!


 もっというとヤンデレとか、一方的じゃなくて両想いでそうなのならむしろ悪いところなくね? とか思う。


 まあ俺と琴葉はそもそも付き合ってもないんだけど。


「っていうか、二つも歳下の子を相手に今日の態度は、流石に大人げなかったよ?」

「むぅ……」


 とはいえ、いけないことはしっかりいけないと伝えないといけないので、琴葉の頭に手を置いて俺は言う。


 それから、いつまでもこんな話をしていてもということで、これからの夏休みの予定について話すことにした。


「そういえば、今年は何日からじいちゃん達んとこに行く?」

「うーん……十三日から三日間かな。ゆーくんは?」

「俺はいつもよりちょっと早めに十日から行くつもり。琴葉たちが後から来るなら、帰りはそれに合わせるかな。今年はほら、ばあちゃんが退院してからまだ顔見せに行ってないからさ」

「あー。なるほど」


 俺は毎年、お盆や正月には決まってじいちゃんち――つまりは父さんの実家に泊まりに行く。そのときには琴葉も同じように祖父母の家へ行くことになるんだけれど、その向かう先がほとんど同じなこともあって、いつも日程を合わせるようにしていた。


 俺と琴葉の両親は幼馴染だから、じいちゃんやばあちゃんの家もすぐ近くなのだ。


 母さんの実家だけ借家だったらしく、母さんが高校を卒業したのを機に契約をやめてその後取り壊されてしまったらしいけれど、父さんの実家は母さんにとっても小さい頃から慣れ親しんだ第二の実家みたいなものだから、まああまり暗い気持ちになるようなことでもない。おかげさまで毎年ゴールデンウィークには老舗旅館へ出掛けられることだし。



「なんか海にも行っちゃったし、楽しみにしてたことが終わっちゃって寂しくなってくるよね」



 あーあ、と語頭に付けて、琴葉はそんなことを言う


「まだ夏休みは三週間もあるよ。お盆が過ぎれば夏祭りもあるし、みんなで泊まりに出かけるってのも残ってる」

「そうだけどさぁ。そんなこと言ってるうちにあと二週間、あと一週間、あと三日、あと一日ってなっちゃうじゃん。いつも」

「まぁ……」


 確かに、琴葉の言うことにも一理ある。


 正直最初の一週間は家庭教師のバイトで終わってしまったし、そんなこんなでもう夏休みの三分の一近くが終わってしまったと考えると早い。早すぎる。


「来年はもう受験生じゃん? 何も考えずに目一杯遊べる夏休みは、今年が最後なのかなって」

「そう、だね」


 口に出して咀嚼して、実感させられる。今まで考えたこともなかったけれど、俺たちがこうして当たり前の高校生活を過ごせるのもあと一年半くらいなんだ。


 きっと琴葉との関係はこれからも続いていくんだろうけど、それでも俺たちは高校生じゃなくなって、大学生になったり、社会人になったりしていくんだ。


「明日、どこかに遊びに行こうか」

「え、ほんとに? 行く! 行こう!」


 ぼうっとした頭のままで零れ落ちた俺の言葉を、琴葉が拾った。


「どこに行こっか。買い物はいつも行ってるし、たまにはボーリングとかカラオケとか?」

「そうだね。それもいいかも」

「考えてみれば、二人だけでボーリングとかカラオケデートって初めてだね!」

「う、うん」


 珍しく『デート』だなんて言って、彼女は嬉しそうにベッドから起き上がる。


 それから――。



「ゆーくん、今日はもう戻るね。明日のデートの準備しなくちゃ」



 満面の笑顔を咲かせて、琴葉は部屋を出ていった。



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