第15話 大事なことだから二回言えば良いっていうものでもない。(1)


     ◇◇◇



「先輩、いらっしゃいーって、なんで琴葉先輩もいるんですか!」



 琴葉との初めての二人だけでの遠出から二日。俺と琴葉は、陽菜の家にやってきていた。


 もちろん目的はひとつ、と言いたいところではあるが、今日は家庭教師というアルバイト以外でもうひとつ、目的がある。



「酷いなぁ、せっかくお土産を持ってきたのに……」



 そう。海のお土産だ。


 日帰りの旅行だったし、最初は買ってくるつもりもなかったのだけれど、琴葉がどうしても陽菜に買っていくと言って聞かなかったので割り勘で買ってきたのだ。



「なんですかお土産って。あ……」



 琴葉の一言とその焼けた肌を見て、陽菜は事情をすべて察したようだった。


「先輩、前に海へ行くって言っていたの、やっぱり琴葉先輩とだったんですか!」

「え? やっぱりって知ってたのか?」

「知ってはいませんでしたけど。って言うか先輩、彼女はいないって話してたじゃないですか! 嘘つき!」

「いや、彼女はいないよ。琴葉とも付き合ってはないし」

「そうだよ陽菜ちゃん。私たち、まだ付き合ってないよ?」

「なーんだ、付き合ってはないんですか」


 陽菜は琴葉の差し出したお土産を受け取ることなく、声を荒げたり安心したような顔をしたりと、ころころと表情を変える。


「うん。付き合ってないよ。まだ」

「ははは……って、まだってどういうことですか、先輩!」


 そしてようやく受け取ったかと思えば、今度はすごい勢いで俺の肩を掴んできた。


「そもそも、付き合ってもないのに二人きりで県外の海へ旅行ってどうなんですか! 不純です!」

「そんな陽菜ちゃん、泊まりってわけでもないし、このくらい私とゆーくんくらい仲良しなら普通だよ! うん。私とゆーくんくらい仲良しなら」

「さっきから何度も同じこと言ってきて、琴葉先輩はなんなんですか! 先輩もなにか言ってくださいよ!」

「……まあ日帰りだし、陽菜が言うような不純って程のことではないんじゃないかな?」


 陽菜の様子もさっきからおかしいけれど、琴葉は琴葉でなにか言いたげにこっちを見つめている。俺は当たり障りのない返答と愛想笑いでなんとか陽菜からの言及を躱して、二階にある陽菜の部屋へと先に向かった。


「とりあえず、いつまでも雑談していてもあれだしさ、勉強しようよ。勉強」

「えー……まだまだ訊きたいことはたくさんあるんですけど」

「いや、夫の浮気を問い詰める奥さんじゃないんだから」

「ゆーくん酷い! 私とは浮気だったの⁉」

「そういうことじゃない!」

「やっぱり本気なんですか⁉」

「あーもう!」


 違うとも違わないとも言えずに、俺は頭を頭をわしゃわしゃと掻く。そして、少し真面目に小さい子を叱りつけるように陽菜に言った。


「その話はもういいから! 勉強しないなら帰るよ!」

「うぅ……分かりましたよ」


 陽菜は俯き加減に勉強道具を準備して、ため息をひとつ吐く。


「陽菜ちゃん、ため息は幸せが逃げるよ?」

「誰のせいですか、だれの」

「琴葉もちょっかい出さないの!」

「あいたっ」


 俺の手刀が琴葉の頭に優しく火を噴いて、ようやく本日のアルバイトが始まった。



     ◇◇◇



「そういえば、陽菜はなんで俺らの高校を第一志望にしたんだ?」



 勉強を始めて一時間ほどすると、俺はいつも通り休憩をしようと提案して、陽菜に話を振った。志望先がうちの高校だということは最初に聞いていたけれど、考えてみればその理由はきちんときいていなかったなぁと、ふと思ったからだ。


 うちの高校は一部のスポーツでは結果を残しているが、そういった部活が目当てでなければ正直そこまで志望度が高くなるような学校ではない。進学校を自称しているためそれなりには勉強ができる環境も整ってはいるが、それでも県内にはそれ以上の進学校がいくらでもある。


 あえて良い点を挙げるとしたらそこそこ伝統のある学校だということと、家から近いということくらいだろう。


「な、なんですか。急に」

「いや、そういえば訊いてなかったなぁと思って」


 まあ、伝統校というのは県内での就職には有利に働いたりなんかもするらしいが、おそらく陽菜の志望理由は――。


「……近い、からですけど」

「やっぱりそうだよなぁ」


 ――予想通り、通学距離だった。


 俺と琴葉も中学時代、どこの高校へ行くかという話になった際には家から近くて、かつそれなりの大学受験にも対応できるだろうということで今の高校を選んだ覚えがある。


 中には家から遠い学校が良いという人もいるとは思うが、俺や琴葉は言うまでもなくそういう類の人種ではなくて、少し意外といえば意外なことに陽菜もそうだったんだろう。


「陽菜ちゃんって活発だし、もっと遠くの学校とか制服が可愛い学校を選びそうなのにね」

「それは……ちょうどそういう高校がひとつだけあったんですけど、私の偏差値的に絶対に無理だったんです! だったら近場で頑張れば行けるとこにしようと思ったんです!」

「ふーん」

「なっ、なんなんですか、もう!」


 どうやら俺が陽菜に持っていたらしい印象は琴葉も同じだったらしい。ついこの間まで琴葉が陽菜にからかわれたりする側だったのに、今日の二人のやりとりを見ているとなんだか立場が逆転しているようだった。


 ちなみに琴葉が言った制服が可愛いという高校は俺も高校受験の際、実は少し検討していた。言うまでもなく、琴葉の可愛い制服姿を拝んでみたかったからだ。


 琴葉の偏差値的にあまり余裕がなかったので実際に受験はしなかったが、電車で毎日一緒に通学というのも悪くなかったかもしれない。



「それより陽菜ちゃん、もう五分経っちゃったよ。そろそろ再開しないと」



 ため息をついた陽菜にスマホに表示された時刻を見せて、それからなぜかすまし顔で琴葉が言う。


「そうですか、って先輩! なんですかこれ!」

「なんですかってなにが…………ッ⁉」


 声をあげた陽菜と二人、覗き込んだ琴葉のスマホの画面には、ビキニ姿の琴葉と一緒に俺が映っていた。しかも二枚撮ったうちの二枚目の写真だ。


「先輩、琴葉先輩とは付き合ってないんじゃなかったんですか?」

「いや、付き合ってはないよ。うん。付き合ってない」


 自分でも反論になっていないと分かりながらも、俺は事実を何度も続ける。


 普通に、付き合っていない男女が二人きりで海に行って、しかも頬っぺたにキスしたツーショットを待ち受けになんかしない。そんなことは流石の俺でも理解できる。


「私とゆーくんくらい仲良しだと、こういうこともあるんだよ。陽菜ちゃん」

「……」


 自身満々に堂々と、琴葉がさっきと同じような台詞を陽菜に放った。


「私とゆーくんくらい仲良しだと、こういうこともあるんだよ。陽菜ちゃん」

「いや、聴こえてなかったわけじゃないですから!」


 一言一句、違えずに繰り返した琴葉に、今度は陽菜も突っ込む。


「それよりもほら、勉強、再開しよっか」

「……」


 無言の陽菜に見たこともないくらいのしたり顔の琴葉。


 それからの約一時間、陽菜からの視線はいつになく冷たく尖っていた。




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