第28.5話 一目で分かるような確かな関係が、私は欲しかった。(後編)
◇◇◇
「――おい、唯っ! 和葉がなんか用があるみたいだぞ!」
「ゆ、ゆう兄ってば!」
「ちょっと、うるさいんだけど」
和葉の誕生日のその翌日。もう夜だというのに隣の部屋から聴こえてきた大声に、私は部屋のドアを開けた。どうやら和葉が兄貴の所に来ていたらしい。
なぜだかやたらと泳いでいた和葉の目線が、私を見てピタリと止まる。
「わ、悪い……」
「別にいいわよ。それより、私に用があるなら私の部屋に来ればいいでしょ。ほら、早く入りなさいよ」
「あぁ」
まったく昨日から、こいつは「あぁ」とか「おぅ」しか言えないのか。まったくもう。
久しぶりに私の部屋に入ってきた和葉はどこかそわそわしていて、どこに座るでもなく立ったまま何も言わなかった。
「とりあえず、適当に座布団に座って。それで、用件は何? なにか話があってきたんでしょ?」
「あー……うん」
言われた通りに腰を下ろして、和葉は真面目な顔で大きく息を吐く。それから何か覚悟でも決めたように真っすぐに私を見据えて、そして、短く言った。
「……昨日はプレゼントありがとう」
消え入りそうとまでは言わないけれど、なんとかギリギリ聞き取れるくらいの声量で、一世一代の決心を決めたくらいの面持ちで、本当に短く予想の斜め下を行く一言だけを放った。
「……あんた、それだけをわざわざ言いに来たの?」
「え? まあ、そうだけど」
もしかして告白でもされるんじゃないかと、ようやくそんな日がきたんじゃないかと、淡い期待を抱いてしまった自分が恥ずかしい。
そうだ。こいつは――和葉はこういうやつだった。こいつに任せていたら、いつまで経ったって私は前には進めないんだった。
「……はぁ、そう。まあ良いわ。外まで送ってくよ」
時間にしてほんの数分の滞在時間で、和葉は私の部屋から出ていくことになる。
もしも告白されていたら、オッケーして紅茶でも淹れてあげようと一瞬だけ思ってしまったけれど、そんなことは全部私の妄想だ。こんな勘違いは墓場まで持っていく。絶対に。
「悪かったな、部屋まで押しかけて」
家を出て別れ際、和葉は立ち止まって言った。私は「はぁ」と息を漏らしてから、それに答える。
「別にいいわよ」
いいや、よくない。どうせ押し掛けたならもっと押し切りなさいよ。
「プレゼント、マジでありがとな。ちょうど小銭入れが欲しかったんだ」
「うん」
知ってた。前にぼそっとそんなようなことを言っていたから、覚えていてそれにしたの。
「じゃあ、また明日な」
「…………」
明日は土曜日。それを言うなら今ここで会う約束でも取り付けなさいよ。
すぅ。
大きく、ゆっくりと息を吸い込む。
別に、これは今言う必要なんてない。今じゃなくたってそのうち伝えれば良いことで、そうしたって上手くいくかもしれないことで、それでも今言おうとしているのはただ単に、私がそうしたいからだ。
私は今の和葉とのこの関係に、満足していない。
もっと、名前の違う確かな関係に進みたいと思っている。ちゃんと口に出して伝えたいことが、言ってやりたいことがたくさんある。
だから、言う。
こいつがヘタレだから、仕方ない。私が言ってやる。
「ねぇ」
「ん?」
もう一度ゆっくりと深呼吸をして、そして、続けた。
「私と付き合って」
「…………へ?」
和葉は声を少し裏返して、それから私の言葉を咀嚼したのか顔を赤く染めていく。
「えっと、明日? 買い物に――」
「――違うわよ。分かるでしょ。恥かかせないで」
あまりにも和葉が呆然とするものだから、かえってこっちが冷静になれる。
「えっと、それってつまり彼氏彼女に――」
「――そう言ってるでしょ! こういうのは男から言って欲しいけど」
いつまでも
「わ、悪い」
「悪いじゃなくて、イエスかノーか。どっちなの!」
「い、イエスで」
「そう、じゃあまた明日。十時過ぎにあんたの部屋に行くから。おやすみ!」
「……」
立ち尽くす和葉を置いて、私はすたすたと家へ入る。
やった。やった。
やったやったやったやった!
思い描いていたような理想とは遠くかけ離れてはいたけれど、けっこう強引といえば強引な感じではあったけれど、とにかくやった。やった!
もう私たちは、ただの幼馴染じゃなくなった。それがこれまでとどう違うのか今の私には正直よく分からないし、きっとすぐに素直になったり、甘えたりなんてできないんだろうけど、それでもひとまず最初の一歩は踏み出せたんだ。
クラスメイトに二人は付き合っているのかと訊かれても、もう「ただの幼馴染だよ」だなんて答えない。
兄貴たちみたいな関係にはなれないけど、私たちは私たちなりの、私たちだけの関係を築いていく。
そんな、第一歩だ。
「……兄貴、起きてる?」
「起きてるよ」
返事を聞いて、私は兄貴の部屋の扉を開ける。
「どうした?」
「いや、和葉がこっちにきて迷惑かけたかもだからさ。ごめんね、兄貴」
「別にいいけどさ。お前らはもっと素直に仲良くやれよ」
「うん。もう大丈夫」
これは
これまでも、そして関係が変わった今日からも。どんなにいがみ合って、悪口を言い合うことになったとしても――。
「――これからは仲良くやるよ。おやすみ」
「あぁ、おやす――」
言いたいことをしっかり言い切って、私は扉を閉めた。
新しい関係になった最初の一日は胸を張って良い日だとは言えなかったけれど、それでも、最高に私たちらしいスタートだったと思う。
部屋に戻ってベッドに体を投げて、昨日と同じように息をひとつ、ふたつと吐く。
けれど今度はため息じゃない。
こんな始まりも、悪くない。
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