第13話 幼馴染との二人きりの海に、今までとは少しだけ違う夏を感じた気がした。(3)


     ◇◇◇ 


「やっぱりフルーツは最高だね」

「あれ、さっきまで焼きそばは最高って言ってた気がするんですが……」

「ゆーくん、細かいことは気にしないの!」


 浮島からテントに戻るまで鮫に襲われるなんてこともなく、俺たちは近くの海の家で買った焼きそばを食べた後、家から持参したタッパーに入った冷凍の桃を頬張っていた。


「こういうのばかりは本当、田舎の特権だよなぁ」

「お隣さんに感謝だね!」


 うちや琴葉の家には、毎年この時期になると山梨の名産品としても有名な大きな桃やぶどうが大量に差し入れられる。それはすぐ近くに住むおばさんの家がかなり大きめの畑をやっているからなのだけれど、都会で買ったら下手するとひとつで千円を超えたりもするんだから、本当にお隣のおばさん様さまだ。


 海と言えば暑いだろうし、剥いて冷凍したものを持っていったら琴葉も喜ぶかなという思い付きだったが、喜んでもらえたみたいで良かった。


「そういえばこの水着、後ろの紐で結んでるだけなんだね。やばくない?」

「やばいよー。まさか波で流されるとは思わなかったし、流石にびっくりしたよー」


 いや本当、どんなセキュリティーだよ! 後ろから知らん男に紐の端を引っ張られたらおっぱいが露わになっちゃう水着なんて! おっぱい! 


 っていかんいかん、思考が馬鹿になってしまった。落ち着いておっぱいだ。


「……ゆーくん、なんか変なこと考えてるでしょ」

「いや、おっ……そんなことないよ」


 やばいやばい。本格的に思春期真っ只中男子みたいになってしまっていた。琴葉に言われて大きく首を横に振り、桃をもうひと切れ口に入れる。


「うん、やっぱり美味しい。フルーツ最高。ほら、琴葉も」

「え、あーん」


 小さな可愛らしいお口を大きく開けた琴葉にも同じように桃を放りこんで、この話はおしまいにした。


「午後は砂浜で遊びたいんだっけ?」

「うん。昔やったみたいに、砂遊びとか、あとはなんだろ……あっ、サンオイル塗って、砂浜でのんびりとか!」

「じゃあそうするか。やるなら先に砂遊びで、っていうかサンオイルなんて持ってきてるの?」

「うん! なんか家にあったから持ってきた!」


 得意げにえっへんと胸を張る琴葉に、おっぱいが主張を強める。いや、おっぱいの話はもう終わったんだった。沈まれ内なる俺。


「じゃあ心配はないね。砂遊びって言ってたけど、具体的には何するの? 城でも立てる?」

「うーん……砂風呂っていうの? 寝ころんで砂に埋もれるやつ。あれやりたい!」

「なるほど。じゃあ俺が琴葉を今以上のナイスバディにしてしんぜよう。そこに寝ころぶがよい」

「えへへ、よろしくー」


 空になったタッパーをクーラーボックスに戻して、砂浜の上に仰向けに寝ころんだ琴葉に砂を掛けていく。琴葉は気持ち良さそうに「あったかーい」と言いながらも陽射しを眩しそうにしていたので、俺は彼女が来るときに被っていた麦わら帽子を顔の上に載せた。


 そういえば、海に着いたときには暑すぎてそれどころではなかったけれど、白のワンピースに麦わら帽子の琴葉と海のツーショットなんて思い返してみれば神だったんじゃないか? なんで写真を撮っておかなかったんだ、俺。帰るときに忘れずに撮っておこう。あとビキニ姿の琴葉も!


 そんなことを誓いながら、順調に砂を琴葉に被せる。粗方あらかた体が見えなくなったら、今度は砂でくびれのラインを作って、胸の上にはさらに砂を積み上げていく。ある程度までいったらあとは最後に仕上げで、へそだったり膝小僧だったり胸だったりの輪郭やしわを丁寧に作り上げるだけだ。


「ゆーくん、出来た?」

「んー、もうちょっと」


 とは言っても、最後のこの作業に一番時間が掛かった。リアルな立体感を出すのが想像していた以上に難しくて、胸なんてお椀が二つ乗っかっているだけにも見えてしまう。ナイスバディには程遠い。


 しかし何度も試行錯誤する中で、まん丸ではなく少しアンバランスなくらいに作ってみるとこれが意外にそれっぽい。俺は逆側の胸も同じように作って、そして琴葉の顔から麦わら帽子を外した。


「おぉ……! ってなんかこれ、恥ずかしいんだけど……」

「いやぁ、我ながら力作だよ。細かい所まで上手く表現できた」


 瞼をゆっくりと開いた彼女は、通りがかりにちらちらと自分が見られていることに気がついたのか、手で顔を隠すこともできずに顔を赤く染める。それから俺の努力の結晶を舐めるように見て――。


「いや、細かいところってよく見たら乳首までちゃんと表現されてるし! これじゃあコンプラ的にアウトだよ! ゆーくんの変態! っていうかこれ、下半身はどうなってるの⁉ ここからだと見えないんだけど! 水着ちゃんと履いてるように作ってるよね⁉」


 めちゃくちゃに暴れ始めた。



「……それはどうかな」



 ただ砂の力とは恐ろしいもので、ちょっとやそっと暴れたくらいではびくともせず、一向に抜け出すことはできない。


 この隙に一枚、写真でも撮るか。



「ちょっとゆーくん! ゆーくんがそんな変態さんだったなんて知らなかったよ! えっと、この……えっち!」



 琴葉は必死に抵抗するが人の悪口を言い慣れていないからか語彙力が死亡していて、何を言われても可愛いとしか思えない。


「へっへっへ、観念するべし。撮影して待ち受けにしてやるべし。ぐへへ」

「ゆーくんの変態! 見直したよ!」



 いや、そこは「見損なったよ!」でしょ!


 何枚かスマホで撮影していると流石に可愛そうになってきたので、俺は素直に琴葉を砂の中から救出した。



「もう酷いよ、ゆーくん! こんな変態さんだったなんて、結婚したら私の身が持たないよ!」



 あれ、今プロポーズされた? 



「ごめんごめん。ちゃんと水着きてるように作ったよ。ほら」



 これ以上変態扱いされても嫌なので、ネタ晴らしとばかりにスマホの画面を琴葉に見せる。


 そもそも、俺には女子の下半身をリアルに再現できるほどの知識はない。琴葉が乳首だなんだとか騒いでいたのも、近くに落ちていたどんぐりをふざけて載せてみただけだし。


「ってなんだ、ちゃんと履いてるし乳首じゃなくてどんぐりじゃん」

「女の子がそんなに大声で乳首乳首言わないの!」


 誤解も解けて、二人で談笑しながら浅瀬で体を洗う。


「っていうか、そんな履いてないなんて発想になる琴葉の方が変態なんじゃない? こりゃあ結婚したら俺の身が持たないね」


 そして、たまにはプロポーズまがいなことを自分から言うのもありかな、だなんて思いながらそんな戯言を口に出して――。


 無言で顔を真っ赤にした琴葉に、今までとは少しだけ違う夏を感じた気がした。



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