第12話 幼馴染との二人きりの海に、今までとは少しだけ違う夏を感じた気がした。(2)


     ◇◇◇


 目を開けているのが大変なくらいのまばゆい陽射しに雲ひとつない真っ青な空。


 そして熱々の砂浜に影を落とすパラソルの下、少し小さ過ぎるくらいのテントに休憩がてら腰を下ろした俺の隣には、可愛すぎる幼馴染。


 ……うん。言葉が出ない。こういうの、まさにこういうのだよ。俺が求めていたのは!


 もちろん最っ高に可愛い幼馴染との日常的なやり取りとか学校生活だってこれに負けないくらい素晴らしいし、俺はそんな人生を与えてくれた神様には常日頃から感謝の気持ちを忘れたことはない。


 でもさ。ほらやっぱり、夏にしかできないこととかあるじゃあないですか。今までは日常のルーティーン的な二人の時間で満足してきたけれど、これからはもう少し、こういうようなこともあってもいいんじゃないかなと、瑛太とか咲とか、唯や和葉たちを見てほんの少しだけ思っちゃったわけですよ。はい。


「ゆーくん、どうしたの?」

「なんでもないよ」


 ついつい琴葉の顔に視線が吸い寄せられて、見つめてしまう。俺は首を横に振って答えると、また海へ行こうと立ち上がった。


「ゆーくん、今度は浮き輪に空気入れて持っていこうよ」

「浮き輪持ってきたの? 俺すっかり忘れてたよ」

「うん! 二人でぷかぷかしてたらなんか楽しいかなぁと思って」


 キャリーバッグから得意げに浮き輪を取り出した琴葉に手を差し出して、よっこいしょと田舎者っぽい掛け声で立ち上がらせると来てすぐにパラソルをレンタルした店へと向かう。


 確かさっき、利用者は無料で浮き輪に空気を入れてもらえるって書いてあった気が……あったあった。看板にしっかり書かれている。


「すみません。さっきパラソルをレンタルしたんですけど、浮き輪に空気を入れてもらっても良いですか?」

「あぁ、さっきのお兄ちゃん。また可愛い彼女を連れてるねぇ。そこに空気入れがあるから、発電機の電源つけて勝手に入れてっていいよ」

「ありがとうございまーす」


 おばちゃんには気持ちフレンドリーな感じで言葉を返して、店の端にあった機械で浮き輪に空気を入れていく。


 琴葉のことを可愛い彼女と触れてくるあたり、お目が高い。きっとなかなかの目利きに違いない。まあただ、めちゃくちゃが可愛いの前についていないところをみると、まだまだとも言えるかもしれない。


「わっ、あっという間だね」

「まあ手動の空気入れとはわけが違うよね」


 そんな適当なことを考えている間に浮き輪はちょうど良く膨らんできたので、機械を外してお礼を言い、本日二度目の海へと繰り出す。


 一度目は浅瀬に座り込んでゆっくりしていただけなので、本格的に海に入るのはこれが今日初めてだ。


 ちなみに琴葉が新調した水着は去年や市民プールでの可愛らしいフリルとは少し変わって真っ白なビキニ。これまで見てきた彼女の水着はフリル系のものばかりだったのでかなり新鮮で、そしてやっぱりどんな水着を着ても琴葉は神だった。いや、天使だった。


 これだけ可愛いとつい出来心でナンパしたくなってしまったさっきの二人組の気持ちも分からんでもない。


「ちべたっ」

「でもさっきよりは水温も上がってきてるんじゃない? やっぱ最初の一歩は冷たいけど」


 浮き輪を土星のみたいに携えた琴葉と手を繋いで、海に足を踏み入れる。砂浜にはテントやパラソルがびっしりだけれど、海に入ってしまえば幾分いくぶんかましにもなるのでやっぱり海に来たら泳ぐのが一番だ。そんなことより「ちべたっ」とか言っちゃう琴葉可愛すぎない?


「ゆーくん、まだ足つく?」

「つくよー」

「私はもうつかなさそうー」


 浮き輪でぷかぷかと浮かぶ琴葉と、それに後ろからかぶさるようにして浮き輪にしがみつく俺。その状態のまま、何をするでもなくただひたすらに波に揺られる。上からの日差しと海の冷ややかさがちょうど良くて、いつまでもこうしていられそうだ。


 漫画や映画なんかだとここでヒロインの水着が流されてしまったりだとか、はたまた人喰い鮫が突然現れたりだとかそんなことが起こるんだろうけども、そんなことは一切起こる気配もなく平和な時間が流れる。



「午後は砂浜でも遊びたいなぁ」



 海からビーチを向いて、琴葉が言う。砂浜から視線を上げていくと南国風の木が何本もあって、さらにそのまま首を上げると背の高いホテルが道路の向こうにぎっしりと並んでいた。


 懐かしい。昔は俺も琴葉ももっと小さい子ども用の浮き輪をそれぞれつけて、ここから同じような景色を眺めたものだ。


「昔、岩場で蟹捕まえたよね。あと、浮島まで競争もした」

「そうだね」


 歳をとると時間の流れが速くなるとは言うけれど、学生だってそんなに変わらないと思う。一年が、三年が、五年が、あっという間に過ぎ去ってしまう。ついこの間まで毎年ここへ来ていたのに、二人で一緒にお風呂に入っていたのに。そんなことばかり頭に浮かぶ。


「じゃあ、久しぶりに競争しよっか。浮島まで」

「いいけど……浮き輪じゃあスピード出ないよ?」


 思い付きを口に出した琴葉に、俺はそんな言葉を返す。


「では、ハンデで二十秒貰おうか」

「……仰せのままに」

「うむ、苦しゅうない」


 ふざけた口調でやり取りをして、それから琴葉はバタ足で少し先にある人口の浮島へと泳ぎ始めた。浮島の中心には旗のようなものが立っていて、結構な数の人が休憩がてら座り込んでいる。


 十八、十九……二十。よしっ。


 俺はちょうど二十秒を数え終えると、琴葉の背中をロックオンして顔を出したまま平泳ぎで追いかける。


 そこはクロールとかバタフライだろとは自分でも思うけれど、小学校時代に散々スイミングスクールで練習したのにも関わらず平泳ぎより速くならなかったのだから仕方がない。


 上手くカエルのように脚を動かすたびに、琴葉との差はぐんぐん縮まっていく。


 浮島まであと十メートルをきって、それがさらに五メートルになって。三、二、一とゴールギリギリで、俺は琴葉を追い越した。


「あー負けちゃったかぁ……。勝ったらなにかひとつ言うこと聞いてもらおうと思ったのに」

「そういうのは先に言っといてよ。っていうか、別にそんなことしなくても俺にできることならするけど」

「うーん……どうしよっかなぁ」


 順番に浮島に上がって、腰を下ろした琴葉が考えこむ。それから、彼女は首を横に振って、顔を上げて言った。


「ううん、やっぱりやめとく。勝ったのはゆーくんだしね。逆にゆーくんが私にして欲しいこととかあったら何でも言ってね!」

「なんでも⁉」

「え⁉ えっと、でも、えっちなのはダメだよ! まだ!」

「……冗談だよ」


 まだってどういうこと⁉ 


 ……どういうこと!?!?



「――そろそろ、戻ろうか」



 数分、浮島の上で波に揺られて休むと、琴葉のお腹が鳴ったので俺は提案した。


 そういえば今日は朝も早くて、途中で少しおにぎりを食べただけだった。俺の腹の虫も、呼応するようにぐぅと鳴く。


 事前に打ち合わせたかのように二人して顔を見合わせ、くすっと笑い、そしてテントへ戻ろうと琴葉が浮き輪を被って海に入った、そのときだった。


 ひときわ大きな波が琴葉を――否、琴葉の水着を襲った。



「ひゃっ」



 なにその声可愛い。


 いつも通りのことを思い琴葉を見ると、彼女は涙目で胸を隠すように抱き寄せていた。



「ゆーくん……水着、流されちゃった」



 俺は大変なフラグを立ててしまったのかもしれない。心配になって辺りを見回すがとりあえず鮫の背びれは見当たらず、ひと安心する。


 って、そうじゃない! 安心している場合じゃなかった。


 俺は目を開けたまま潜って、そのまま波の過ぎ去った方向へと進む。


 首を目いっぱい左右に動かしながら、白くて、ひらひらしていて、ちょうど琴葉の胸のサイズくらいの水着を探す。まだそう遠くへはいっていないはずだ。


 しばらく潜って、一度では見つからずに息継ぎで一度海水から顔を出す。


 すると、ちょうど――。



「あ……あった」



 ぷかぷかと気持ち良さそうに波に揺られる、琴葉の白ビキニ(上)が目に入った。


「なくならないで良かった。これで琴葉のおっぱいは守られたね。うん」

「ありがと、ゆーくん。後ろ結んでくれる?」


 すぐに水着を回収して琴葉のもとへと戻り、言われた通りに後ろで結び目を作る。


「よし、じゃあ戻って、何か食べよっか」

「うん!」


 琴葉の元気な返事を合図に、俺はまた浮き輪に覆いかぶさるようにしてしがみつき、ゆっくりと砂浜へ戻り始めた。



 ついこの間まで、一緒に風呂にも入ってたんだよなぁ……。



 直前に見た琴葉の姿からそんなことを連想して、もし今二人で風呂に入ることになったとして、果たして俺はあの頃のように平然としていられるのだろうかと、ふと思った。



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