第11話 幼馴染との二人きりの海に、今までとは少しだけ違う夏を感じた気がした。(1)
◇◇◇
「海だ……」
「海だねー」
電車とバスを乗り継いで、最寄りのバス停からは歩いてほんの数分。朝の五時起きで出発して十時前にようやく辿りついた熱海に、飛び出した第一声はそのまんまだった。
当たり前だ。海に来たのに山なわけがない。そりゃあ海だ。
目の前に広がる砂浜と大海に思わずテンションも上がる。琴葉と二人で海なんだ。ウキウキしないはずがない。
ただ――。
「うわっ……人、すっごいな」
それでも、砂浜に所狭しと並んだパラソルを見ると、そんな喜びはどこかへ行ってしまいそうになる。
正直、人混みは苦手だ。夜の街灯に集まる虫かってくらいに人が密集していたら、良い気持ちがしないのは当然だろう。
「まあ、夏休みだしねー」
ため息を吐いてしまいそうになるのを我慢して、俺はまた力を入れて歩き出す。あとはビーサンに履き替えたら石の階段を下りて、適当に空いている場所にテントを立てるだけだ。
「琴葉、キャリーバッグ持つよ」
「ほんとに? じゃあクーラーボックスは私が持つよ」
「いや、大丈夫。テントと靴だけお願いできるかな?」
「うん! ありがと、ゆーくん!」
首を滴る水滴に気持ち悪さを感じながらもようやく砂浜まで下りて、俺はそのままテントを立てるのにちょうど良さそうな場所まで一直線に向かった。
「琴葉、テント立ててくれる? 袋から出せば勝手に形になってくれるから」
「はーい」
ちょうど家にあった安くて持ち運びにも便利な小型のテントを開いてもらい、その中にさらにシートを敷いて荷物を一旦置く。バスを降りてからずっと肩にクーラーボックスを掛けていたから、もう右肩がカチコチだ。
「ふぅ……」
「ゆーくん、重い物持ってくれてありがと! テントちゃんと立てちゃうからちょっと休んでて!」
「ありがと、琴葉」
一人でテントの四方の固定場所に杭を打ち込んでくれている琴葉の言葉に甘えて、俺はテントに腰を下ろす。それから苦労して持ってきたクーラーボックスの中からスポーツドリンクを取り出して、ごくごくと半分くらいまで一気飲みした。
「キンキンに冷えてるよ。琴葉も飲むでしょ?」
「ひゃっ⁉」
ドラマやCMなんかでしか見ない、頬っぺたに冷たいドリンクを当てるなんていうベタで青春っぽいことをした俺に、琴葉の肩が跳ねる。
「なんだ、ゆーくんか。びっくりするじゃん! ありがとっ」
「俺で悪かったな。それより水分取ったら、更衣室で着替えてこようよ。コインロッカーがあるみたいだから、とりあえず貴重品だけ持ってさ。もう暑すぎて海に入らないとやってられないよ」
「そうだね。行こっ!」
琴葉は俺の言葉を聞いてからペットボトルを受け取り、ごくごくと中身を飲むとクーラーボックスに戻して俺の手を取った。
◇◇◇
「すみません。パラソルのレンタルをお願いしたいんですけど……」
「あいよー、ちょっと待っててねー」
市民プールの件
とにかく、そこで出来た待ち時間を有効に使おうという事で、俺は前もって琴葉にも言っておいた通り、パラソルのレンタルをしに来ているのだ。
「レンタル料二千円と、保証料千円で合計三千円ね。保証料はパラソルを返却してもらったら返すことになるから。楽しんでー」
「はい。ありがとうございます」
海の家にありがちなやたらと親し気なおばちゃんにお金を支払い、代わりにパラソルを受け取る。それから「パラソルを立てたら先に返しに来てね」と貸してもらえたバケツとスコップを一緒に持って、ついさっきテントを立てた場所へと戻った。
琴葉は……まだ出てきてないか。
更衣室の方に目をやって、どうやらまだ着替えは終わっていないようだったので、琴葉が来るまでに一人でパラソルを立ててしまうことにする。
立て方は至って簡単。まずはバケツに海水を汲んできて、それからパラソルを立てたい場所にスコップで穴を掘る。だいたい五十センチかそのくらいまで穴が掘れたら、パラソルを差し込んで水を時々注ぎながら埋めていく。最後はしっかりと踏み固めて、完成だ。
以前、琴葉たちと家族旅行で来ていたときには自前のパラソルを持ってきていたのだが、一度だけスコップを忘れてきてしまったことがあった。そのときには貸してもらえるとも知らずに手で掘って苦労したものだ。スコップひとつがあるかどうかでかかる労力がまったく違うのだから、文明とは素晴らしい。
まあそんなどうでもいいことを思い出している間にちょうどいい位置にパラソルが立てられたので、善意で貸してもらえたスコップとバケツを返しに行くことにする。
「あい、ありがと。パラソルの返却は夕方の四時までによろしくねー」
「了解です」
さっきと同じおばちゃんに借りたものを返却してパラソルを立てたばかりのテントに戻っても、琴葉はまだ着替えから帰っていなかった。
着替え終わったらテントに集合という話はしてあったので、そろそろ戻ってきていても良い頃だとは思うんだけど……。まさか迷子になっているわけでもあるまいし。
琴葉がなにかトラブルに巻き込まれていたりなんかしたら一大事なので、更衣室まで迎えに行ってみることにする。
……と。
「いいじゃん、ちょっとくらい。俺らの相手してくれよ」
「そうだよ。せっかく海に来たんだからパーっと楽しもうぜ、俺らと」
お約束だ。お約束過ぎる。
一人は金髪で色黒だけど特にかっこいいでもない勘違い男。もう一人は茶髪にピアスのイケメン。
なんというか、創作の中でよく目にする、そんなありきたりな光景がそこにはあった。同時に、琴葉が絡まれているというのに、自分がいやに冷静なことにも気づく。
「あの、その子俺の連れなんですけど」
そして、どうやって話しかけようとか琴葉の手を引いて逃げてしまおうとか、そんなことを考える暇もなく、俺はナンパ野郎二人組に声を掛けていた。
「ゆーくん!」
「……ヒッッ⁉ な、なんだよ男連れかよ!」
「そ、それならそうと早く言えよな!」
俺の声を聞きすかさず腕を組んできた琴葉を見て、二人組はこれまたお約束のような捨て台詞を吐いて足早に去っていく。
「もう、なかなか来ないから心配したよ。琴葉はもっと自分が可愛いんだって自覚を持って行動しないと!」
「えへへ、ありがとー」
「いや、褒めてないよ⁉」
ともかく、面倒な揉め事になったりもせずに済んで良かった。
だいたい、俺はああいう海のハイテンションに任せてワンチャン狙っているようなタイプの奴が大嫌いなんだ。俺の琴葉に近づかないでもらいたい。汚らわしい。
「ゆーくん、怖い顔してどうしたの?」
「いや、ちょっと考え事を。そういえばさっきの二人組、なんかやたらとビビってなかった?」
二人してテントまで歩きながら、少し気になったことを訊いてみる。
「それは、ゆーくんがすごい怖い顔してたからじゃない? なんか人を殺せそうな顔してたよ、うん。なんか声もどす効いてたし」
「そんな大げさな」
「いや、すごい人相だったね。あれは私が腕を組みに飛びついていなかったら間違いなく殺ってたよ。うん。もとから目つきはけっこう悪いけど」
「えぇ……」
それ、完全に危ない奴じゃん。
っていうか、あれ? 今、もとから目つきが悪いって言われた? 確かに美容院とかでちょっと人相悪いとか冗談っぽく言われたことは何度かあるけども! 琴葉にまで言われるとか俺ってやんちゃっぽい人たちを追い払っちゃうほど悪人面なの⁉
もしかしてクラス替えのたびにクラスメイトに距離置かれてたのって俺が関わろうとしなかったからとか琴葉とばっか一緒にいたからとかまったく関係なく顔のせいだったりとかするんでしょうか!
「ゆーくんったら、そんなに私が心配だったんだね! 仕方ないんだから」
「まあ、心配だったけれども」
自分が思っている以上に人相が悪いという現実を高二になってまで突きつけられながら、立てたばかりのパラソルのもとに到着する。
「おぉ、ちゃんと立ってる……。ゆーくん、ありがと!」
すぐに琴葉にお礼を言われて、それから俺は余計な話で言うのが遅れてしまっていた言葉を口にした。
「うん。それより、水着新しくしたんだね。すごく似合ってるよ。控えめに言ってめっちゃ可愛い」
市民プールのときよりも少しセクシーな彼女の照れ顔は、真夏のビーチによく映えた。
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