第10話 暑い中幼馴染と齧るアイスが最高に美味しいのは、言うまでもない。


     ◇◇◇



「ねぇ、ゆーくん。結局、どこの海に行こうか」



 夏休みがあと一か月もないことを強く実感させられる、八月最初の日。梅雨もつい先日開けて夏をおおいに感じられるようになった陽気の中、俺は近くの公園で琴葉とアイスをかじっていた。


 海と言われたら、どこの海水浴場を思い浮かべるか。


 湘南の海を想像する人も多いだろうし、下田の澄んだ海やエメラルドグリーンで有名な沖縄の光景を目に浮かべる人も少なくないだろう。あるいは、もしかしたら日本海の海水浴場が真っ先に浮かぶ人もいるかもしれない。


「うーん……やっぱり――」

「最初はやっぱ――」


 そして、それは俺たちの場合――。



「「――熱海かな」」



 熱海だった。


「気が合うじゃん」

「運命だね。これは結婚するしか――」

「――隙あればプロポーズネタを挟んでくるな! 本当に」


 誰が見ているわけでもなく、二人でそんなやり取りをして笑う。


「もうずっと、行ってないよね」

「最後に行ったのが小六のときだったもんね」


 昔を思い出すように、琴葉が空を見上げた。俺も同じようにして、それから思い出を振り返った。


 山に囲まれた山梨県。当然県内に海はなく、それなのに盆地という地形によって夏は日本でも有数の暑さを誇る。そんなところで暮らしていれば自然と海へ行きたくなるもので、俺たちが中学に上がる前まで、立花家と龍沢家は合同で毎年熱海へと泊まりがけの旅行に行っていた。


 俺たちが中学に上がるまでというか、正しくはうちの父さんが単身赴任するようになるまで、か。


 とにかく、俺と琴葉にとって海と言えばこの家族旅行で行った熱海しか知らないし、海に行こうという事になって色々と調べてもみたけれど、それでもやっぱり俺たちが選んだのは、熱海だった。


「って言うか、もう今週には行かなきゃだよね? ちゃんと予定とか立ててないけど」

「そうだねー」


 他人事のように言う琴葉を尻目に、俺はスマホで最寄駅から熱海までの電車を調べる。


 昔は親の車で連れって行ってもらっていたので何も考えずに済んで楽だったけれど、二人で行こうとなったら電車で行くのか、高速バスで行くのか、どの時間のものに乗るのか、乗り換えはあるのかと調べなくてはいけないことがいくらでも出てくるのだから大変だ。


 とりあえず、今日はそういうことを決めようという事で俺の部屋に集まって、しかしエアコンの具合があまりよろしくないということでアイスでも買いにコンビニへ出掛けようという流れから木陰のベンチに並んで座っている今に至ったのだった。


「始発に乗るとして、一番早く着くのと一番安いので倍も値段変わるみたいだね。時間は一時間違うだけだけど」

「じゃあ一番安いので良いんじゃない?」

「でもそれだと向こうに着くのが十時過ぎちゃうんだよね。しかもそっからバスにも乗るし」


 正直な話、思っていたよりも交通費は安く済みそうだったので、一番早く着く方の電車で行っても良いと言えば良いんだろうとも思う。ただ、それでもどこか勿体なく感じてしまうのが貧乏性なところだ。どうしたって「その数千円があったらランチに二人で一回行けちゃうじゃん!」と思ってしまうのだから仕方がない。


「あっ、乗り換えがちょっと多くなっちゃうけど、値段は安いままで九時半くらいに着くルートもあるみたい」

「じゃあそれで決まりだねー」


 そんな二つ返事で決めてしまっていいのかとも思わなくもないが、でもまあこの緩い感じが琴葉の良いところでもある。あとは俺が琴葉の分まで下調べをしっかりとして、それで万事解決だ。


「お昼ご飯は海の家で良いよね?」

「うん。そうだねー」


 となれば、あとは帰りのバスと電車の時間を調べて、それと持っていくものの買い出しやら準備をするだけ。パラソルはレンタルするとして、小型の軽いテントとクーラーボックス、あとはシートとビーチサンダルがあれば十分だろう。


「そういえば、いつもお父さんが旅行のときに使ってるキャリーバッグがあったよね。あれに二人分の着替えとか入れていけるように貸してもらう?」

「そうだね。じゃあそれはお願いするよ。買い出しは前日に行くとして、あとはいつ行くか、だね」


 泊まりでどこかを予約するわけでもないので、とんとん拍子に話が進んでいく。


 行くのはできるだけいている平日にしたいので、今週中に行こうと思ったらあと四日しかないけれど――。


「――明日!」

「え?」


 俺の思考をぶった切って、嬉しそうに言った琴葉に間抜けな声で返事をしてしまう。


「善は急げだよ、ゆーくん。これから飲み物とか買いに行って、明日行こっ!」

「琴葉がそういうならまあ、そうするか」


 本当に、だいぶ前から行くことは決まっていたのに、こんなに忙しいことになるなんて。まあでも、それも琴葉となら良いと思える。



「じゃあ、とりあえずスーパーで買い出しだね!」



 勢いよく立ち上がった琴葉を見上げて、俺も腰を上げる。それから命を削って鳴く蝉の声に無言で別れを告げて、俺たちは公園をあとにした。

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