第7話 気がつくと、夏休みに手が届きそうになっている。(3)
◇◇◇
俺が異変に気づいたのは、高木が冷蔵室からビールケースに入った瓶のジュースを持って帰ってきて、五分ほど経ったときだった。
委員長の音頭で乾杯をして、それから琴葉と鮫島、それと佐々木の様子がおかしくなったのだ。
「――ちょっとゆーとぉ、もっとこっちに来らさいよぉ」
「らーめ! ゆーくんはあたしのなんらから……」
様子がおかしいというか、頬が紅潮していて呂律が回っていない。それと琴葉たちはいつにもましてベタベタとボディタッチが激しくなっていた。
「ひっ……これもっとねぇのかぁ? 高木ぃ! もっとおかわり持ってこーい」
佐々木はシンプルにうるさく、めんどくさくなっていた。
同じものを飲んでいたというのに、なんでこの三人だけが……。
俺は腕を絡ませてきた鮫島を上手く躱して、コップに新しくジュースを注ぐ。そして一口、二口飲んで、やはりなんともない。
味は甘酸っぱいフルーティで爽やかな炭酸で、今までに飲んだことはないけれど、いくらでも飲めてしまいそうなすごく美味しいジュースだった。
「ん、あれ? そういやー、田中はどこ行ったんだ?」
委員長がなんとも陽気な口調で言う。
「制服にしわがつくからって乾杯する前に着替えに行っただろ」
「んー、そうだったか?」
噂をすれば、なんとやら。なんとも上手くかみ合わない会話をしていると、ちょうどラフな格好に着替えた田中が店の二階から降りてきた。
「お待たせー……って、何飲んでんのっ⁉」
そして戻ってきてすぐに、机の上に置かれた空のビンを見て大きな声をあげた。
「なにって高木が持ってきたジュースだろぉお?」
「いや、それお酒だし!」
佐々木への返答に「へ?」と、間抜けな音が同時に漏れる。
「いや、でもこれまったくアルコール感とかないぞ?」
「そういうお酒なのよ!」
否定した高木もすぐに黙らされて、田中の圧に委縮していた。田中は慣れた手つきでコップにお冷を入れて、酔っぱらっていた三人に水を飲ませて続ける。
「まったく、学生に酒を出したなんて広まったら即閉店ものよ。あんたも、黄色いケースに入ってるのはお酒だって前にも言ったでしょうが!」
「わ……悪い」
「立花くん、悪いけど龍沢さんと鮫島さんを二階の部屋で休ませてあげてくれる? 押し入れに布団が入ってるから」
ばつが悪そうな高木の言葉には反応せず、今度は俺の方を向いて田中は言った。
「分かった」
俺は指示されるまま琴葉と鮫島の手を引き、二階の部屋へと連れていく。それから酔っぱらった二人に絡まれながらもなんとか引っ張り出した布団を二枚敷いて、やっとの思いで琴葉を寝かしつけた。
「ゆーくん……」
むにゃむにゃと俺の名前を呼ぶ琴葉を見ていると、寝ているのか起きているのか微妙な鮫島に足を引っ張られる。
「ゆーと。おやすみのちゅーは?」
「おまっ、なに言ってんだよ鮫島」
酒は人を変えてしまうとは聞いたことがあったが、ここまでとは恐ろしい。キャラ崩壊とかそういうレベルではなかった。
「りっか、でしょお……! ほらぁ、ちゅー」
鮫島は俺が身代わりに差し出した枕を目一杯に抱きしめて、それに顔を埋めていた。もしも酔いが覚めてこんなことを覚えていたら、俺だったら耐えられない。
「二人とも、ちゃんと休むんだぞ」
鮫島の名誉のためにも「何も見ていない、何も見ていない」と自分に言い聞かせて、部屋を出て少し急な階段を下りる。
「立花くん、ありがとう。委員長も酔いがまわっちゃってたみたい」
戻った先で俺を待っていたのは、いびきをかいて気持ち良さそうに眠っている佐々木と委員長、それと正座をさせられている高木というなんともシュールな光景だった。
◇◇◇
「でも良かったわ、みんな元気になったみたいで。お腹空いたでしょ? お好み焼きでも食べていきな」
陽もだいぶ傾いてきて、時刻は夕方の五時過ぎ。
ようやく酔っ払い組が目を覚まして座敷に全員が集まったところで、田中のお袋さんが優しく言った。
「全然良くないわよ、まったく」
「わ、悪かったよ……」
高木はお袋さんとは対照的な田中に申し訳なさそうにしていて、機嫌を取ろうとしているのか鉄板に載せられたお好み焼きをせっせと切り分けている。
見ていて、なんだかこれはこれでお似合いな二人だなと思えてくるのが不思議なところだ。
「(ねぇ、ちょっと佑斗。私さっき、なにか変なこと言ってなかった?)」
皿に取り分けられたお好み焼きを頬張っていると、ふいに耳元で話しかけられた。
「(べっ、別に何も言ってなかったぞ?)」
「(そう……ならいいのよ。うん。いいわ)」
少し照れくさそうな素振りで鮫島は言って、そそくさと自分の席へと戻っていく。
なんというか、ここ最近で鮫島のキャラがよく分からなくなっている気がする。
「なあなあ。どうせだし夏休みさ、みんなで集まって出掛けないか?」
ようやくいつもの調子に戻って楽しく飯を食っているところに、委員長が急にそんな提案をした。これまでの俺にはそういった経験はほとんどないけれど、夏休みにクラスの友達とどこかへ出掛けるというのも、確かにナイスアイディアだ。このメンバーに瑛太たちも加われば、騒がしいけどそれも楽しく思える、そんな思い出が作れそうに思えてくる。
「そりゃあせっかくの夏休みだし、どっか行きてぇよな」
「そうね。良いんじゃない?」
「みんな酷ぇ……俺が補習で勉強させられてる間、俺を抜きで楽しもうってのかよ……」
佐々木も田中も賛成する中、こっぴどく叱られて卑屈になってしまった高木が悲しそうに嘆いた。
「いや、最初の一週間以外で行けばいいでしょうが」
「
「恥ずかしいからやめてよ、もう」
さすがにそこまで鬼ではない田中に、高木はまだ酔いが残っているのか
「えっと、話を戻していいか?」
なんだかイチャイチャし始めたようにも見えなくもない二人にコホン、と咳払いをして、委員長が話を続ける。
「実はうちの叔父さんが別荘を持っていてさ、もし良ければ皆でそこに行かないかなと思って。それなら学生でも泊まりで遊べるし、離れにはコテージもあるからバーベキューなんかもできるし」
別荘だとかコテージだとか、聞き慣れない言葉に一瞬フリーズして、それから思わず「えっ⁉」と声が出る。それはなにも俺だけではなかったようで、佐々木や高木も同じような反応をしていた。
「委員長の家ってお金持ちだったの?」
「いや、うちじゃなくて叔父が金持ちなんだよ」
恐らくその場にいた全員一致の疑問を投げかけた田中に、委員長はなんともないように答える。
いや、それにしたって別荘持ちの叔父がいるなんてびっくりだ。羨ましい。
「別荘でお泊まり……なんてのも良いかもしれないわね。ううん、間違いなく良いわ。うん、良い!」
ちらちらとこっちに視線を飛ばしながら大賛成の意を示した鮫島に続いて、佐々木や高木も大きく頷く。
「そんなとこに行けるチャンスなんて滅多にないだろうし、行くしかないだろ!」
「別荘かぁ……もしかしてプライベートビーチなんかも――」
「――それは普通にないぞ」
高木の過ぎた妄想は委員長に即否定されたが、それでも十分に魅力的だ。
「あるわけないでしょ、普通に。まあ、私たちは全然行きたいけどさ、立花くんたちはどう? 今日も半ば無理やり誘っちゃったけど」
話を振られて、琴葉は俺を見る。ちょうど俺も同じように琴葉に目をやっていて、必然的に目と目が合った。
やだ、もしかして運命⁉
「私はゆーくんに合わせるよ」
「琴葉がそういうなら、行ってみたいかな。楽しそうだし」
「じゃあ、決まりだな」
それから話はとんとん拍子で進み、瑛太と咲も誘ってお盆が明けてから出掛けようという事に決まった。
琴葉との海に友達との泊まりがけ別荘旅行、お盆にはばあちゃんの家にも行くだろうし、花火大会だってある。
今年の夏休みは今までにないくらい忙しくなるような気がして、でもそれが少し嬉しかった。
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