第6話 気がつくと、夏休みに手が届きそうになっている。(2)


     ◇◇◇



「――やっと終わったあああ!」



 いつもよりだいぶ時間の早いまだ午前の放課後の教室に、いかにもバカっぽい咆哮が木霊こだました……気がした。セットしたわけでもないのにいつでも変わらずおんなじもじゃもじゃな頭がトレードマークの、佐々木の声だ。


「明日から遊び倒すぜ!」

「あんた……とりあえず課題は早めに片付けなさいよ?」

「お前、母さんみたいなこと言うなよ」

「あんたのお母さんに頼まれてんのよ……」


 その横では高木が田中に呆れられている。こいつは確実に、尻に敷かれるタイプだ。バカだが幼馴染となんだかんだ仲が良いとこ、俺は嫌いじゃない。


 うん。幼馴染、いいよね。って言うかなんで俺と琴葉は席替えでこんなに席が離れたのに、こいつらは相変わらず近くにかたまってるんだよ!


「ゆーくん、今日はどうする? また和葉連れてゆーくんちに行けばいい?」

「うーん……若い二人の邪魔をしても悪いし」


 今日は夏休み前、最後の登校日。


 学園祭も試験も終わって多くの生徒が無気力な毎日を過ごしている間に、明日からはもう夏休みだ。


「じゃあ、帰りながらそのままどこかでお昼食べてく?」

「いいね。たまにはそうしようか」


 付き合い始めたばかりの妹たちの邪魔をするのも気が乗らないので、琴葉の案に賛成する。琴葉とランチデートなんていうのもおしゃれで良い感じだ。



「おっ? 立花たち、どっか飯食いに行くのか? それならどうせだしみんなで行こうぜ!」



 しかしそんな少々浮かれ気分な俺のことなんてどこ吹く風と、急にすぐ近くに現れた高木がやけにハイテンションで話に入ってきた。いや、やけにハイテンションなのはいつものことではあるんだけど、いつにもましてと言えば正しいのかなんなのか。


「ちょ、ちょっとあんた! 少しは気を遣いなさいよ」

「俺、委員長にも声掛けてくるわ」


 一緒に近づいてきていた田中の忠告など聞かずに、高木は教室を走って出ていく。ぶっちゃけ、田中の忠告は聞かなくてもいいのでせめて俺と琴葉の意見は聞いて欲しかった。



「――二人は本当によかったの? ぜんぜん断ってくれても大丈夫だったんだけど」



 とりあえず委員長を含むいつもの四人と鮫島、それに俺たち二人の計七人で店へと移動しながら、田中が心配そうに訊いてくる。やっぱり高木みたいお馬鹿キャラの幼馴染を長年やっていると、しっかり者になるんだろう。


 ちなみに瑛太は今日も部活なので、咲と二人して欠席だ。


「ううん、気にしないで」

「なら、良かったけど」


 琴葉の返答に田中は安心したようだったが、高木は許さん。琴葉とのランチデートの邪魔をした罪は重いぞ。


 この人数でどこへ行くかという話になったら、高木の中では答えがひとつらしく、向かう先は前にも行った学校から歩いて二十分と少しの田中んちの店だった。


 その間、高木の靴のかかとを何度も踏んでしまったのは俺のうっかりだ。絶対に恣意はない。



     ◇◇◇



「そういえばコウちゃん、今回はテスト、大丈夫だったの?」



 店に着いて適当な座敷の席に座ると、田中のお袋さんがたこ焼きの載った皿を持ってきて言った。テスト後の様子を見るに大丈夫ではなさそうだったけれど、そういえば結局どうだったのかは聞いていない。


「や……やだなぁ、おばちゃん。明日から夏休みだっていうのに嫌な話をしないでくてれよ」

「いやあんた、赤点とったんだから来週一週間補習でしょ?」

「…………」


 ダメだったらしい。即落ち二コマ。


「現実から目を背けても何も変わらないわよ」

「うぅ……」

「ま、まぁ。今日くらいは忘れて楽しもうぜ! どうせ来週は嫌でも補習に行かなきゃいけないんだし!」


 田中に追い打ちを掛けられてさらに背中を丸めた高木を慰めようとして、佐々木は微妙にフォローになっていないことを言う。


「佐々木お前、慰める気ねぇだろ……」

「まあ俺には補習ねぇし、お前が学校に行ってる間、いくらでも夏休みを満喫できるからな!」

「この薄情者っ! 人でなし!」


 前言撤回。慰めようとしたわけではなかったらしい。


 がっはっはと気持ちよく笑った佐々木から逃げるように、高木はすかさず田中のお袋さんの近くへと行った。


「よしよし。コウちゃんは悪くないわるくない」

「うぅ……おばちゃん……」

「ちょっとお母さん、甘やかさないでよ! とにかく、あんたはもっと勉強をしなさいってことよ!」


 全肯定幼馴染(母)と化している自分の母に一喝して、田中は言い放つ。


「まあまあ。じゃあコウちゃん、今日は皆と一緒に冷蔵室にある飲み物を好きなだけ飲んでいいから、それで来週から一週間、ちゃんと頑張りな」


 それでも相変わらず慈悲に満ちた田中母の言葉に、高木は「本当に⁉」と小学生みたいに喜んだ。



「じゃあ俺、適当に美味そうなもん取ってくるわ!」



 ついさっきまでしなびていたのが嘘のように、ハイテンションになって厨房の方へと早歩きで消えていく高木。


 このおバカのせいでこのあとあんなカオスなことになるだなんて、この時の俺は思いもしなかった。

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