第5話 気がつくと、夏休みに手が届きそうになっている。(1)
◇◇◇
高校二年生になって初めての席替えから一週間が経ち、待ちに待った夏休みもついに今週末。クラスの連中も新しい席に慣れてきたようで、席替えをする前とはまた違った友人たちと会話を弾ませていた。
横の席から俺にひたすら話しかけてくる、鮫島六花たった一人を除いては。
「週が明けても相変わらず雨ねぇ」
「…………」
「ちょっと佑斗、無視しないでくれるかしら」
「……そうだな! じめじめしてて本当、嫌になってくるよ!」
しかも最近はこの調子で、独り言のようなことを言ったと思って反応しないでいるとすぐに絡んでくるし、別に嫌だとかそういうわけではないのだけれど、なんだかなぁとは思う。加えて席替えをきっかけに琴葉にも話の出来る女子の友達が増えたようで、嬉しいような少し寂しいような複雑な心境だ。
特に会話を続けたいわけではないのに、自分のターンで会話が終わるとなんだか気まずくなるのは、なんでなんだろう。
答えなんてあるかも分からないそんなことが頭に浮かんで、俺は口を開く。
「なぁ、鮫島」
「……なによ」
「俺なんかが言うのもあれなんだけどさ、もっと友達作った方が良いんじゃないか?」
いや、本当に。デリカシーがないというか、普通に考えてそんなことは言うべきではないのだと分かってはいるが、それでも、そんな言葉が口から飛び出した。
「どの口が言うのよ。どの口が」
「だから俺なんかが言うのもっつってんだろ」
なんとも言えない表情で苦笑いを浮かべる鮫島に言われて、俺は視線を窓の外へと散らす。
俺だってついこの間までは琴葉や瑛太たち以外とまともに話もしなかったし、それでいいとも思っていた。友達は多い方が良いとかそういうよく分からない押し付けは俺だって嫌いだし、それに近いようなことはできれば言いたくもない。
ただ、俺がそれでいいと思っていたのは、思えていたのは、きっと琴葉がいたからだ。彼女さえいればそれでいいと思える存在がいて、そして彼女も俺のことを同じように想ってくれているという自負と、事実があったからだ。今の鮫島とはわけが違う。
自分で言うのもなんだが、彼女は俺のことを好いてくれていて、俺にばかりかまっている。教室で鮫島が自分から話しかけにいく相手は俺以外にほとんどいない。
しかし、どんなに彼女が容姿端麗でも、良い奴でも、胸が大きくてスタイルが良くても。俺にとっての琴葉や琴葉にとっての俺には絶対的になれない。それだけは、断言できた。
それならば――。
叶わない想いにその場の勢いで身を任せて、最後に何も残らないなんて事態には、なってほしくはない。
「なにを言われたって、私は自分が好きなようにするわよ。私の人生なんだから」
「……さいですか」
『――祐斗、私がその……あなたのことを好きだって、気づいてるわよね?』
一月半前の彼女の言葉が、脳内で全反射する。
返事を、するべきなんだと思う。直接言われてもなお向き合わなかったことを、ちゃんとしないといけないんだと。
だから――。
「この間の弁当の礼にさ、夏休みのどこかで、好きなもの奢るよ」
自分への誓約の意味も込めて、俺はそう言った。
呆けた顔で黙ったままの鮫島は、漫画の登場人物みたいだった。
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