第1話 学園ラブコメには、ほぼ確実に水着回がある。


     ◇◇◇


 六月も終わり、今日から七月。学園祭が終わってすぐに梅雨入りが発表されて、しかし言うほど雨の日は多くなかったことが嘘のように、四日連続の雨だった。


「なにか、テンション上がらないね。午後のプールも体育館で球技に変更だって」

「そういえば女子は今日プールか。でもいいじゃん、球技も楽しいよ?」

「私はゆーくんと違ってあんまり運動好きじゃないの!」


 昼休みの教室に零れた琴葉ことはのため息に、俺は苦笑する。


「それより、琴葉はなんかいいバイト見つかったの?」

「バイト?」


 少し声量を絞った俺にそんなことは忘れていたとでも言うように、琴葉は頭の上にはてなマークを浮かべた。


 瑛太えいたたちが付き合っていると知った日、二人で一緒に海に行こうと約束をしたので夏休みまでにその資金をどうにか確保したいと、そういう話を少し前にしていたのだ。琴葉は全然覚えていないみたいだけど。


「あっ……いや、全然だけど。ゆーくんは?」

「一応見つかったよ。母さんつながりで中三の子の家庭教師をやることになった」

「家庭教師⁉ すごいじゃん! ゆーくん教えるの上手だし、ピッタリかもね!」

「そこまで言われると、ちょっと照れるなぁ」


 少し考えてようやく思い出したらしい琴葉に俺が答えると、なんだかベタ褒めされた。興奮気味に身を乗り出してくる琴葉、今日も可愛い。


 ちなみに言っておくと、うちの高校は曲がりなりにも進学校を名乗っているので、アルバイトは全面禁止されている。


 だからこうして、知り合いの伝手つてを使ってバイトを探すしかないのだ。琴葉の父さんは校長と知り合いっぽいので、ひょっとするとそんなことはどうとでもなってしまうのかもしれないけれど、まあそういうグレーな部分には触れない方が良いだろう。


「それより琴葉も、早く見つけないと。もう夏休みまで三週間もないよ?」

「分かってるけど……働きたくない! もう一生ゆーくんに養ってもらう!」

「そんなことは許しません!」


 嘘。たぶんいざそうなったら許しちゃう。一生養っちゃう。


 っていうか今、プロポーズされたよね⁉ って、何回やらせるのこのくだり!


 頬っぺたをあざと可愛く膨らませる琴葉を目にしっかりと焼き付けてから、俺は前へと向き直る。弁当を机の上に出してそれから立ち上がると、机を動かして琴葉の机にくっつけた。



「今日は佑斗んちの母さん。早番じゃないんだな」



 くっつけた二人分の机に椅子だけ持って近づいてきた瑛太がそんなことを言う。


 俺と琴葉の弁当が同じかどうかを確認して毎回のように言ってくるのは、そろそろやめてほしいところだ。母さんの早番が始まったのは今年からだけど、この調子だと卒業まで言われ続けそうな気がしてならない。さきも「ほんとだー」とか言って日課のように俺たちの弁当を見比べないでほしい。


 ともかく、いつも通り四人揃って昼食を食べ始める。



「――なぁ、立花たちも、明日プール行かないか?」



 適当に談笑しながら弁当を食い進めていると、高木たかぎが話に首を挟んできた。さっきから大きめの声で佐々木ささきと話していた内容を聞くに、


「なんでプールの授業は男女別なんだ! おかしいだろ!」

「いや、それなら市民プールに行けばいいんじゃないか?」

「それいいな! よし、明日みんなでプール行こうぜ!」


の三連コンボだった。思考パターンが実に高木と佐々木らしい。


「悪いけど俺は部活だからパスな」

「瑛太がいかないなら私もいいかな」


 行くなら二人でご自由に、と瑛太たちが俺と琴葉に目配せをしてくる。


 正直、数か月前の俺だったら即答で断っていただろう。いや、そもそも誘われてすらいなかったかもしれない。


 ここ最近、勉強会だったりテストの打ち上げだったりで、高木や佐々木、委員長たちともそれなりに仲良くなってきて、ほんの少しだけれど居心地の良い関係になってきているんだと思う。



「ゆーくんとプール……ありかも!」



 確認の意味を込めて目線を飛ばした俺に、琴葉が嬉しいことを言ってくれる。


「じゃあ、行こうかな」

「よっしゃ決まりだな! 女子一人確保!」


 っておい! 俺はおまけか!


 大げさにガッツポーズをする高木に一々ツッコミをいれていたら、おそらくツッコミ過多で死んでしまう。とりあえず自己防衛のためにもため息ひとつで我慢して、俺は昼食を再開した。


 琴葉の水着姿を高木たちに見られるというのは少しばかり気に食わないけれど、彼女が行きたいというのならそれが俺の意思である。


 幼馴染ファーストは紳士の基本だ。


 直後、俺のすぐ前の鮫島さめしまの席に行った高木が「よっしゃ! 女子一人確保!」とまた大げさに喜んでいたが、それはなんとなく想像通りだった。



   ◇◇◇



「夏だっ!」

「水着だっ!」



 七月二日土曜日。


 昨日までの雨はどこへ行ったのかバカ二人に吹き飛ばされたのか、気持ちのいい眩しすぎるくらいの青空の下、委員長が汗だくで「市民プールだー」と高木たちに言わされていた。ちなみに委員長のお腹はビール腹かというくらいにぽっこり出ている。ぷよぷよした感じではなくて、少し体が心配になってくる。それでいて眼鏡に坊主頭というのだからなんともインパクトの強いビジュアルだ。


「にしても女子たちおせーなー」

「いろいろ準備があるんだろ」


 プールサイドに出てから数分の間、高木たちはバカな絡みを続けていたが、飽きてきたのか更衣室の方に目を向けるとちょうど琴葉たちが水着に着替えて出てきたところだった。


「ゆーくん、おまたせー」

「佑斗、この水着どうかしら?」


 一年ぶりに見る琴葉の水着は去年と変わらず水色のフリル。運動嫌いのくせして相変わらずすらっとしていて、やはり何度見ても見惚れてしまう。


「琴葉、やっぱりその水着いいね。可愛いしすごく似合ってるよ」

「本当? ありがとゆーくん!」


 快晴の空に琴葉の笑顔が良く映える。たぶんこれだけでどんぶり三杯くらいはごはんおかわりできる。


「……まじかよ」

「……すげぇ」

「ちょっと佑斗、私はどうなのよ!」


 高木たちの呟きの数倍は声を張り上げた鮫島に、俺は現実に引き戻されて残りの二人に目をやった。


「…………」

「何か言いなさいよ」

「いや、何か言えと言われても……」


 正直、鮫島を見て田中たなかを見て、それから鮫島を二度見してしまった。


 田中は田中ですらっとしていて、胸は控えめながらかなり良いスタイルだと思う。ただ、鮫島のプロポーションはレベルが違うというか、転校してきた当初からスタイルが良いと思ってはいたけれど、露出が多くなると長い手足に美しいくびれがさらに際立ってモデルでもやっているんじゃないかと思うくらいに美しかった。


 しかも黒ビキニって。そんなん田舎の女子高生に着こなせる? あと胸でかっ! おっぱ――。


「――ゆーくん! さっきから六花りっかちゃんのことじろじろ見過ぎじゃない?」

「こ、琴葉⁉ 気のせいだよ。うん、気のせい気のせい」


 唐突にジト目を向けられて、慌てて視線を琴葉に戻す。


 うん。なんだか安心する。実家に帰ってきたような安心感。やっぱり幼馴染最高。いや、胸のサイズの話じゃないよ?



「ちょっとあんたら、市民プールまで来てバカやってんじゃないわよ!」



 田中の言葉でふと高木たちを見ると、二人そろって鼻血が少し出ていた。分からなくもない。だいたいこんな田舎でここまで完璧なボンキュッボンな美少女なんてポカモンの色違いみたいなもんだ。男子高生には刺激が強すぎる。ちょっと自分でもなに言ってるか分かんないけど。


「うるせー、自分が小さいからってひがむなよ」

「ひっ、僻んでなんてないわよ! このド変態! おっぱい星人!」


 高木にデリカシーの欠片もないことを言われて、チェックの可愛らしい水着を身にまとった田中は赤面しながら言い返した。


 俺はそんなに小さくないと思うぞ。うん。鮫島が規格外なだけ――。


「――ゆーくん!」

「うっぷ!」


 いかんいかん、また油断して鮫島に視線が吸い寄せられてしまった。いやね、これだけは勘違いしないでほしいんだけど、違うんですよ。俺はずっと琴葉一筋で、これからもそれは変わらないっていうのは決定事項なんだけれども、たとえば芸能人をすごい可愛いとは思うけどそれは好きとは違うみたいな、そういうふうにただスタイルが良くてたわわでダイナマイトだなぁと思っただけなんです。それだけなんです。お願いだからみぞおち入れてくるのやめてください琴葉さん!


「まったく、油断も隙も無いんだから。ゆーくんは私から離れないように!」

「はい……」


 腕を絡ませてくる琴葉に、俺はさも渋々といった雰囲気で答える。こういう感じは結構好きだ。


「おい立花、いちゃついてんじゃねぇ」

「タチバナ……コロス……」

「佑斗、見せつけてくれるじゃない」

「ほらゆーくん! プールで遊ぼ!」

「ちょっと琴葉、危ないから飛び込むなって!」


 そんなこんなで、夏お約束の水着回はそれなりに盛り上がった。


 ぜんぜん話に入ってこなくておかしいと思っていた委員長が鼻血多量で医務室に運び込まれていたことに気づいたのは、しばらくしてからだった。



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