第33話 幼馴染三人で帰り道を歩く。

     ◇◇◇


「おばちゃん、ごちそうさま」

「ごちそうさまでした!」

「美味しかったです!」

「また来ます!」


 お腹もいっぱいに膨れて、皆で田中のおばさんに挨拶をして店の外に出る。


「いやぁ、あれだけ食べて一人五百円なんて、なんだか申し訳ないな」

「気にしないで。ウチはいつも学生には安くしてるからさ」


 田中へと目を向けた委員長に、彼女は頭を掻きながら笑う。


「まさに学生の味方だな! 田中の家がこんな美味い飯屋だったとは……」

「それでその学生たちがおっさんになってもまた店に来るんだよ。昔世話になったからって言って、テーブルに代金を多めに置いていくんだ。おばちゃんにばれると受け取ってもらえないからね」

「愛されてんなぁ」


 なぜか高木が得意げに、佐々木にそんな説明をして見せた。


「さて、そろそろ帰ろうか。もう暗いし、龍沢のついでに鮫島も立花が送ってってやってくれ」

「ん? あぁ、まあいいけど」

「やった! 祐斗、しっかり送り届けてよね」

「あぁ……」


 委員長に押しつけられるようにして、鮫島を送っていくことになる。


「ゆーくん、浮気?」

「違うよ。そんなんじゃないって」

「いや、あんたたち付き合ってないでしょうが」


 琴葉に俺が弁解して、そのやりとりを見た鮫島が冷静にツッコミを入れた。


「確かに」

「いやゆーくん、なに納得してるの⁉」

「付き合う……か」  


 なにか。なにかが引っかかる。


 すぐそこまで出てきてはいるのに、思い出せそうで思い出せない。ここ何日か、そのなにかをずっと忘れているような気がする。


「どうしたのよ、祐斗」

「いや、なんかここ最近思い出せそうで思い出せないことがあるというか、なにか結構大きなことだったと思うんだけど、それがなにか分からない……みたいな?」

「忘れちゃうっていうことは、その程度のことだったっていうことでしょ。それよりほら、もう帰りましょ」

「……そうだな」


 委員長や高木たちにお別れをして、三人で家路につく。


「なんか三人で帰るって、新鮮だな」

「そう? 前にも一度だけあったじゃない」

「いや、あのときはなんというかお前、ザ・敵って感じだったし」

「じゃあ今は味方になれたってことかしら?」


 歩きながら顔を覗き込んできた鮫島から目を逸らすと、ちょうど琴葉と目が合った。


 いや、目が合ったというよりは一方的に凝視されていたというか、不機嫌そうに睨まれていたというか。


「ゆーくん、本当にずいぶん仲良くなったんだね」

「そ、そんなことないぞ? 普通だよ普通」

「なによ、祐斗。水臭いわね。私たちの仲じゃない!」


 鮫島が俺の腕を抱き寄せて、それを見た琴葉はまた俺に向けた目を細める。


 俺じゃなくて鮫島を睨んでくれ。まあ、焼きもちを焼いてもらえるというのは悪い気分ではないのだが。


「そ、そういえば、今日は瑛太も咲もこなかったな。こないだは来たのに」

「サッカー部はもう今日からがっつり部活だからね。瑛太くんが来ないなら、咲ちゃんも当然来ないだろうしね!」


 話題を変えようと切り出すが、琴葉は鼻を鳴らして冷たくそう言い放つ。というか、その語尾で語調を強められると「死ね!」って言われてるみたいだからやめてほしい。俺にはそれで喜ぶような趣味はない。ほんとだよ!


「……まぁ、最近あの二人は特に仲良くなったからな。前までも仲良かったけど」

「そうだね」


 無言の圧力に押しつぶされそうになりながら、なんとか踏ん張って歩く。


「そ、そうだ、琴葉。日曜、一緒に買い物行こうよ。買いたいものがあるんだ」

「え? まあ、ゆーくんがどうしても一緒に来てほしいって言うんなら一緒に行ってあげてもいいけど? どうしても一緒に行ってほしいんでしょ? ほしいんだよね? よし、じゃあしょうがないから一緒に行こう!」

「じゃ……じゃあ決定だね」


 さっきまでむっとしていたのが嘘のように、上機嫌になった琴葉。いつもと違うテンションに、鮫島は少し引いていた。


「買い物なら私に言ってくれれば一緒に行くのに……」

「悪いな。琴葉の弟の誕生日がこないだあったから、そのプレゼントを買いに行きたいんだよ」

「そっ、そうだった。私もちょうど買いに行こうと思ってたんだよ。うん。テスト期間も終わったし!」


 鮫島がなにかを察したような目で琴葉を見つめる。


「琴葉、忘れてたでしょ」

「忘れてたわね」


 鮫島が気づくのに、俺が気づかないわけもなかった。



「なっ、なに言ってるの二人とも! そんなわけないじゃん!」



 言ってる事とは裏腹に声はホッピングでもしているのか、裏声が所々に顔を覗かせていた。



「ほっ、本当だよ⁉ 昨日までは覚えてたんだから!」



 今日は忘れていたらしい。


「分かった分かった。とりあえず、明後日買いに行くってことで。じゃあ琴葉、俺は鮫島送ってくからまた」

「またね龍沢さん。おやすみなさい」


 無駄話を休み休みしている間に、気がつくともう我が家の前だった。琴葉は家に帰して委員長に言われた通り、鮫島を送っていくことにする。


「ちょっと待ってよ!」

「なに?」


 琴葉に呼び止められて、立ち止まる。


「私も行くよ! どうせ同じ場所に帰ってくるんだから、ついていったって文句ないでしょ」

「別にいいけど、あんまり遅くまで出歩いてるとおじさんたちも心配するだろ?」

「ゆーくんと一緒だったって言えば大丈夫だよ! メールも送っとくし!」


 それなら玄関開けてひとこと言っていけばいいのに。


 そう思ったが、口にはしなかった。



「……せっかく二人で帰れると思ったのに」



 鮫島がぼそっと放った言葉に、俺は反応せずに歩き続ける。


「ゆーくん、明日は暇?」

「んー、まあ予定はないかな」


 『暇か?』と訊かれると、『暇だ』と答えたくなくなるのは俺だけだろうか。


 もちろん予定はないし、なにをするというわけでもないのだが、それでもそう訊かれると『はい暇です』とは答えたくなくなる。そんなどうでもいい人間の神秘を感じながら俺は答えた。


「じゃあ、ウチで映画見ようよ! この間まとめて買ってきたんだー」

「いいね。じゃあ九時過ぎに行くよ。なんかテキトーにお菓子持ってく」

「やった」


 琴葉はぎゅっと拳を握って、小さくガッツポーズをする。 


「ちょっと、私をのけ者にして二人仲良くおしゃべりしないでもらいたいんだけど」

「悪いわるい。でも鮫島、お前ん家もう着くんじゃないか?」

「えぇ、この家よ」


 鮫島が足を止めて振り返った先にある家は、立花家と龍沢家の二つを足して、それでもまだ足りないくらいの大きさだった。


「立派な家だなぁ」

「兄妹がばかみたいに多いのよ。おかげでこれでも広すぎやしないくらいにはね」


 そう言って鮫島が玄関を開けると、家の奥の方からドタドタと音を立てて少年少女たちがこちらへやってきた。


「姉ちゃん帰ってきたー」

「おかえりー」

「あっ、姉貴が男連れてきたぞ!」

「いやあの男、他の女も連れてるぞ」

「女ったらし……?」

「みんなただいま。こら、大和やまと。廊下は走っちゃだめだっていつも言ってるでしょ?」


 十人近い子どもたちが口々に鮫島を迎える。なんだか後半は俺が酷いことを言われていた気もするが、きっと気のせいだ。


「保育所かよ、ここは」

「今日はちょうど親戚の子も来てるのよ。それがなくても八人兄弟なんだけど」

「「八人⁉」」


 俺と息を合わせて驚いた琴葉は、玄関から顔を覗かせる子供たちが何人いるかを数えている。


「まあ、ウチの話はいいのよ。送ってくれてありがとう。気をつけて帰るのよ」

「あいよ」

「はーい。おやすみなさい」


 子供好きな琴葉は少し寂しそうにしていたが、そんな彼女の腕を引っぱり、来た道をひき返す。


「じゃあ明日、九時過ぎにね!」

「了解ー」



 翌朝。なぜか鮫島が龍沢家にいたことには、さすがの俺も驚きを隠せなかった。




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