第32話 テストが終わったあとの「終わった」は、人によって意味合いが違う。

     ◇◇◇



「終わった……」



 どういう意味の「終わった」なのかは分からないが、四日間に渡る中間試験を終えて、佐々木と高木が口を揃える。



「二人とも、赤点はないんだろうな?」



 どうやら高木の「終わった」は「詰んだ」と同じような意味合いのものだったらしく、委員長の言葉を聞くとばつが悪そうに顔を背けた。


「あんたはちゃんと勉強しないからでしょ。自業自得よ」

「いっ、一応したわ!」

「勉強して赤点じゃあ、なおひどいじゃない」

「まだ結果は出てないし……」


 横から入ってきた田中が高木のライフをガリガリと削っていく。


「琴葉は大丈夫だった?」

「……ん? うん。たぶんぎりぎりねー」


 琴葉はなんとか赤点こそ免れはしたが、ここ数日の課題の提出で睡魔もピークに達しているらしく、それだけ答えて机に突っ伏してしまった。


「ねぇ、折角だし皆で打ち上げでも行かない?」

「おっ、たまにはいいこと言うじゃねぇか」

「そうだな、パーっといこうぜ!」


 田中の提案に、高木と佐々木が乗っかる。



「いいんじゃないか。そうだ。勉強会はこれなかったけど、鮫島も一緒にこないか?」



 委員長に誘われた鮫島は少し考えるようなそぶりを見せて、それから俺を見て口を開く。


「打ち上げには祐斗も来るの?」

「まあ、そのつもりだけど」

「そう。なら行くわ」


 曲がりなりにも美少女に好かれるというのは、気分の悪いものではない。ただ、なんで鮫島が俺のことを好いてくれているのか、それに関しては未だに謎でしかない。  


「じゃあ、今日はうちの店に来なよ。お安くしとくから」

「おっ、いいねぇ」


 鮫島の参加も決まったところで、田中と高木が段取りを決め始める。


「ん? 田中の家ってなにかやってるの?」

「あぁ、こいつんちはまあ大衆食堂みたいなのをやってるんだよ。基本的には食いたいもん言えば作ってくれるぞ」


 俺の素朴な疑問に答えたのは高木だった。やはり家が近いというだけあって、お互いにそれなりの付き合いがあるんだろう。


「さすがにピザとかそういうの手間の掛かるのは無理だけどね。で、どうする? うちでよければお母さんに連絡するけど」

「あぁ、頼むよ。皆もそれでいいだろ?」


 委員長が皆を見回して、田中に答える。


「よしじゃあ、決まりだな!」

「琴葉、起きないとおいてかれちゃうよ?」

「いいじゃない祐斗。おいていけば」

「ッッ⁉ 六花ちゃん、近いよ! ゆーくんから離れて!」


 そんな騒がしいメンバーで、俺たちは教室を出た。 



     ◇◇◇



「じゃあ、無事にテストも終わったということで。乾杯っ!」



 委員長の掛け声を合図に皆が一斉にグラスを掲げる。


「いやぁ、でもほんと無事に終わってよかったな」

「終わったなぁ……」

「こいつは無事に終わってないんだけどね」


 どこか遠くを見つめている高木を見て、田中がぼそっと言う。   


「赤点だと夏休みに補習だからな。まあせいぜい頑張れよ」

「佐々木、他人事だと思って……」

「他人事だからな」


 みんなして高木をいじめすぎだろ。なんだか憐れに思えてくる。


「あらあらコウちゃん。またテストの出来が悪かったの? まあこれでも食べて元気出しなさいよ」

「あ、ありがとう、おばちゃん……。いただきますっ!」


 そんな高木に優しい言葉をかけたのは、田中のお袋さんだった。なんでも女手一筋でこの店を経営して、田中を育ててきたらしい。


「うめぇ……うめえよ。やっぱりおばちゃんのしょうが焼きは最高だな!」

「ははっ。そんなこと言ってくれるのはコウちゃんくらいのもんだよ」


 一人感動ムードでしょうが焼きを貪る高木。隣に座っている田中はそれを冷めた目で見ていた。


「期末試験は補習にならないようにな、コウちゃん」

「うるせぇ、コウちゃんって言うな! だいたい、まだ中間試験だって赤点と決まったわけじゃないんだからな!」

「はいはい」


 佐々木が高木をまたいびり始める。


「っていうか高木って、田中本人とよりお袋さんとの方が仲いいんだな」

「そりゃあ――」


 高木が俺に答えようとするのを遮ったのは、田中のお袋さんだった。


「そんなことないよ。なんてったって昔は二人とも、べったりだったんだから」

「なっ、なに言ってるのお母さん! そんなでたらめ言わないでよ!」


 皆が田中に目を向けると、彼女は慌てて否定する。


「大袈裟に否定するところが逆に怪しいな」

「おい高木。お前は仲間だと思ってたのに……。この裏切り者がっ!」

「いや、本当に違うって! 昔の話だから!」


 委員長と佐々木に追い詰められて高木も必死に言い逃れようとするが、もはや彼に味方はいない。もはやもなにも最初から敵だらけだったか。


「ほら! そんなことよりお前らもこのしょうが焼き食ってみろって! めちゃくちゃ美味いんだぞ!」

「そんなことよりも昔の話、詳しく聞かせろや」

「そうだな。俺もそれは気になる」


 男子二人に詰めよられて顔を引きつらせる高木に、俺は少しだけ親近感を覚えた。




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