第29話 勉強をしなければいけない時に限って、面倒ごとは舞い込んでくる。
◇◇◇
皆との初めての勉強会から十日が過ぎ、中間試験はもう三日後。試験に向けての勉強もいよいよ佳境に差しかかっている。
だというのに―――。
「ねえ、やっぱ家族が誰も俺の誕生日覚えてないって、いくらなんでも酷すぎじゃない? 割とガチでショックなんだけど……」
「和葉、さっきから言ってるけど俺も
「そんなこと言わないでよ。ゆう兄にしかこんな話できないからここに来てるのに……」
昨日誕生日を迎えた和葉は、シャーペンを動かし続ける俺にため息を吐く。
和葉が俺の部屋に来てから、かれこれもう一時間近くになる。その間、ずっとこの調子で話し続けている。ため息を吐きたいのはこっちの方だ。
「でもまあなんだ。琴葉はテスト前で忙しいっていうのもあるんじゃないか? おじさんとおばさんはただ単に忘れているだけかもしれないけどさ」
「まあ、姉ちゃんは仕方ないかなぁ、とも思うんだよ。でもさ、父さんも母さんも『自分の息子の誕生日を忘れるとは何事だよっ!』って思わない?」
このままでは寝るまでここに居座られるような気がして、俺は動かしていた右手を止めて和葉の方に目を向けた。
「いや、俺は琴葉が覚えてくれていればそれでいいよ。歳をとると誕生日だとかそういうのから興味が薄れていくってよく言うだろ? だから別に親が忘れててもそんなには気にしないかな。さすがに琴葉にも忘れられてたら傷ついちゃうけど」
「……なんつーか、親子よりも家族なんだね。姉ちゃんとゆう兄は」
「まあ、付き合いの長さじゃあ父さんと母さんとの方が長いけど、たぶん一緒にいる時間だったら琴葉の方が長いからね。でもそれを言ったら、お前たちも同じだろ?」
「ゆっ……ゆう兄たちほどじゃないよ」
和葉は俺から目を逸らして、先ほどまで話しっぱなしだったのが嘘だったかのように黙りこむ。
「でも、唯は和葉の誕生日を忘れてなかっただろ?」
俺は知っている。
昨日の夜、唯がこっそり家を抜け出して龍沢家に行っていたことを。
和葉が唯のことを想っているように、唯もまた和葉を想っていることを。
そして他の誰に祝われるよりも、自分の想い人たった一人に祝われる喜びの方がはるかに大きいということを。
和葉は俺の言葉を聞くと、頬をぽりぽりと掻いてゆっくりと頷いた。
「ならいいじゃん」
「ま、まぁ……」
さっきよりも深く大きく息を吐く和葉。
「じゃあ、今日はわざわざ何しに来たんだ?」
「……」
俺の質問に和葉は答えない。
「はぁ……。どうせ唯に昨日の礼を言いに来たはいいけど、直前になって恥ずかしくなったとかそんなんだろ?」
「ゆう兄、エスパー?」
「そんなことだと思ったよ」
あっけにとられた様子の和葉に、俺は続ける。
「お前たちはお互い、もう少し歩み寄ってもいいと思うけどな。案外、唯だってそう思ってるかもしれないぞ?」
「そうならいいんだけどね……」
「きっとそうだよ。ほら、そろそろ行った行った。いつまでもここにいられたら勉強に集中できないだろ。早く唯にお礼言って、ついでにデートの誘いでもして来いって」
俺はどこか遠くを見るような目をしていた和葉の背中を押して、無理やり部屋から追い出す。
「ちょっ、ちょっとゆう兄!」
「ほら、出てけ出てけ。おい、唯っ! 和葉がなんか用があるみたいだぞ!」
「ゆ、ゆう兄ってば!」
「――ちょっと、うるさいんだけど」
泳ぎっぱなしの和葉の目線が、隣の部屋から顔を出した唯の目を見て止まった。
「わ、悪い……」
「別にいいわよ。それより、私に用があるなら私の部屋に来ればいいでしょ。ほら、早く入りなさいよ」
「あぁ」
唯に言われるがまま、和葉は隣の部屋へと入っていく。
それからしばらくして、唯は用の済んだ和葉を送っていったようだった。
「……兄貴、起きてる?」
「起きてるよ」
忍び足で帰ってきた唯は、俺の返事を聞いて扉を開ける。
「どうした?」
「いや、和葉がこっちにきて迷惑かけたかもだからさ。ごめんね、兄貴」
「別にいいけどさ。お前らはもっと素直に仲良くやれよ」
いつもの唯だったらむっとして何か言い返してくるが、今日はなぜだかそうしない。
一瞬、何かを考えこむようにした後に少しだけ頬を緩め、そしてゆっくりと口を開いた。
「うん。もう大丈夫。これからは仲良くやるよ。おやすみ」
「あぁ、おやす――」
俺の言葉を最後まで聞かずに、唯は扉を閉めて部屋から出ていった。
「……もうちょっとだけ勉強するか」
俺は誰もいない部屋で一人呟いて、問題集に目を落とした。
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