第24話 学園祭では当然のようにトラブルが起こる。(5)

     ◇◇◇


「お疲れさま、ゆーくん」

「琴葉も、お疲れさま……っていうか、なんであの場面で急にそのキ……キスなんてしてきたんだよ!」

「いやだった?」

「そういうわけじゃないけど……そういえば、しれっと最後にもしてきたよな⁉」


 思い出して、顔が熱くなる。


 するとそんな俺を見て、琴葉が答えた。


「あはは。ゆーくん、顔赤くなってるよ。私さ、ずっと思ってたの。ジュリエットが本当は死んでいないんだってロミオが気づけてさえいれば、このお話はぜんぶが上手くいってハッピーエンドだったのにって。だから思い切って、アドリブで目覚めてみた」

「でもそれじゃあ別にキスする必要ないじゃん」


 俺の言葉を聞いた琴葉はむっとした表情を浮かべる。


「ヒロインが目覚めるには王子様のキスって相場が決まってるでしょ! それともなに? ゆーくんは私とキスするのがそんなにいやだったって言うの?」

「いや、だからそういうわけではないって……」 


 さすがの俺でも「むしろご褒美です!」だなんて言う気力は残っていない。もう一杯いっぱいだ。


 頬を一杯に膨らました琴葉は俺をじっと見つめると、聞き取れないくらいの小声でぼそっと呟く。


「……だもん」

「ん? なんて言った?」

「なんでもないよ!」


 でもその呟きは聞き取れなくて、彼女はごまかすように大声でそう言うと、俺の頬っぺたにちゅっと唇を触れさせて走って行ってしまった。


「お熱いなぁ、立花」

「ははは……」


 委員長にからかわれた俺は、内心満更でもなかった。



     ◇◇◇



 可愛い仲良しの幼馴染との仲を周囲に冷やかされて、ため息を吐いたりだとかやめてほしいと言ったりだとか、そんな描写がラブコメ漫画だとよく見かける。


 でも俺から言わせればそんなのは表向きにそうしているだけで、可愛い幼馴染ヒロインを持つ彼ら主人公たちは心の中で、にやにやとほくそ笑んでいるに違いない。


 だって幼馴染と二人して『今日もお熱いねぇ』だなんて言われてからかわれるシチュエーションとか、最高じゃん。むしろそこで心からため息を吐いているやつとかいたら、そんなやつ人間じゃない。


「いやぁ、アドリブで何とかしてくれとは言ったけど、まさかラストシーンをキスで締めるとはなぁ」

「かーっ! ほんと、目の前で見せつけてくれるねぇ」

「うるせーよ。確かにお前らが一番近くで見てたけども」


 劇が終わりその余熱がまだ残る中、俺たちは教室へ戻り駄弁っていた。 


 ラストシーンで俺と琴葉を一番近くで見ていた、木に扮した二人がハイテンションで絡んでくる。


 『うるせーよ』とか言ってはいるが、琴葉とのことをいじられると少し嬉しい。まあ、そんなことは表には出さないけれど。


「俺、始業式の日の自己紹介から立花って変人だと思ってたけど、やるときはやるんだな」

「そうだよね! 私もなんか立花って近づいちゃいけない部類の人だと思ってたけど、そんなことなかったのね」


 どこから話に入ってきたのか、劇中で俺に殺される役回りだったイケメンと、よく分からないモブキャラだった女子が俺のライフを削りに来た。


 分かってはいたけれど、クラスメイトからやばいやつ認定されてたって改めて突きつけられるとこう、深く心をえぐられるな。うん。


「おいおい、あんまりいじめないでやってくれよ。立花も疲れてるんだから」

「悪い悪い、調子に乗りすぎたよ」


 あきれ顔の委員長に、イケメンくんはへらへらと笑って見せる。


「でも本当に、二人ともよくやってくれたよ。代役だってことを忘れさせるくらいのクオリティだったし、なにより非常事態にもうまくアドリブで対応してくれて」

「本当だよ。心臓止まるかと思ったわ。そういえば委員長、何かあったらフォローしてくれるんじゃなかったのかよ?」


 突然真面目な顔をした委員長に俺は少しおどけて見せた。  


「なに言ってるんだ。突然のアドリブにもしっかり対応して、ラストに流れるはずだっためちゃくちゃ暗いBGMをハッピーエンドっぽい明るいものにすり替えたぞ?」


 そう言われてみると確かに、最後に流れていた音楽は今までのリハーサルや通し稽古でも聞いたことのない曲だった。


 よく考えてみると後半は立ち位置なんてほとんど無視していたのに、照明の当て方だとか暗転のタイミングだとか、やけにしっくりきていた気もする。あ、でもそれはさすがに音響の委員長とは関係ないか。


「ってことはもしかして、最後のナレーションも?」

「いや、あれは鮫島がとっさにマイクを取ってな。なにをするのかと思ったけど、結果的にはナイスアドリブだったな」

「そ、そうだったのか……」


 『どうだ! すごいだろ! 褒めろ!』みたいな視線を横から感じるが、それを俺は右から左へ受け流す。


「……ちょっと、祐斗」

「なんだよ」

「褒めてくれてもいいのよ?」


 まあ実際、助けられたことは事実だし、お礼くらいは言うべきだな。うん。 


「お、おう。ありがとな、助かったよ」

「それだけ?」


 しかし鮫島はそれだけでは物足りなかったようで、不満げに俺を覗き込んできた。


「コ、コホンッ。私からもお礼を言うよ。ありがとね、六花ちゃん」

「いいの。私が祐斗のためにしたくてしたことだから」

「そ、そうなんだ」


 睨んでいるわけではないんだろうが、こころなしか鮫島を見つめる琴葉の眼光が鋭くなったような気がする。


「琴葉、なんか目が怖いよ?」

「えっ? そっ、そんなことないよ。いつも通りだよ!」


 一瞬その瞳から光が引いたような気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。うん。気のせいだよね!



「そういえば結局、短剣は見つかったのか?」



 委員長がタイミングを見計らって、思い出したように言った。


「それが、どこにもなかったんだよ」

「教室を出るときには、立花の衣装に付いていたらしいんだけどな」 


 木たち――いや、もう劇は終わってしまったのだから木ではないのだけれど、まあ名前が分からないので勘弁してほしい。とにかくそんな二人がいつものように委員長に答える。


「そのうち出てくるんじゃないか。せっかく頑張って作ったものが本番で使えなかったってのはちょっと残念だけど、でもまあ無事なんとかなったし、もうどっちでもいいよ」

「立花がそう言うならいいんじゃないか。さっ、皆、そろそろ体育館へ戻ろう。今戻ればまだ他のクラスの発表に間に合うよ」


 委員長に促され、俺たちは衣装から制服に着替えて教室を出る。



 後日、行方不明になっていた短剣は舞台袖で見つかり、そこは琴葉が俺をくすぐり倒していた場所だったと判明することになるのだが、それはまた別のお話である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る