第25話 後夜祭は大抵、夜にはない。(1)
◇◇◇
「本当にごめん!」
「皆、悪かった!」
学園祭二日目。時計の針が、八時と十分を少し過ぎたころ。
教室では、二人の男女がひたすらに頭を下げ続けていた。瑛太と咲だ。
「二人とも、なんとかなったんだしもういいって」
「そうだよ。誰も二人が悪いだなんて思ってないよ」
「もういいから頭上げろって」
劇の本番で休んでしまい責任を感じている親友二人に、皆が口々にそんなことを言う。
「今度俺と琴葉になにか美味いものでもおごってくれりゃあそれでいいから、気にするなって」
「本番もなんとかなったし、二人とも気にすることないよ!」
「で、でも……」
俺と琴葉も皆に便乗して励ましたが、二人は口ごもって俯いたままだ。
「ほら、立花たちもこう言ってるし、もういいだろ。それよりまだ学園祭は終わってないぞ? いつまでも過ぎたことを引きずってないで、今を楽しまないとな」
「おっ、さすが委員長。いいこと言うぜ」
「むしろそんな暗い顔されてると、クラスの雰囲気が悪くなっちまうよ」
委員長の名言めいた言葉に、ハイテンションで乗っかるモブキャラ二人組。
「と、とにかく二人とも元気出せって」
「そうだよ! 二人には笑顔の方が似合うよ!」
「「皆……」」
クラスメイト総出の説得もあって、ようやく二人は顔を上げる。
「さっ、そろそろ体育館に移動する時間なんじゃないか?」
「そうだな。もう他のクラスも移動し始めてるみたいだし、俺らもそろそろ行こうぜ」
「あぁ、じゃあ皆、移動するぞ。廊下に番号順に並んでくれ。ほら、佐々木と高木も列に入って」
仕切り直すように切り出したモブキャラ二人衆に促されて、委員長はそう言って教室から出た。
あいつら、佐々木と高木って名前だったのか……木の役っぽい名前だな。
そんなことを思いながら、俺も番号順の列に加わった。
◇◇◇
高校の学園祭と言うと、朝からそれぞれのクラスが出し物をやっていて、それを自由に見て回るというようなものを俺も昔は想像していた。
しかし実際には二日ある学園祭のうちの一日目――つまり昨日は一時間半の昼休憩を除いて、ほとんど体育館に座りっぱなし。
ようやくやってきた自由に動き回れる時間が二日目の今日だった。
「いやぁ、お化け屋敷はあんまり怖くなかったね。雰囲気は悪くなかったけど」
「まあ、学園祭のレベルなんてそんなもんだよ」
一年生の出し物の一つだったお化け屋敷から出た俺たちは、どこに行くでもなく廊下を歩いていた。
「それもそっか。じゃあ次はどこにいこっか? 私はチョコバナナが食べたいかなぁ」
「よし、じゃあそうするか」
「やったー」
隣で無邪気にはしゃぐ琴葉に、自然と表情筋が緩んでしまう。
「じゃあ中庭にレッツゴー!」
「お、おう」
パンフレットで場所を確認した彼女は、いつになく上機嫌で歩きはじめる。
「うわ、結構混んでるね……」
「屋台は去年もすごかったからな。三年生は大変だ」
食べ物関連の屋台が並ぶ中庭まで来ると、それぞれにかなり長い列ができていた。
屋台は三年生がクラスごとに出しているので、俺たちも来年はこれをしなきゃいけないのかと考えて少し憂鬱になる。
「どうする? 何かほかに食べたいものとかあるんだったら、手分けして並ぶ?」
「えー、嫌だよ。こんな列に一人で並ぶなんて。一緒に並ぼうよ」
「それもそっか」
『なに言ってんの?』とばかりに嫌な顔をされてしまった。
琴葉ったら、そんなに俺と一緒にいたかっただなんて、嬉しいなぁ。
「あれ、二人もチョコバナナ食べに来たのか?」
「お、瑛太。お前たちも?」
「あぁ。部活の後輩が美味かったっていうからさ」
列の最後尾についていると、その後ろに瑛太と咲が並んでくる。
「(お前、仲直りできたのかよ)」
「(まあ、二人して皆に迷惑かけたし、いつまでも喧嘩してるのも馬鹿らしいかな、と思ってな)」
「だからここのチョコバナナをこいつのおごりにしてチャラにしようってわけよ」
「……そ、そういうことだ」
瑛太と小声で話していたら、咲が割って入ってきて手短に教えてくれた。
「そうだったのか」
「二人とも、やっとこれで仲直りだね。良かったよかった」
そう言って安心したようにほっと一息つく琴葉。
「色々と迷惑かけて悪かったな」
「私も、練習に付き合わせてごめんね」
そんな彼女を見て、二人は申し訳なさそうに謝ってきた。
「まあ、困ったときはお互い様だろ。それに二人の練習相手をしてなかったら、昨日の俺たちのクラスの劇は中止になってただろうしな」
「それだってそもそも俺らが休まなきゃ良かっただけのことだし、お詫びに今日は俺がおごるよ。本当、世話かけた」
「琴葉もごめんね。私たちが休んだせいで急に代役をやらせちゃったみたいで……」
フォローしようとしたら、さらに謝られてしまった。
「ううん、私たちも結構楽しかったし、全然大丈夫だよ。ね、ゆーくん!」
「あぁ。むしろいい経験になったくらいだよ」
琴葉がうまく返してくれて、なんとか二人がエンドレス謝罪モードに入るのは避けることができた。
そうこうしているうちに列は進み、俺たちは瑛太のおごりのチョコバナナを受け取り歩き出す。
「ん! これ美味しいね!」
「そうだね。やっぱりおごりで食うチョコバナナは格別だ」
「どうしてお金を払わずに食べる食べ物ってこんなにおいしく感じるのかしらねー」
「……」
俺と咲が軽口をたたくと、瑛太は黙りこんでしまった。
「ほら二人とも、捻くれたこと言わないの! 瑛太くん、ごちそうさま」
「ごめんごめん、冗談だよ。ありがとな、瑛太」
「あ、あぁ」
素直にお礼を言った俺たちに、瑛太は苦笑いをする。
「ゆーくん、次はどの屋台にする?」
「おっ、琴葉。瑛太におごってもらう気満々だな。そうだな、じゃあ――」
中庭を歩きながら屋台に目をやっていると、校内放送のスピーカーから聞き覚えのある木琴の音が流れてきた。何かの連絡か。
『――あ……あぁー、学園祭実行委員から連絡です。二年二組の立花祐斗くん、龍沢琴葉さん、至急生徒会室まできてください。繰り返します――』
「あれ? なんか二人、呼び出し食らってるわよ?」
「そうみたいだね」
なにも呼び出されるようなことをした覚えはないのだけれど、かといって無視するわけにもいかない。
「じゃあ俺らはちょっといってくるから。これで二人ともきっちり仲直りということで、仲良くするんだぞ」
「いってくるねー」
仕方ないので二人とは別れて、琴葉と職員室へ足を運ぶ。
「二年二組の立花と龍沢です」
「あぁ、どうぞ入ってくれ」
三度ノックした後、扉を少しだけ開けて俺が名乗ると、端正な顔つきで頭のよさそうな、恐らくは三年生であろうメガネをかけた男子生徒がそう促してきた。
「失礼します」
「急に呼び出してすまかったね。適当に腰かけて楽にしてくれていいよ」
「はい」
なんとも言えない風格がある彼に言われ、俺と琴葉はソファに座る。
「そうだ、コーヒーでも飲むかい?」
「は、はい……」
「砂糖とミルクは?」
「あっ、どちらにも両方ともお願いします」
男子生徒は何のために俺たちを呼び出したのかをなかなか切り出さず、棚から出したコーヒーカップにインスタントコーヒーを淹れ始めた。
「あ、あの――」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。僕は三年の川上。学園祭の実行委員長だよ」
「はぁ……」
川上先輩か。そういえば彼によく似た人が昨日も今日も、朝の体育館で前に出て話をしていたような気がする。
「おまたせ。はい、量は自分で調整してね」
「「ありがとうございます」」
先輩はコーヒーとシュガースティック、ミルクをセットにして机に置き、腰を下ろしてひとつ、大きく息を吐いてゆっくりと口を開いた。
「君たちも知っていると思うけど、わが校では後夜祭で様々な企画を用意しているんだ。そのうちの一つに桐高ベストカップルというものがあってね、例年事前に聞き取り調査をして選出されそうな生徒には前もって声をかけているんだ。で、その投票は今日の一時半が締め切りなっているんだけれど、昨日の劇の反響が大きかったのか今のところ、君たちが暫定一位になっている」
「はい?」
ちょっと彼がなにを言っているのか理解できず、俺は思わず訊き返す。
「つまり、もしもこのままベストカップルの投票で上位をキープした場合、後夜祭で舞台へ上がってもらいたいんだ。舞台へ上がるとは言っても、進行役がいくつか質問したりするくらいだから、そんなに気負う必要もない。お願いできるかな?」
「は、はぁ……」
「ゆーくん、私は全然いいよ。ミス桐高でも選出されたら前に出るって言われてるし」
「え?」
……琴葉、俺の知らないところで声をかけられていたのか。
そりゃあ、学校一どころか世界一可愛いもんな。なんというか嬉しいようで寂しいような、複雑な気持ちだ。
「別に準備とかするものはないんですよね?」
「あぁ。あえて言うなら衣装だろうが、君たちの場合は昨日の劇できていたものを着れば盛り上がるだろうし」
「そうですか。まあそういうことなら、もし選出されたら協力させてもらいますよ」
劇以外でロミオの仮装をするなんて結構恥ずかしいが、昨日は緊張して琴葉のジュリエット姿をよく目に焼き付けられなかった。ならばこの機会にしっかりと目に焼き付けて、ついでに写真にも納められたりなんかしたら最高じゃないか。
もしも選出されなかったならそれはそれでいいし。
「よかった。協力、感謝するよ。投票の最終結果は後夜祭の三十分前には出ると思うから、また伝えるようにする。まあ、今見た感じだと選出されないことはないと思うからそのつもりでいてくれ」
「わかりました。じゃあ、自分たちはこれで失礼します」
「あぁ、呼び出して悪かったね」
口をつけていなかったコーヒーを一気に飲み干して、生徒会室を出る。
「琴葉、後であの緊張が解けるやつ、またやってくれるか?」
「え? いいけど」
「じゃあ、あとで頼むよ」
そんなことを話して、俺たちは残りの自由時間を楽しむためにまた中庭へと戻った。
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