第23話 学園祭では当然のようにトラブルが起こる。(4)
◇◇◇
ロミオとジュリエットという話をきちんと知っている高校生は、いったいどのくらいいるだろう。
昔から敵対している二つの名家に生まれたロミオとジュリエットによる、悲運のラブストーリー。
それを知らずにハッピーエンドのお話だと思っていて読んでみたら、ロミオは人を殺しちゃってるし最後には二人とも死んじゃうしで、ものすごい衝撃を受けた人もそれなりにいるんじゃないだろうか。かく言う幼き日の俺もそうだった。
閑話休題。
「おい、だれか短剣がどこにあるか知らないか?」
「ないのか? あれがないと最後のシーンがどうにもならないぞ?」
「何か代用できるようなものはないの?」
「いや、まずはちゃんと探せって」
「別にラストシーンをジュリエットが自分で自分の首を絞めて死んだってことにすればいいんじゃないか」
「いや、それはさすがに無理があるだろ」
劇は佳境も佳境。ロミオとジュリエットで最も有名なワンシーンといっても過言ではない、ジュリエットが月を見上げて、ロミオのことを想っている――そんな最中。
舞台袖ではラストシーンで使う短剣が見つからないと大騒ぎになっていた。
話はこの後、ジュリエットが仮死状態になれるという薬を手に入れて、これを使って死んだふりをし、ロミオと駆け落ちしようと計画を立てる。しかしこの計画がロミオにはうまく伝わっておらず、仮死状態のジュリエットを見て死んでしまったと勘違いしたロミオは自らも毒を飲んで自殺する。目覚めたジュリエットはそれをひどく悲しみ、ロミオの短剣で後追い自殺をして終幕。
なんとも暗くて重いラブストーリーだ。
そしてそのラストシーンでジュリエットが後追い自殺をするのに使う短剣はなぜか今、俺の衣装にはついていない。
つまり、このままだとロミオとジュリエットは終われないのだ。
「分かったわ。私はこの仮死の毒を飲んで眠りにつきます。どうか次に目を覚ましたときにはロミオと一緒に……」
舞台上では琴葉――ジュリエットが大きな音を立てて倒れ、一度暗転する。
「ダメだ、やっぱり見つからない」
「教室も見に行ってきたけどなかったわ」
「こうなったらアドリブで何とかしてもらうしかないな……」
もう舞台に戻らなくてはいけないというのに、短剣は見つからずに時間だけが過ぎていく。
「立花、龍沢さんに短剣がなくなったことを伝えてくれ。ロミオが毒を飲んだ後の暗転も長めにとってなるべく時間を稼ぐようにするから、それまでにラストシーンをなんとかできないか考えるようにって。こっちはこっちで委員長に相談してみるから。――って、まずい。もう出番だ。行ってこい!」
「おっ、おい!」
誰だかよく分からないキャストの一人に押しだされたそのタイミングで、小さく絞られたスポットライトが俺に当てられた。
「ジュリエット!」
「……」
「目を覚ましてくれ、ジュリエット……!」
勢いよく舞台袖から舞台の中央へと上がった俺はその流れでジュリエットに駆け寄り、ひざまずいて琴葉の耳もとに顔を寄せる。
「(琴葉、ラストシーンで使う短剣がなくなったらしくて、アドリブでなんとかしてくれないかって伝言なんだけど……)」
「…………」
「(琴葉、聞こえてる?)」
「(あ、うん。ごめん、もう一回言ってくれる?)」
聞き直してきた彼女に、さらに顔を近づけたそのときだった。
「んっ……」
唇に弾力のある柔らかな感触を感じた。
柔らかくて、ほんのり甘くて、だけど少し酸っぱいような、小さい頃にしたのとは確かに違う、そんなキス。
「(んんっ……ちょっ、琴葉!?)」
「(えへへ……)」
まったく筋書きとは違う展開に、舞台袖にいる皆も観客もざわつきだす。
……唇、かさついてなかったかな。こんなことだったら普段からリップクリームを塗っておくんだった。
ていうか今俺、琴葉とキスしちゃったんだよな? やばい、急に恥ずかしくなってきた。
ふと現実に引き戻されて顔に熱が集まっていくのを感じるのと同時に、今が劇の最中だということも思い出す。
「……ジュ、ジュリエット、生きていたのか!?」
「ロミオ、計画を聞いていなかったの? 私は仮死の毒を飲んで、眠っていたのよ」
「そ、そうだったのか。良かった……本当に良かった……」
なんとか即興の台詞を絞り出すが、この先の展開がどうなってしまうのか自分でもまったく予想がつかない。
「(ちょっと、これじゃこの先どうすればいいんだよ)」
「(まあ、どうにでもなるでしょ)」
そんな気楽なことを言う琴葉。
次には言葉が詰まってしまうんじゃないかと、冷や汗ものだ。
「それじゃあロミオ。計画通り、駆け落ちをしましょうか」
「あ、あぁ。分かったよ。これからはずっと一緒だ、ジュリエット」
琴葉に話を合わせて、俺はジュリエットを強く抱きしめる。
「えぇ、絶対に離さないわ。ロミオ」
「……」
これ以上どう続ければいいのかも分からずに、俺たちは黙って見つめ合った。
舞台の照明が消えると幕がゆっくりと下り始め、閉まり切る直前。
琴葉がもう一度、キスをしてきた。
観客席からは指笛の音や冷やかすような声が飛んでくる。
『両家の家主たちは、自分たちの争いのせいで遠い地へ旅立ってしまった二人を憂い、次の彼らを生み出さぬようにと長きにわたる因縁に終止符を打ちました。誰も知らぬ土地へと人知れず旅立っていった二人は、それから静かに幸せに暮らしました』
「ちゃ、ちゃんと終われた……」
なぜだか鮫島がアドリブのナレーションで劇を締め、体育館は大きな拍手で包まれる。
俺はというと気が抜けて、そのままへたり込んでしまった。
「ゆーくん、まだカーテンコールが残ってるよ。ほら」
「あぁ、ありがとう」
琴葉に差し出された手を掴んで立ち上がると、一度下りきった幕が再び上がり始めた。
「せーのっ!」
「「「ありがとうございました!」」」
スタッフ全員で手をつないで横一列に並び、委員長の合図で頭を下げる。
『ありがとうござました。二年二組のロミオとジュリエットでした。続きまして――』
たくさんの拍手に包まれ興奮冷めやらぬ中、俺たちは退場した。
体育館から出て緊張から一気に解き放たれた俺は、しばらくの間なんとも言えない余韻に浸っていた。
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