第22話 学園祭では当然のようにトラブルが起こる。(3)

     ◇◇◇



「どうだ皆、この二人を代役にするってことでいいだろ?」



 通し稽古をなんとか乗り切ってしまった俺と琴葉を一瞥して、委員長が他のキャストに尋ねる。


「ま、まあなんとかなりそうだし、いいんじゃないか」

「そうだな。意外に悪くないし、劇の時間まで教室でみっちり叩き込めばなんとかなるだろ」


 こいつらなんでこんなに偉そうなんだよ。この二人、木の役じゃん。台詞一つもなくて立ってるだけじゃん。


「よし、決まりだな。俺らのクラスは三番目の発表だから、開祭式が終わったら戻ってきてそれまで特訓だ」

「いいねぇ」

「なんか青春って感じがするぜ!」


 主役代理に決まった俺たち二人を差しおいて、盛り上がりを見せる委員長と木たち。


「はぁ……台詞とびそうで怖ぇ」

「大丈夫だぞ立花。なんかあったら俺がアドリブでサポートするから」

「いや、委員長って音響担当じゃん!」

「裏方を舐めちゃいかんよ」


 ため息を吐く俺に、委員長は舌を鳴らして指を振って見せる。


「ゆーくん、私もサポートするから大丈夫だよ!」

「お、おう……」


 通し稽古での少しあたふたとした琴葉を思い出して、自分がちゃんとしないと、と改めて思った俺だった。



     ◇◇◇



「やれることは全部やった。後はそれを出し切るだけだ。皆、頑張るぞ!」



 一つ前のクラスが舞台で発表している最中、体育館の裏で委員長が気合を入れる。なんとも青臭くて、背中がくすぐったくなる。


 クラスの皆も威勢良く返事をしたり、台詞の確認をしたりと臨戦態勢だ。


「二人とも、流れの最終確認をするぞ。冒頭のナレーションが終わったら二人の出会いのシーン。そのあと暗転を挟んで両家それぞれのエピソードだ。それが終わったらロミオがジュリエットの従兄――ティボルトを殺してしまうシーンを挟み、いよいよクライマックスだ。立ち位置や言い回しは多少違ってもいいから、二人とも堂々と演じてくれ。頼んだぞ」

「……努力はするよ」

「うん。頑張る!」



『――でした。次は、二年二組の発表です。準備が出来るまでしばらくお待ちください』



 ちょうど流れのおさらいをしたところで前のクラスの劇の終了を知らせるアナウンスが聞こえてくる。


「よし、舞台袖に荷物を運び込むぞ。キャストは荷物は持たないでいいから、直前まで台詞の確認をするように。いくぞ!」

「おう!」

「おっしゃ!」


 委員長が声をかけて、木に扮した二人がそれに乗っかった。それに続いて他の皆も口々にに声を発して舞台袖へとなだれ込む。


「ほら、背景画付け替えるよ! こっちにあと三人来て!」

「背景画と大道具は左側の舞台袖にぜんぶ運ぶよ!」  


 慌ただしく人が行きかう中で、台本を読み直して劇が始まるのを待つ。なんとか冷静でいようと自分に言い聞かせてはいるが、口はぱさぱさで足も震えが止まらない。


 劇に主役で出るなんて、保育園以来だ。


 確かあのときは緊張のあまり台詞が頭から飛んでしまって、なんとか琴葉がフォローしてくれたんだった。俺にとって最初で最後の大舞台は散々だった記憶しかない。こんなことがなければ、二度と主役なんてやることはなかっただろう。


「ゆーくん、大丈夫? はい、お水飲んで」

「あ、ありがと。喉がからからだったんだ。助かるよ」


 緊張している俺を気遣ってか、琴葉が飲みかけのペットボトルを渡してきた。


「ねぇ、ゆーくん。私、緊張がほどける方法知ってるけどやってみる?」

「そんなのあるの?」

「うん。でも、この方法は一人じゃできないの。ゆーくん、目を瞑って」

「こ……こうか?」

「うん」


 何をされるのかと身構えてた俺の耳元でそう聞こえた瞬間。



「あひゃひゃひゃひゃっ! ちょっと……琴葉やめてって……あっはっはっは!」



 わき腹をめちゃくちゃくすぐられた。


「やめないよー。もうちょっとやった方がいいかなー」

「あははは、もう……もう大丈夫だから……」


 俺の言うことには耳も貸さず、ひたすらにくすぐり続ける琴葉。


「はいっ、おしまい」

「はぁ……はぁ……。ひどい目に遭った」

「でも、緊張はほぐれたでしょ?」

「ま、まあね。そうだ、琴葉にもやってあげるよ」



『――それでは、次は二年二組の発表です。題目は、ロミオとジュリエットです』



 俺が琴葉のわき腹に手を入れてやり返そうとしたら、アナウンスに遮られた。


「あっ、もう始まる! 行くよ、ゆーくん」

「あ、あぁ」


 仕返しをできなかったのは悔しいけれど、喉も潤い足の震えも収まった。ベストコンディションとまではいかないが、不思議となんとかなりそうな気もする。



「(まったく、やっぱり琴葉には敵わないな)」



 ナレーションが冒頭を読み始めたのを確認すると、俺は小さく呟いて所定の立ち位置へと向かった。




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