第16話 自称進学校の学園祭は、大抵夏前にある。(2)


     ◇◇◇


「あぁロミオ。あ、あなたはなんでロミオなの? 今すぐお父様と縁を切り、家名を捨てて。それが無理なら、せめて私に愛を誓って。そうすれば、私も今すぐキュピレットの名を捨てましょう」

「……んー、やっぱりいまいち感情がこもってないんだよなぁ」

「これでも恥ずかしいのをなんとか我慢してるんだけど」


 琴葉の風邪も治り、明けた週の金曜日。放課後の人のいなくなった教室で、俺は咲の劇の練習に付き合っていた。


 なぜ俺が親友の幼馴染の練習に付き合っているのか、理由を話せばそれなりに長くなる。


 それを語るには、一昨日の昼休みまでさかのぼる必要があるだろう。



     ※



「こいつ、部活が休めないからって私との劇の練習は断ったくせに、可愛い女の子とは遊びに行くのよ。ねえ、瑛太?」

「ち、違うわ! だから昨日は急遽部活が中止になって、不足してた部の道具を買いに行ったマネージャーの荷物持ちをしてただけだって言ってんだろ」

「ふーん……。ずいぶん楽しそうに並んで歩いてたけどねー」


 咲が話を切り出したのは、俺が咲と瑛太と三人で昼食を食べている最中のことだった。


 疑い深く追及する咲に、瑛太の表情はみるみる曇っていった。


「別に楽しそうにもしてねぇし、もししてたとしたってお前には関係ねぇだろ。一々突っかかってくんなよ面倒臭い」

「面倒臭い? 悪かったわね面倒臭い女で! だったら、あんたはその面倒臭くない女の子とよろしくやってればいいじゃない、この馬鹿っ!」

「言われなくてもそうしてやるよバーカ!」


 教室中に二人の罵声が響きわたるのを、俺は呆然と見ていた。


 その日の咲は朝から、前日の件でたいそうご機嫌斜めなようだった。


 琴葉はなぜだか月曜日からまともに口もきいてくれずに登下校も別々だし、三人で朝食をとっていたら今度は咲と瑛太が大喧嘩し始めるし。なんだかなぁ、だ。


 二人はお互いに言いたいことを言いたいだけ言って教室を出て行ってしまったので、俺は一人教室に残されてしまった。


 放課後になると瑛太には部活があったし、琴葉も俺を置いてそそくさと帰ってしまったので、自然な流れで咲の愚痴を聞くことになった。


 内容は、『もっと私のことを考えてくれたっていいじゃん、私はいつもいつも一緒に帰るために部活が終わるまで待っているっていうのに』とまあ、瑛太・ラヴなものだった。



「そういえば祐斗は琴葉と喧嘩でもしたの? この間から琴葉に訊いても何も教えてくれないのよ」



 一通り口を吐き出し終わった咲は、今度は俺と琴葉のことについて訊ねてくる。


「いやぁ、それが全く心当たりがないんだよ。咲から見て、なにか原因分かったりしないか?」

「うーん……祐斗があの子のことを一番に考えてるのは、だれから見ても一目瞭然だと思うけど」

「そうだよなぁ」


 窓から少し日の傾き始めている太陽を眺めて、ついため息が零れた。


 咲はそんな俺にため息を吸い込ませたりなんてせずに、そっと口を開く。


「そういえば、さ」

「ん?」


 なにか思いついたように声を上げた咲に、俺はなにかと首を傾げた。


「今まで二人って、喧嘩をしたこととかって――」

「――ないな」


 俺は食い気味に即答する。


 そうだ。その通り。俺たちが今までこんなふうになったことなんてなくて、だからこそ今、俺はなにをすればいいのかも分からない。


「だよねー。えっと、原因は分からないけどさ、これを機会にちょっと琴葉と距離を取ってみたら?」

「え? 嫌だよそんなの」

「まあまあ、話を聞いて。今まで祐斗はずっと琴葉、琴葉って感じだったじゃん? たまには一歩引いたところから自分たちを見つめてみれば、なにか仲直りのきっかけも見つかるかもしれないよ?」 

「……確かに」


 確かに、咲の言うことにも一理ある。


 俺は最近の琴葉の行動を思い返した。


 俺が話しかけてもそっぽをむいてしまうし、基本返事も一言だけ。プリントを渡すために後ろを振り向いても目も合わせてくれない。挙句の果てには昼休みに無言で教室を出ていく始末。それで今週になってから三日連続で、俺は瑛太と咲と三人でのランチだ。


 一時の我慢で琴葉が前のように接してくれるようになるのなら、俺はその我慢を甘んじて受け入れるべきではないだろうか。


 俺はしばらくそんなことを考えて、咲に訊き返した。


「そうかもしれないな。で、俺はどうすればいいんだ?」

「それなら簡単よ。自分からあんまり話しかけないようにして、下校の時も琴葉が一人で教室を出ていくのを寂しげに見つめたりしないようにするの。そうね、放課後はそのついでに私の劇の練習に付き合ってくれればいいわ。ちょうど私も練習相手がいなくなって困っていたところだったし」

「……分かった。なんとか頑張ってみるよ」


 琴葉と距離を取ろうとするだけなら別に咲の練習に付き合う必要なんてまったくもってなかったのだが、まあ二人が主役に決まったときに練習を手伝うと言ってしまった手前断るわけにもいかない。


 それに何よりここ数日の俺は暇を弄んでいたので、彼女の提案を引き受けることした。


 とにかく、よく分からない複雑な事情がいろいろと絡まったことで、俺は彼女の劇の練習相手となったのだった。



     ◇◇◇


 

「なぁ、これあんまり意味なくないか?」

「なに言ってるの。きっと今頃琴葉は祐斗に甘えたくてたまらなくなってるわよ」

「それならいいんだけどな……」


 まあ色々あって咲の練習相手なってから早三日目。あれから、琴葉の態度は一向に変わらなかった。


 まさに、「もうやめて! 俺のライフはもうゼロよ!」って感じだった。自分を庇ってあげられるのが自分しかいないのが悲しいところだ。


「あっ、私、用事があるからもう行くわ! じゃあ」

「お、おう」


 用事とは、瑛太のお迎えのことだ。大喧嘩をしたくせに、咲は変わらず瑛太と登下校をともにしている。とは言っても道中ずっと無言でむすっとしているらしいのだが、瑛太が部活を終えて校門を出ようとすると、いつものようにそこで咲が待っているとのことだった。


 まあこれは俺が瑛太から直接聞いたことで、俺がそれを知っていることを咲は知らないのだが、親友と親友の幼馴染に板挟みにされて二人の愚痴を聞かされるこっちはたまったもんじゃない。俺は俺で泣きたいくらいなのに。


「あら、偶然。途中まで一緒に帰ってもいいかしら?」

「よくないね」

「そう。なら勝手についていくだけだからいいけど」

「だったら訊くなよ!」


 下駄箱で孤独に打ちひしがれていた俺に話しかけてきたのは、鮫島だった。


 俺はため息を吐いて、早足で歩きだす。


「ねえ祐斗。あなた、龍沢さんと喧嘩でもしたの?」

「してないよ」

「でも、最近の龍沢さんって……」

「なんでもないよ。そういえば、俺、用事があるんだった。先に行くわ、じゃあ」


 詮索をしてきた鮫島を置いて、俺は走った。


 黙って俺を見送った彼女の瞳は、どこか遠くを見つめているような気がした。


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