第17話 自称進学校の学園祭は、大抵夏前にある。(3)


     ◇◇◇


 先週末からいよいよ学園祭二週間前となり、本格的に学祭準備が始まった。


 大会中以外のほとんどの部活動が活動時間を縮小し、放課後の一時間は学祭準備の時間として割り当てられる。クラスごとの進度にもよるが、基本的にはその時間が終わっても皆下校時刻ぎりぎりまで居残り、本番に向けて着々と準備を進めていくことになる。


 クラス発表に関してもそれぞれの担当が衣装や背景画、劇中で使用する道具の制作へと取り掛かる。


 小道具担当になっている俺と琴葉も本当なら今頃、二人で仲良く小道具を作製している予定だった。俺の中では。


 部活動が休止したことで時間ができた瑛太がそろそろ咲と仲直りをして劇の練習に本腰を入れ始めると思っていたが、どういうことだかお互いに「勝手に練習すればいいだろ」とか宣言しやがった。


 咲は小道具の俺を無理やり練習相手として付き合わせ、なんと瑛太は琴葉に頼んでセリフの読み合わせをし始めた。


 小道具の人員足りなくなっちゃうよ。


「琴葉のやつ、なんで俺とはまともに話してくれないのに、瑛太とは劇の練習なんてしてんだよ……」

「まあまあ、そう落ち込まずに」

「はぁ……」


 こほん、と一度咳払いをして、俺はスイッチを入れた。


「――あぁ、ジュリエットよ。なぜ私を残していってしまったんだい。私もすぐに君のもとへ行くよ。こうして、口付けをして死のう……」

「ロミオ。毒をすべて飲み干して、あとを追う私には一滴も残してくれなかったの? まだ毒が残っているかもしれない、あなたの唇にキスを。あぁ、暖かい。あなたのキスで、私を殺して……」


 最後まで一通り通しで合わせてみて、一つ息を吐く。


「なんだかここのセリフは恥ずかしいな」

「言うともっと恥ずかしくなるから言わないで。それより、前から思ってたけど祐斗って演技上手よね。練習相手に祐斗を選んだのは正解だったかもしれないわ」

「そんなことはないと思うけど。咲だって最初のころに比べたら見違えるくらい上手くなったよ。まだ本番まで十日もあるのに、もう完璧じゃん」

「でもまだあやふやのところもあるし、緊張してもセリフが飛ばないようにもっと読み込まないと」

「その意気なら大丈夫そうだな」

「ふふ、本番は大成功にして見せるわ!」


 空き教室で高らかに笑う咲を置いて、俺はクラスへ戻った。自分の仕事も最低限はやらないと怒られてしまうからね。


「あ、戻ってきたか。立花にはラストシーンで使う短剣を作ってもらうことになったから、来週の月曜日までに頼むよ。一応来週には道具も全部運びこんでの通し稽古があるから」

「あぁ、委員長。分かったよありがとう」


 委員長も小道具担当だったのか。てっきりキャストで出るのかと思っていた。


「よし、じゃあ各自、期限までに担当のものを間に合わせるようによろしく。後は残ってやっていっても、家でやってもらってもそれぞれ好きにしてもらっていいから。じゃあ今日は解散」


 委員長が小道具の皆に声をかけると、何人かが「疲れたー」と話しながら教室を出ていく。


「委員長、琴葉を知らないか?」

「ああ、龍沢さんなら、もう帰ったよ。ロミオの相手をした後に、道具作りは家でやるから帰ってもいいかって言って」

「そうか……。ありがとう」


 どおりで教室中見渡してもいないわけだ。はぁ……帰るか。


 もう最近では日常になってしまった一人での下校。一人寂しく下駄箱で履き替えて、ため息を吐きながら帰り道をとぼとぼ歩く。


「祐斗! 途中まで一緒に帰ってもいいわよね?」

「……」


 返事をせずに歩く俺を後ろからすごい勢いで追いかけてきた鮫島は、膝に手をついて肩を大きく上下に揺らした。


「ちょ、ちょっと! なんで無視するのよ」

「だってなに言ったってついてくるんだろ?」

「さすが祐斗、分かってるじゃない」


 はぁ……。


 もしかして、最近幸せが逃げて行っているのはため息の吐きすぎが原因なんだろうか。いや、幸せが逃げて行ってるからため息が出るのか。鶏が先か、卵が先か。


 こんなことを考えるだなんて、俺も相当キテるな。


「まだ、仲直りできてないの?」

「傷をえぐるなよ」


 相変わらずずかずかと踏み入った質問をしてくる奴だ。俺は軽く睨みつけながらそう返す。


「いいじゃない。私なんて、普段からなにを言ったって好きな人に聞き流されてばかりよ? 名前でも呼んでもらえないし」

「なんだよ、急に」

「別に? 祐斗、私がその……あなたのことを好きだって、気づいてるわよね?」


 あまりにも唐突にそんなことを言った鮫島に、俺は動揺して立ち止まった。


 頬がうっすら赤いのは、さっき走って追いかけてきたからか、あるいは――。


「……さすがにここまでぐいぐい来られたら誰でも気づくだろ」

「そう、よね」

「あぁ」


 なんだか気まずくなって、俺は黙ってまた歩き出す。


「あーあ。自分のことを好きな女の子にここまでそっけない態度を取っておいて、よくもまあそれくらいのことでいつまでも落ちこんでいられるわね」

「お前、それくらいって……」

「それくらいよ。仲のいい幼馴染と喧嘩しましたって、ただそれだけの話。私みたいな偽物幼馴染じゃそんな喧嘩もできないだろうけどね」 

 

 彼女はそう言うと、呆れた顔でため息を吐いた。


「なんだよ、嫉妬か?」

「そうよ嫉妬よ。何か悪い?」

「ここまで開き直られるとなんだか気持ちいいな」

「それはよかったわ」


 ふふん、と鮫島は苦笑いをする。


「慰めてあげたんだから、名前で呼んでくれてもいいわよ?」

「今まで俺は慰められてたのか。気づかなかったよ。鮫島、分かれ道だ」

「……頑なに私を名前で呼ぼうとしないわね。ここまで来るとむしろ気持ちいいわ」

「それはよかったよ」


 小さく笑って、自宅の玄関を開ける。


 俺はなんだかすごく久しぶりに笑った気がした。



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