第15話 自称進学校の学園祭は、大抵夏前にある。(1)
◇◇◇
アニメや漫画の影響か、学園祭というと俺の中ではなぜだか秋――九月か十月くらいにやっているようなイメージがある。
まあ、実際にはそんな学校のほとんどが工業高校や商業高校、もしくは進学校以外であるのだが、残念ながら俺が通っているこの県立
そんな風に自ら進学校であると謳ってしまっているがために、我らが桐川高校は受験を控えた秋になど学園祭を催すわけにもいかず、例年六月にそれを行っている。
「誰か、主役をやってもいいという人はいませんか? あと決まっていないのは、ロミオとジュリエットだけなんですが」
眼鏡に坊主、それでいて腹が出ているというなんとも言えないコミカルなビジュアルをした委員長の声が教室に響き渡った。
「ねえ、祐斗。私と一緒にやってみないかしら?」
「悪いな、俺はそういうキャラじゃないんだよ」
「……そう」
前の席からひらりと振り向いた鮫島六花は、俺の返答を聞いて残念そうに前へ向き直る。
こいつもクラスにすっかり馴染んできたんだから、いつまでも俺に関わってこなくてもいいものを。まあ、今日は琴葉が珍しく風邪で休んでいるっていうのが大きいのかもしれないが。
「誰もいないということなら、公平にくじ引きで決めることになりますが……」
ゴールデンウィーク明けの登校日。とはいっても今年は火、水、木と連休だったので、また今日が終われば二日間休みなのだが、とにかくそんな今日。
学園祭まで一か月を切ったということで、ホームルームではクラス発表の役割決めが行われていた。
「えー、誰もいないようなのでくじ引きにします。役割がまだ決まっていない人は男女別で教卓までくじを引きに来てください」
なかでも演劇の役者、特に主役の二人を決めるのが難航し、もうそろそろ掃除の時間という今になってもまだ決まらずにいた。部活動がある面々は役割決めを早く終わらせたいらしく、苛ついているのが肌で感じられる。だからといって誰かが手を上げるわけでもなく、結局は委員長が即席で作ったくじで決めることになった。
それにしても学園祭の出し物でロミオとジュリエットって。
今の若い世代であの話をきちんと知ってるやつなんてそんなに多くないぞ。俺もその若い世代の一人だけど。
そんなことを考えていると、すぐ横から「げっ」と声が聞こえてきた。それもよく聞く声が二つ。
「お前ら、もしかして……」
俺はすぐに察して、声の主にそう呟く。
「ははは」
「笑えないわよ……」
こうして学園祭の主役、ロミオとジュリエットは瑛太と咲に決まった。
「他の係を決めてるときに爆睡してたお前たちが悪い」
ちなみに俺は休んでいた琴葉と二人分、小道具の係に立候補しておいたので、くじを引く必要もなかった。
くじを引いたのはどの係にしようか決めかねていた男女合わせて十人ほど。まあその中で当たりを引いてしまう確率と考えれば、それなりに高いだろう。
「まあ頑張れよ。練習付き合うくらいだったら、俺も手伝うから」
ようやく最後の二役が決まり、余った生徒は適当な役割に割り振られる。
それが終わるのには数分かからずといったところで、ちょうど終わるころには終業のチャイムも鳴り、皆一斉に机を移動させて掃除の準備を始めた。
「祐斗、一緒に帰らない?」
「え? いや、いいよ。特に一緒に帰る理由もないし」
「お互い今日は掃除当番がなくて、家の方向が一緒。これだけじゃ理由にならないって言うの?」
「ならないだろ」
「途中まででいいから!」
琴葉がいないのをこれ見よがしに、今日はやたらと絡んでくる鮫島。
でも昔に比べると強く当たってこないというか、むしろ仲良くしようとしているのか、そんな風に感じないこともない。
「はぁ……本当に分かれ道までだからな」
「やった」
渋々途中まで一緒に帰ることにすると、鮫島は小さくガッツポーズを作った。俺に琴葉という理想の幼馴染がいなくて、その上保育園時代にこいつにいじめられたトラウマさえなければ、もしかしたらきゅんとしていたかもしれない。
見た目もクールビューティって感じで美少女だし。
「おい祐斗、幼馴染至上主義とやらはどうしたんだ? 浮気か?」
「なに言ってんだ。俺は琴葉一筋だ」
「あぁ、そうか。鮫島も幼馴染だったか」
「だからこんなのは本物の幼馴染じゃないって言ってんだろ!」
帰り際に瑛太に絡まれたので、かなり大きい声で言い返してしまった。
鮫島は俺の横で頬っぺたを膨らましている。
「なんだよ……」
「別になんでもないわ。ただ偽物呼ばわりされただけよ。ついでにこんなの呼ばわりもね」
「偽物とまでは言ってないだろ。悪かったよ」
「謝るのならもっと誠意をもって謝りなさいよ」
面倒臭いやつだ。俺は頭を掻いてから、仕方なく訊き返した。
「どうしろと?」
「そんなの私の手を取って、しっかりと繋いで仲良く帰ってくれればいいに決まってるじゃない」
「決まってないわ!」
大きめな胸を張って手を差し出した鮫島の要求はもちろん無視して帰路につく。
それにしても、最近の鮫島は様子がおかしい。俺を散々こき使っていた幼少期からは考えられないくらい親しげにしてくる。
「今日は、いつも一緒にいる本物の幼馴染は風邪だったの?」
「……あぁ。心配しなくても俺がちゃんとお見舞いに行ってきてやるから大丈夫だぞ」
俺はできるだけ彼女と顔を合わせずに、そっけなく返答した。
「心配なんてしてないわよ!」
「お前、昔とキャラ変わりすぎじゃないか?」
「知らないわよそんなの。ふんっ」
鮫島は長い黒髪を払って俺から顔を逸らす。その姿はあまりに様になっていて、漫画に出てくるヒロインさながらだった。宙に舞った美しい長髪に遅れて甘い香りがやってきたのも、漫画で読んだ通りだった。
「なぁ、もう俺の家に着くんだけど」
「それがどうかしたの?」
その後は特に会話もなく歩き続け、いつになっても分かれ道が来ないので俺は堪えきれなくなって口を開いた。
鮫島はだからなんだと心底不思議そうにして、首を傾げる。
「お前ん家どこだよ」
「私の家の場所がそんなに気になるの?」
「違うわ! 帰り道が同じ方向だから途中まで一緒に帰るって話だっただろ」
「あぁ。私の家、このまままっすぐ行けば通り沿いにあるのよ。だから、分かれ道は優斗の家の前よ」
「マジか……」
「マジよ」
なぜか得意顔の鮫島を見て、俺はため息を吐く。
「ん? 待てよ。それだったら四月から今まで、一回も登下校中に会わなかったのって変じゃないか?」
「あぁ、そんなこと――」
ちょうど俺の家の前に着き立ち止まった鮫島は、一度視線を空へと上げて言った。
「――だって祐斗と龍沢さん、いつも一緒にいるんだもの。二人の世界って感じで、近寄れないわよ。じゃあね、分かれ道だから私は行くわ」
「……なるほど。気をつけて」
俺に背を向けると、彼女は小走りで帰っていく。その小さな背中が見えなくなるのを確認してから、俺は龍沢家のインターホンを押した。
「あぁ、ゆう兄。入っていいよー」
「お邪魔するよ」
和葉に迎え入れられると、俺は二階にある琴葉の部屋へと直行する。
「琴葉、入るよ」
「んー」
俺は二回ノックをして部屋に入り、担任から預かったプリント類を机の上に出した。
「具合はどう?」
「普通」
「熱は?」
「微熱」
風邪で弱っているせいか、いつもと比べてどこかそっけない琴葉。
「あんまり調子よくないみたいだし、俺はもう行くよ。無理しないでゆっくり休みなよ」
「ん」
いや、いつもの琴葉なら、弱っているときはむしろ甘えてくるはずだ。
俺、何かしたかな……。
琴葉の部屋を出て、自分の胸に訊いてみる。結局、どんなに考えてもその答えが分かることはなかった。
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