第12話 真の幼馴染には、家族ぐるみの付き合いがある。(1)


     ◇◇◇



「皆、忘れ物はないかー?」



 登校日を挟んでのゴールデンウィーク後半。俺たち――立花家と龍沢家は合同で、一泊二日の温泉旅行へ出発しようとしていた。


「大丈夫だよ、お父さん」

「むこうの車に積み込む前に散々確認しただろ」


 発進前に確認をした龍沢のおじさんに、琴葉と和葉がそう言って答える。


 今和葉が言ったむこうの車には、俺の両親と龍沢のおばさん、そして全員分の荷物が乗っている。


 二家族で出かけるとなると、八人とそれなりの大人数になるので、俺の家と琴葉の家で一台ずつファミリーカーを出し合って、乗り合わせで行くことになったのだ。



「よし、じゃあ出発するか」



 おじさんは少し大きめの声で言うと、車をゆっくり発進させる。


「お父さん、くれぐれも安全運転でね」

「おう、任せときな!」


 威勢のいいそんな声とともに、俺たち子ども四人とおっさん一人が乗った車は旅行へと出発した。



     ◇◇◇



「あらあら、いらっしゃい。こちらへどうぞ」



 女将さん――俺にとってのばあちゃんが、旅館に着くなり出迎えて部屋へと案内してくれる。


 この旅館は大正時代創業の老舗で、屋根はびっしりと瓦で覆われた木造建築。一言で言い表すとするなら「日本らしい」という言葉が妥当だろう。


「久しぶり、お母さん」

「お久しぶりです、お義母さん。二日間、お世話になります」


 着物をしっかりと着こなして、ただならぬ風格を感じさせるばあちゃんに、母さんも父さんも頭を下げる。それにならって龍沢のおじさんとおばさん、それに俺たちも会釈をした。


 母さんは、代々引き継がれてきた伝統ある旅館の末っ子として生まれた。母さんが幼いころから過ごしてきたこの旅館は、ジブリで見たことがあるような古風な旅館でありながらも、隅々まで手入れが行き届いていて非常に清潔感がある。部屋からも見える庭園には松の木や小さな枯山水もあり、実に心地よい空間が作り出されていた。



「とりあえず、広めの部屋を二部屋とってあるけれど、もし足りないようなら言ってちょうだい。空いてる部屋があればその部屋をあてるから」

「分かった。ありがとね」



 毎年、ゴールデンウィークにはこうして母さんの里帰りの意味もあって家族で温泉旅行にきている。琴葉たちも誘うようになったのは、確か中学校に入る前のことだったと思う。



「よし。じゃあとりあえず、ひとっ風呂浴びに行くか」



 とりあえず家族ごとに振り分けられた部屋に荷物を置いて腰をおろしたところで、父さんがそう言って立ち上がった。


「俺はちょっと部屋でゆっくりしてるよ。まだ昼飯もこなれてないし」

「じゃあ私もそうするー」

「そう? なら私たちは温泉に行ってくるから、ゆっくりしててね」


 ここへ来ると、父さんも母さんも一目散に温泉へと行きたがる。俺にはまったく理解できないが、人間ってもんは歳を取ると風呂好きになるんだろうか。


 ともかく、まだ十分に若い俺と唯は、旅館まで来る途中に食べた昼食の食休みをするべく、和室の畳に置かれた座布団の上に頭をのせて横になる。


「やっぱり畳は落ち着くなぁ」

「本当にねぇ」


 部屋にも子供だけとなり唯と二人して寝転がっていると、父さんたちが忘れものでもしたのか静かにふすまが開いた。


「ゆーくん。お父さんたち温泉に行っちゃったからさ、トランプしようよ」

「……なんだよ唯、その目は」


 入ってきたのは父さんたちではなく、琴葉と和葉。


 和葉はなぜだか唯に睨まれていた。


「一応同い年の女子がいる部屋なんだから、ノックくらいしたらどうなの? そんなんだからモテないのよ」

「お前相手に気を遣う必要なんてないだろ」


 部屋に来て早々いがみ合う二人を、琴葉がどこか申し訳なさそうに眺めている。


「まあまあ、二人ともそんなに喧嘩するなって。唯ももっと和葉に優しくなれよ。そんなんだと愛想尽かされちゃうぞ」

「そうだそうだー」

「あんたは黙りなさいよ!」

「……」


 俺に同調した和葉は、唯に叱られてしゅんとしてしまった。もしもこの二人が結婚したりしたら、和葉は間違いなく唯の尻に敷かれる夫になることだろう。



「さっ、トランプするよ! 大富豪でいい?」



 パンッ、と一度手を叩いて、琴葉が提案する。


「あぁ、任せるよ」

「よし、じゃあじゃんけんで順番決めるよ。ほら、二人もいがみ合ってないでもっとこっちに来て!」


 結局、両家の両親が戻ってくるまで続いた大富豪は、唯が大富豪三回、和葉が大貧民三回という結果で幕を閉じた。やはり和葉は唯に敵わないようだった。



 ……あ、ちなみに俺は三回とも貧民でした。はい。



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