第6話 幼馴染が一人とは限らない。(2)
◇◇◇
幼馴染の定義とはいったい何だろう。
小学校からずっと同じ学校だったらそうなるのか?
否、都会ならともかく、田舎だったらそんなやつはいくらでもいる。
では、小さいころからの知り合いだったら幼馴染と言えるのか?
いや、それも違う気がする。
少なくとも俺は、そんなんじゃ幼馴染だとは認めない。
「でもさぁ、お前のその幼馴染なんとか主義だったら、鮫島さんも十分ヒロインになり得るんじゃないのか?」
鮫島が転校してきた翌週。瑛太に俺と彼女の昔話をしたところ、そんなことを言われた。
「いやいや、保育園時代の記憶からして苦手意識しかないし」
「そうなのか? でも結構可愛いし、胸もあるぞ?」
「…………」
むむ、確かに胸はある。
「か、関係ないだろそんなこと。そもそも、保育園が同じっていうだけで幼馴染だなんて図々しいにもほどがあるだろ。俺はそんなの認めないぞ。だいたい幼馴染って言うのはだな、小さいころから顔見知りって言うのは前提条件だけど、それ以上に一緒にいる時間がだな――」
「悪かった、悪かったよ。俺が間違ってた。おっと、宿題仕上げちまわないとな。おい咲、宿題見せてくれ!」
どうやら瑛太は考えを改めてくれたらしく、それだけ言って咲の方へ行ってしまった。
一方、鮫島はというと、あれから変わらずに絡んでくる。
「ねぇ、祐斗。今日、放課後にカラオケでもどうかしら。もちろん二人きりで」
「悪いな、鮫島。放課後は琴葉と約束があるんだ」
「なによもう……っていうか、なんで私だけ苗字呼びなのよ。昔みたいに名前で呼んでちょうだいよ」
「そうしたら、もう絡んでこないのか?」
「ッッッ⁉」
さすがに酷い物言いかと自分でも思ったが、俺にだって思うところはある。俺にならともかく、琴葉にも強く当たってくるなんてことがあったら、さすがに頭にくるものだ。
「そんなわけないでしょ!」
しかし彼女は顔を真っ赤にして、そんな捨て台詞を吐くと教室を出ていった。
「ゆーくん、モテモテだね」
にこにことした琴葉が表情とは正反対の冷たい声でそう言う。
「そんなんじゃないって。ほら、そろそろ行かないと移動教室に間に合わなくなるよ」
「えっ、もうそんな時間? 急がなきゃ」
もしかして琴葉のやつ、焼きもちを焼いていたのか?
ふとそんなことを考えて、頬の筋肉が緩んだ。
◇◇◇
「ねぇ、ゆーくん、長袖の体育着持ってる?」
週末にゴールデンウィークを控えた四月の最終週。お日様が一足先に休みたくなったのか、今日は朝からどんよりとしていた。
「ん? なんで?」
「いや、急にすごい雨降ってきちゃってさ。女子は下着まで濡れちゃって制服だと透けちゃうから、午後の授業は長袖の体育着に着替えて受けるようにって」
「あぁ、なるほど」
俺は琴葉の胸元に視線を落として、首にかけたスポーツタオルでは全く隠せていない惨状にこれではまずいと納得する。
四限の時間は男女に分かれての体育で、男子はバスケットボール、女子はソフトボールをやっていた。予報では午後から雨が降るといっていたのだがそれが少し早まって、校庭で授業中だった女子たちは皆こんな有様になってしまったようだった。
「さっきまで着てたけど、すぐに脱いだから汗もかいてないと思うよ。それとほら、これも使っていいよ。風邪ひく前に早く着替えてきな」
「うん。ありがと!」
俺はリュックにしまってあった体育着とたまたま持っていた大きめのタオルを琴葉に渡す。
「祐斗、やっぱお前んとこも来てたか」
「瑛太は咲に貸したのか」
「男臭いだのなんだの散々文句を言って持ってきやがったよ。だったら他の奴に借りろっての」
琴葉を見送って半袖短パンの体育着から制服へ着替えていると、同じように体育着を貸し出した瑛太がため息を吐きながら歩み寄ってきた。
「お前、咲が本当に他の男に借りに行ってもいいのか?」
「べ、別に俺の知ったこっちゃねぇからな!」
「相変わらずだな」
「……なんだよ。だいたいな、お前と琴葉ちゃんが仲良すぎるんだよ! なんだよ、あのお前に体育着を借りたときの琴葉ちゃんの嬉しそうな笑顔は。俺の幼馴染にも少しは見習ってほしいもんだぜ」
とほほ、と顔に書いてある瑛太は、そう言うともう一度息を深く吐いた。
「ちょっと、瑛太。ため息なんて吐いたら幸せが逃げるでしょ。早く吸い直しなさいよ」
「げ、咲!」
彼女はいつから話を聞いていたのか、突然横から話に入ってくる。
「ほら、いいから早く吸い込みなさい!」
咲は瑛太の顔付近の空気を手でまとめるようなジェスチャーをすると、「吸え」とだけ言って瑛太にため息をすべて吸い込ませた。
「それで幸せは逃げずに済むのか?」
「そうね。少しは逃げちゃったかもしれないけど、まあ誤差の範囲じゃない?」
俺の問いに小さな胸を張って答えた咲を見て、瑛太はまた息を吐く。
「こら、瑛太。吸いなさいって!」
「勘弁してくれよ……」
また先ほどと同じことを繰り返す二人を見ながら、やっぱりなんだかんだでお似合いだな、と俺は笑った。
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