第7話 幼馴染が一人とは限らない。(3)


      ◇◇◇



「え、ちょっと二人とも何してるの!?」



 ちょうど着替え終わって戻ってきた琴葉が、手で瑛太の口に無理やり空気を押し込む咲を見ておどおどしている。


 確かにはたから見たら……いや、ここから見ててもやばいやつらだ。


「お、琴葉おかえり。二人とも、いつまでもじゃれてると昼飯食う時間なくなるぞ」

「そ、そうだな。飯にしよう、飯に」 

「もう、仕方ないわね」


 肩を上下させながらようやく二人が戯れるのを止めたので、俺たちは四人分の席をくっつけて各々の弁当を開いた。

 

「あれ? お前たち、今日同じ弁当じゃね?」

「ほんとだ。おかずも盛り付け方も、まったく同じじゃない」


 俺と琴葉の弁当を見比べて、二人がそう口に出す。


「あぁ。今朝は俺んちの母さんが早番だったから、琴葉の家にお願いしたんだ」

「実は、今日は早起きして私が作ったんだよねー」

「そうだったのか? ありがとう。今度お礼するよ」

「ううん、いいの。私がしたくてしたことだから」


 どおりでおかずが俺の好きなものばかりだと思った。


 それにしても、このおかず一つひとつを琴葉が作ってくれたんだと考えると、なんだか食べるのももったいなく感じてしまう。


「ちくしょう、相変わらずお熱いなぁ、お前らは」

「おい咲。瑛太も咲の手作り弁当をご所望らしいぞ」

「なっ、そんなこと言ってねぇだろ!」


 冷やかすようなことを言ってきた瑛太をからかってやると、思っていた以上のリアクションが返ってきた。琴葉も俺に乗っかって続ける。


「咲ちゃんも作ってあげたら?」

「琴葉までなに馬鹿なこと言い出すのよ。でもまあ、そうね……駅前に最近できたスイーツ屋さん。あそこの特大パフェを奢ってくれるって言うんなら考えてあげてもいいかしら」


 そんなことを言ってちらちらと瑛太に視線をやる咲。



「あぁ? なんで俺がお前に奢ってやらなきゃいけねぇんだよ。まあ、とはいえ俺もちょっとは気になってたからな。お前がどうしてもって言うんなら一緒についてってやってもいいけど。もちろん割り勘で」



 こいつら、なんてツンデレラなんだ。


 本人たちにはそんな気はないのかもしれないが、痴話げんかを見させられているこっちは思いっきり和まされてしまう。


 ふと琴葉に視線をやると彼女も同じように思っていたらしく、おっとりとした顔で二人を見つめていた。


「まったくケチ臭い男ねぇ」

「お前こそ、図々しい女だな」

「まあまあ、二人ともそれくらいにして」


 ヒートアップしてきた二人をなだめる琴葉。そんな彼女に、瑛太が思い出したように口を開く。


「まったく、仕方ねぇな。そういえば琴葉ちゃん、今朝のラブレターの件はどうするんだ?」

「え? あぁ、うん。雨も降ってるし、これじゃあ中庭には行けないんだよね。もし行くならいつも通りゆーくんについてきてもらうつもりだったけど……」


 『今朝のラブレターの件』とは、今日の登校時に琴葉の下駄箱に入っていたラブレターについての話だ。


 多少ひいき目と幼馴染補正が入っているかもしれないが、琴葉は透き通った白い肌に天使のように可愛い顔立ちで、その上中身も漫画の幼馴染ヒロイン張りにいい。


 まあ要するに完璧超絶美少女である琴葉は、男子からかなりモテるのだ。高校に入学したばかりのころは毎週のように告白されていたが、しばらくすると落ち着いてきて、最近では月に一度くらいのペースで下駄箱に愛を綴った手紙が入っているのが日常である。


 その度に俺は念のためについてきてくれと頼まれ、琴葉に告白する愚かな男子どもが玉砕するさまを彼女の隣で見届けている。まあ、たとえ琴葉に頼まれなかったとしても自主的についていくつもりの俺なのだが。



 閑話休題。



 今回のラブレターの内容は、『伝えたいことがあるので放課後、中庭に来てください』というシンプルなものだった。


 しかし、先ほどから降り始めた土砂降りの雨は止みそうにないし、わざわざ屋外に呼び出しておいて雨の中で告白というのもなんとも滑稽なものである。


 そもそも傘もないのにこの雨の中、中庭になんて呼び出されたら、琴葉がびしょ濡れになってしまう。


 そういう理由で、このまま雨が放課後まで降り続いた場合にはどうすればのだろう、と琴葉は悩んでいるところなのだ。


「うーん……でも約束をほっぽり出すってのも気が引けるわよね」

「そうだよな」


 教室の窓から厚くて黒い雲を眺めて、どうしようかと思案しているときだった。



「あの、龍沢さん。お客さんが来てるみたいだよ」 



 眼鏡をかけた細身の男子が、遠慮がちにそう言って俺らの輪に入ってきた。


「お客さん? 誰だろ」

「違うクラスの男子みたいだったよ。名前までは分からないけど……」

「そっか。ありがと、松本くん」

「え、あ、うん」


 どうやら彼は松本くんというらしい。


 普段から話したりするわけでもないクラスメイトの名前までしっかりと覚えている、そんなところも俺的にポイント高い。さすが琴葉。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ねぇ、それってラブレターの男子じゃないの?」

「え?」


 咲が「もしかしてだけど」と付け足すが、琴葉は「そういえばそうかも」と不安そうに俺を見つめてくる。


 なにそれ可愛い。


「分かったよ。じゃあ、俺もついていくよ」

「えへへ。ありがと、ゆーくん」


 俺は微笑む琴葉に癒されながら、彼女の後ろをついて教室をでた。


「龍沢さん。話があるんだけど、ここでは何だし、空き教室まで来てもらってもいいかな?」

「あ、うん」


 琴葉は教室のすぐ前で待っていた男子生徒に返事をすると、俺に一瞥して彼の後ろを歩きだす。



「――あの、なんで君がついてきてるのかな?」



 空きの教室に着くやいなや、中性的な顔立ちをした茶髪のイケメン男子は俺を睨みつけるようにしてそう言い放った。


「いや、琴葉に一緒にきてくれるようにと頼まれたからだけど」

「私が頼んだの」

「…………」


 俺たちの返答を聞いて、彼は黙りこむ。


「何か問題があった?」

「いや、ないこともないくらいにはね。ところで、その今着ている体育着は誰のものなのかな?」


 琴葉の胸元についている名札に気がついたのか、目をぴくぴくと引きつらせながらそう訊き返すイケメンくん。



「あぁ、これはグラウンドで体育の授業中に雨に降られちゃったから、ゆーくんに借りたの。それがどうかしたの?」



 その返答を聞いて、イケメンくんの眉が小さく動いたのを俺は確かに見た。


「えっと、あんたら付き合ってんの? 聞いた話だと、龍沢さんに彼氏はいないっていうことだったんだけど」

「付き合ってはないよ。大の仲良しだけど」


 琴葉の言葉を聞いて、俺は満足げに鼻を鳴らしてみせる。


 どや。


「あー、なんかもういいわ。萎えた」

「え? もう用はいいの?」

「いいって言ってんだろ! もう帰れよ」    


 大声を出して凄んできた彼に、琴葉は見せつけるようにして俺の手を取った。  


「あ、そう。じゃあいこ、ゆーくん」

「あぁ」


 こころなしかいつもよりしっかりと俺の手を握って、離さない琴葉。 


 教室に戻るまでたくさんの視線を感じながら、俺はできるだけ堂々と彼女の隣を歩いた。



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