第2話 幼馴染は、決して別のクラスにならない。(2)


     ◇◇◇


「(ねぇ、あの人だよね? 二組のホームルームで急に他人の自己紹介をし始めたっていうの……)」

「(え、なにそれ怖いんですけど)」


 あー……お嬢さん方、聞こえてますよー。


「(えっ、なんかこっち見てるんだけど……)」

「(怖っ!)」


 なぜだか廊下で俺と目を合わせた途端に走り去っていった女子生徒を呆然と見送っていると、後ろから肩を軽く叩かれた。


「お前さ、馬鹿なの?」

「どうしたんだよ唐突に。お前ほどじゃないだろ」


 急に罵られてそう返した俺に、瑛太はため息を吐く。


「ぜんぜん唐突にじゃねえわ! お前、自分の自己紹介はほとんどしなかったくせに、寝ていた琴葉ちゃんの紹介はあんなに熱弁して、新学期早々あんなことしたらドン引きされるに決まってんだろ! 先生は自己紹介をしろとは言ったけど、他人紹介をしろとは言ってねぇよ」

「……確かに俺は、眠ってた琴葉の代わりにあいつの紹介をクラスの皆の前でしてやったけど、特に悪いことをしたわけでもあるまいし別に問題ないだろ。あと、自分の自己紹介って意味かぶってないか?」

「そんなことはどっちでもいいんだよ。問題あるだろうが。さっきからがっつり女子に避けられてるだろうが!」


 あぁ、それでだったのか。そういえば、俺が琴葉の紹介を懇切丁寧にしているときも、なんだかクラスの皆がこそこそと話していたような気がする。


 紹介とはいっても、簡単な家族構成と誕生日、血液型に好きな食べ物を紹介しただけなのに。


「まあ、それならそれでいいだろ。別に自分が関わりたいと思っていない奴らにどう思われようと、関係ないしね」

「お前がそう言うならいいけどな、そういうことやってるとお前だけじゃなくて琴葉ちゃんにも友達ができなくなるぞ?」


 普段は強気でオラオラしてるくせに、こういうときは細かいところまで気がまわる。こっちからしたら大きなお世話甚だしいが、しかし良い奴であるがゆえに憎めない。


 だが。



「何か問題あるか?」



 俺や琴葉は元来、あまり周りの人と関わることが得意じゃない。それもただ得意でないのではなく、好きでもない上で得意じゃないのだ。


 瑛太や咲のように、誰とでも分け隔てなく仲良くなんてそんなことは俺たちにはできないし、してみたいとも思わない。


 自分たちが好きな人とだけ話せればいいのだ。それ以外は最小限でいい。


「お前、問題ってそりゃ……」

「お前や咲は、そんなことで俺たちを避けたりはしないだろ?」

「まぁ、俺らはな」

「ならいいだろ。ほら、早く体育館へ行こう」


 瑛太を言いくるめて体育館へ向かう。


「(それに、琴葉に余計な虫がつく心配もしなくていいしな)」

「ん? 今、なにか言ったか?」

「なんでもないよ」

「そうか」


 始業式。


 体育館で行われるそれは、神々しい光を頭から放つ校長の話を長々と聞かされる、そんな儀式。 


 いつまでたっても終わらない話の間中、俺は隣に座っている幼馴染の寝顔をずっと見つめていた。



     ◇◇◇



「はぁー、やっと終わったー」

「まぁ、授業がないだけまだましだよ」

「でも、明日からは午後まで授業があるんだよね……。よし、今日はゆーくんの家で遊び倒そうかな。昨日課題をまとめてやったせいで、ストレスがたっぷり溜まってるからね!」

「じゃあ、昼飯も家で食うだろ? いったん着替えたら、和葉かずはも連れて来いよ」


 始業式後の短いホームルームも終わり、配られたプリント類をクリアファイルに挟み込みながら琴葉とそんな会話をする。


「分かった。そうと決まったら早く帰らなくちゃ。あっ、咲ちゃん、瑛太くん、一緒に帰ろ」

「うん! この馬鹿連れてすぐ行くから先に下駄箱まで行ってて」

「はーい」


 男友達と談笑してる瑛太の荷物をせっせと片付ける咲を横目に、俺と琴葉はゆっくりと下駄箱へ向かった。


「ごめん、こいつが全然帰る支度してなくてさ……」

「うっせぇな、別にお前がしなくても自分でしたわ」


 外履きに履き替えて生徒玄関を出たところで、後ろから仲良し二人組がいつもの調子で追いかけてきた。


「まあそう言うなよ、瑛太。もし俺に琴葉みたいな可愛い幼馴染がいなかったら、きっとそんな世話好きな幼馴染がいるお前を心底羨ましがっていたぞ」

「どさくさに紛れて惚気んなよ気持ち悪い」

「ほんと、本人の目の前でよくそんなことを恥ずかしげもなく言えるわね」


 さっきまで口喧嘩をしていた二人が息を揃える。


「おい瑛太。咲も可愛いって言ってほしいみたいだぞ?」

「なっ!?」

「ゆーくん、二人をあんましからかっちゃだめだよ、もう」

「ごめんごめん」


 標的を咲へと絞った俺の反撃だったが、しかしそれも頬っぺたを可愛らしく膨らませた琴葉の言葉で遮られた。


「前から思ってたけど、琴葉は祐斗に可愛いとか言われて恥ずかしくないの?」

「えー? まあ、最初のうちは恥ずかしかったけど、付き合いも長いしもう慣れたよ」

「そういうもんなの?」

「そういうもんだよ。それに、ゆーくんに可愛いって言われたらむしろ嬉しいし、ぜんぜん嫌じゃないよ」


 琴葉は理想の幼馴染を体現したかのような切り返しで咲を黙らすと、俺の左腕にぎゅっと抱きつく。


 俺はそんな琴葉の頭を軽く撫でた。


「……俺らには理解できねぇよ」

「そ、そうね。じゃあ、また明日」


 最後にはやっぱり意見をそろえて、俺たちと分かれ道で別れる二人。 


「そんなにおかしいことかな?」

「いや、琴葉は全然おかしくなんかないぞ」

「だよねー。なんてったって私たち、超仲良しだし」

「その通りだな」


 ははっ、と二人して笑い、またしばらく歩く。


「じゃあ、着替えたら和葉連れてすぐ行くから」

「りょーかい。お昼作るのにちょっと掛かるから、ゆっくりでいいよ」

「はーい」


 そんな会話をして、俺は琴葉の家よりも一つ手前にある我が家へと入った。


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