第1話 幼馴染は、決して別のクラスにならない。(1)
◇◇◇
小さいころ、プラスのイメージをもった言葉を言い聞かせながら作られた氷の結晶は、マイナスのイメージをもった言葉を聞かせられながら作られたそれよりも美しくなる、というような話を先生から聞いたことがある。
そして、そんな性質を持った水が人体の約六割をも占めているのだと。
何の科学的根拠もなく、今にして考えれば本当なのかと疑ってしまうような話だったが、当時の無垢で真っ白だった俺には何かこう、心に響くものがあった。
それからしばらくの間、俺は幼馴染である
その甲斐があってか琴葉はすくすくとさらに可愛く育ったのだが、彼女はもとからくりくりとした瞳に綺麗な鼻、そして控えめな唇という整った顔立ちで天使かと思うくらいに可愛かったので、やはりあまり効果はなかったのかもしれない。
「あっ、名前あった。やっぱり同じクラスだよ! 今年もよろしくね、ゆーくん」
「おっ、ほんとだ。今年は二組か。こちらこそよろしくな、琴葉」
今日は高校二年生になって初めての登校日。クラスが変わり、気持ちも一新して迎える新年度初日だ。
琴葉とはこれで小学校から十一年連続で同じクラスということになる。もう運命的なものを感じるくらいにまったく別のクラスになる気配がない。
慣れ親しんだ仲の人間がクラスに一人いるというだけで心強いものだ。なによりシンプルに琴葉と同じクラスだということが嬉しい。
「おう。まったく新学期早々お熱いな、お前らは」
「こら、いちいち茶化すなっての」
生徒玄関に張り出されたクラス分けの掲示を見ていると、後ろから聞き慣れた声が二つ飛んできた。慣れ親しんだ仲のクラスメイトは、琴葉一人ではなかったようだ。
「
「二人とも、今年もよろしく」
俺と琴葉はその声の主、
「あぁ、よろしく」
「こちらこそよろしくね」
瑛太の怠そうなあいさつに続いて、咲はそれとは対照的に笑顔で言った。
「それにしても、お前ら本当にクラス分かれないよな」
「そうね。もしかして、学校に知り合いがいたりとかするの?」
「いやいや、俺にそんなつてはないよ」
二人が朝からそんな絡みをしてくるので、俺は適当にいなして下駄箱に靴を入れる。
「そう言うお前たち二人だって、今までほとんどクラス同じだったろ」
「いや、小学校の時のクラス替えで一回分かれたことあったから、二年間もクラス違ったぞ」
「そうよ。私がこの馬鹿といつも一緒にいるようなこと言わないでよ」
「二人とも、相変わらず仲良しだね」
上履きに履き替えて歩き出した琴葉が放った最後の一言で、二人はむっとして黙った。
実際、俺が知る限りでは、二人は基本的にいつも一緒にいる。
瑛太は勉強に関して言えば残念という言葉では言い表せないほどに残念だが、一年のころからサッカー部のエースになるほど運動神経がよく、茶っぽい地毛に整った目鼻立ちも相まって女子からの人気も相当なものだ。
一方の咲は、ボーイッシュで男女関係なく分け隔てなく接するその明るい性格から、女子はもちろんのこと同じクラスになった男子からの支持は厚い。
そんな二人でありながら異性関係の噂をまったく耳にしたことがないのだが、それもただ単にいつも二人が一緒にいるからであろう。
俺はこの二人とは小学校からの付き合いだが、瑛太とは特に仲が良かった。なんと言っても、幼馴染と常に一緒にいるという幼馴染至上主義なところなんて、俺にぴったりの親友だ。
「――だから、俺はその、なんだっけ? 幼馴染……なんとか主義? とかじゃねぇから」
教室に着いてからしばらく時間があったので瑛太と幼馴染トークに花を咲かせていたところ、なぜだか急に話を遮られた。
「またまた、照れちゃって」
「いや、照れてねぇよ。別にその漫画で幼馴染が報われようが報われなかろうが、俺には関係ねぇしな」
「いやいや、この幼馴染、ずっと主人公のこと一途に想い続けてきたんだぞ? 主人公だって最初は幼馴染のこと好きだったくせに、あんな金髪クソビッチに寝返りやがって」
「金髪クソビッチって……」
先月単行本の最終巻が出たばかりのラブコメ漫画について熱く語ったけれど、どうやら俺のパトスは彼には届かなかったようだ。
ただ――。
それでも。口ではどんなに否定しようとも、こいつが幼馴染である咲を大切に思っていることは普段の言動からして間違いようのない事実だ。
「まあいいさ。お前が咲を好きなのは見てれば分かるからな。俺たちの幼馴染同盟は永久に不滅だ」
「べっ、別に好きじゃねぇって言ってんだろ! その訳分らん同盟はお前と琴葉ちゃんとで勝手にやってろ。ホームルーム始まるから俺は席に戻るぞ」
「お、おう。またあとで」
瑛太は担任が教室に入ってきたのを視界の端に捉えると、どすどすと足音を立てて席へと戻っていった。
新しい担任が軽く自己紹介して、ホームルームが始まる。
「よし、じゃあ出席番号順に簡単な自己紹介をしていくように」
先生の言葉を聞いて、一番前の席に座っているメガネをかけた男子が起立して自己紹介をした。それに続いてその後ろの席の生徒も順々にそれををこなしていく。
「おい琴葉、自己紹介まわってくるぞ。起きろよ」
「……んー」
「おーい」
「んー」
あぁ、こりゃダメだ。
後ろの席で惰眠を貪っている琴葉には早々に見切りを付け、自分の自己紹介で何を言おうかと考える。
「――よし、じゃあ次」
「えっと、
考えたところで自分の名前以外に特に言うべきことが思い当たらなかった俺は、起立してそれだけ言い着席した。
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