第8話 大国の継承者⑧
「切り裂き魔を捕まえよう!」
教会を出て間も無く。前を歩いていたエルシはくるりんと振り返ると、後ろを歩くセーレンに力強く訴えた。孤児が増加傾向にあるって話をシスター・エリザベスに聞いて、エルシの正義感に火が付いたの。
「無理、よ」
けれど、セーレンってば冷静でさ。意気込むエルシをバッサリ斬り捨てた。
たちまちにエルシはしょんぼりしちゃってね。
「なんで?」
とエルシ。唇をツンと尖らせた。
「私達が、対処、するのは………あくまで、
セーレンが優しく諭した。
「でも相手が
エルシは食い下がってね、
「放っておけば、またジャックみたいな孤児が増えるよ」
「分かって、る」
と言ってセーレンは困り顔をした。
「それでも、簡単に………手出しは、出来ないの。例え、殺人鬼でも………地下都市の、住民は、奴等の………支配権下に、あるから……一度、ハインリヒ女王に、指示を………仰がない、と」
「…………奴等?」
セーレンの言葉にエルシは引っ掛かりを覚えた。
「セーレン、奴等って?」
エルシが首を傾げた。けれど、セーレンからの返事は無くってね。何かに気付いた素振りを見せると、口を閉ざし、エルシのそのまた後ろを目を凝らして見つめていたの。あからさまに無視されたエルシはショックを受けちゃってさ(「幼い子供のように質問ばかりする僕の相手が面倒だからって、聞こえないフリするのは酷いよ!」ってエルシは内心叫んだの)。セーレンの服の裾をグイと引っ張った。
「む、無視しないで………悲しい………」
「静、かに」
エルシの唇にセーレンが指を押し当てる。その冷たさにエルシは怯んで口を閉じたのだけれどね。
次の瞬間、セーレンの指よりも冷たい何かを感じて、エルシは背筋を凍らせた。
ゾワリと、厭な感覚が全身を駆け巡り、エルシが勢いよく振り返った。
セーレンが見つめる先。暗がりになっている路地裏のさらに奥。耳を澄ませばペタリ………ペタリ………と粘着音が聞こえた。本能的に
「あれって………」
エルシがよくよく目を凝らすとね。見えてきたのは、巨大な蛙の姿をした
「あれは、私達の、管轄内の、問題……ね」とセーレン。
「例の切り裂き魔かな?」
エルシが期待を込めて言った。だったら探す手間が省けた上に、今ここで退治が出来る。一石二鳥だ。
「あれが、獲物を………切り裂いて、殺す、ようには………見えない、けれど」
蛙だろうが、切り裂き魔だろうが、そんなことは関係ない。それが
「私が、やるわ」
セーレンが一歩、踏み出した。髪をフワリと払い、藤色の紅で彩られた唇を突き出した。
「
セーレンがふーっと息を吐き出すと、形のいい唇から真ん丸の気泡が無数に吹き出てきた。手の平サイズにまで膨らんだ気泡はシャボン玉のようにフワフワと宙を漂っている。
「………泡?」
エルシは好奇心旺盛だ。浮かんでいる気泡のひとつを突っつこうと手を伸ばした。
「触っちゃ、ダメ、よ」
すかさずセーレンの鋭い制止の声が飛ぶ。エルシが触ろうとした気泡を横から掬うように取り、自分の手のひらに乗せた。セーレンが触る分にはいいらしい。
「これは、私の………能力、なの」
とセーレン、
「私は、体内に………様々な、液体を、内蔵………していて、それを、気泡で………内包して、いるの」
「そうなんだ。綺麗だね」
エルシが気泡をよくよく見れば、確かにそれぞれ気泡の色が違う。薄い膜のなかで色とりどりの液体が揺れていた。セーレンが
「スピードは、他の
多数の気泡が視界を埋める空間は、一見すると幻想的で美しい。一向に攻撃する素振りを見せないセーレンに油断したのか、
すると
「えっ?」
エルシが驚く間もなく、次の瞬間には
巌窟から落ちた目玉が足元まで転がってきて、「ぎゃっ!」エルシは飛び上がってね。靴の先っぽに当たると、目玉は形を保てずに黒い灰化して消えていった。
「攻撃力は、
ウフフ、とセーレンが上品に微笑んだ。
「わぁ、セーレンは強いんだね!カタリーナの言ってた通りだ!」
エルシは目を輝かせた。素直に褒められたセーレンは得意げだ。
「技名を、付けるなら…………【弾ける私の恋心】………って、とこかしら」
「それは切なげだね」
自虐的すぎるセーレンの名付けセンスの無さに、エルシは何とも言えない顔をした。もっと他になかったのかな。
「うーん、うーん、どうせなら格好いい技名がいいよなぁ」
とエルシが頭を捻っていると、
「エルシ、!」
振り返ったセーレンが慌てたような声で呼んだ。
何事だろうとエルシが目を開けるとね、先ほどセーレンに倒されたものと同じ蛙の姿をした
「エルシ、下がって………!」
セーレンの制止も聞かず、一歩前に出た。
「セーレン!僕がやってみるよ」
エルシは息を大きく吸い、ヌメヌメとした長い舌を伸ばす
この状況は、まるで
だって、訓練と称してカタリーナに散々殴られ、蹴られ、ぶっ飛ばされたのだ。どれだけ走馬灯を見たと思っている。カタリーナの言葉を借りるのなら、
「死に瀕した際や本能がヤバい!って感じた時に、
らしいからね。今まさにその状況なのだから、少しは覚醒したっていい筈なのだ。
「ッ僕を守れ!」
エルシは右手を前に翳した。
それは何度も繰り返した動作。
脳裏に隣人達の姿を思い浮かべ、エルシは声高らかに叫んだ。
「
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