第3話 大国の継承者③
森に囲まれた小高い山の天辺に聳え立つ継承者育成機関
そこから激しい獣道をしばらく歩き、山を下ると見えてくるのが王都クロエランスである。
広大な土地と豊かな資源に恵まれた御伽大国には多くの人々が暮らしていてね、他国から移住する人もたくさんいたの。そこで、御伽大国を統べる初代ハインリヒ女王は民草が不自由なく生活出来るようにと巨大な王都クロエランスを作った。
肌の色が違う者、
瞳の色が違う者、
髪の色が違う者。
さまざまな生き者が住まう王都はいつも活気に満ち溢れていて笑顔が絶えなかったけれど、同じくらい争いが絶えることもなかった。それは些細な口喧嘩から暴力沙汰に至るまで。妬み、嫉み、僻み、恨み、辛みーーーー他者と関わることで抱いた負の感情を糧に、人々の心の闇はどんどん大きくなっていった。やがて人々から漏出した心の闇が積み重なり、形を成したものが産声を上げた。
「それが
噴水のある広場を中心に、そこから円を描くように家が建ち、さらにそれを囲うように商店がずらりと建ち並ぶ。
「目に映るものがすべてじゃないんだね」とエルシは辺りを見回した。俗物に染まることを良しとしないリデル家の方針により敷地内から出たことのなかったエルシにとって、善いものも悪いものも、すべてが新鮮で好奇心を駆り立てられた。
「ま・別に王都に限った話じゃあないんスけどね。人がいれば
「人が多い分、負の感情が集まりやすいから?」
「当たりッス。さすが稀代の天才エリーシャの代役、リデル家の
「……その呼ばれ方は好きじゃない」
「ハハ、そりゃ失敬」
口ではそう言ったけれど、カタリーナは少しも悪びれた様子もなくってね。頬っぺたを膨らませるエルシの顰め面を笑い飛ばした。
「
「ええと…………初代
「そうッス。ちゃんと歴史の勉強してるんスね~」とカタリーナ、「本来、此処ら一帯はハインリヒ女王の管轄なんスけど、あの人ああ見えて忙しいんスよ。だから王都で
「自分の学園の学生なら扱き使い放題だもんね」
「それな。ホンット人使い荒いんスよ、あの
「でも扱き使われるの、嫌いじゃないんスよね」
「…………そういう性癖?」
「期待に応えられなくて申し訳ないんスけど、俺はどちらかと言えばサド寄りッス」
「ああ、そんな感じがする」とエルシは思ったけれど、口には出さなかった。
「だってさぁ、
「短い間ッスけど、一緒に頑張ろうぜエルシ」
「うん!」
カタリーナが拳を突き出す。エルシがそれに応えると、合わさった拳がコツンと鳴った。
きゃあきゃあ!わあわあ!いやあ助けて!
嗚呼まったく、騒がしいったらありゃしない!
エルシとカタリーナが目的地に近付くにつれ、騒ぎは一段と大きくなるばかりでね。蜘蛛の子を散らすように彼方此方へと、本能のままに泣いて叫んで逃げ惑う人の波を、2人はスイスイと掻き分けながら歩いたの。
「もうすぐ通報のあった広場ッスねぇ」とカタリーナ。状況に似合わないのほほんとした口調にエルシは調子が狂う。ひとりだけ緊張しているのが馬鹿らしくなってくるじゃあないか!それでも遠目に噴水が見えてくるとね、エルシのなかに再び緊張感が戻ってきたの。震えを誤魔化すためにきゅっと手を握りしめた。
「僕さ、…………
罪を告白するようにエルシが言う。
「じゃあ……
「初めてだよ」
「まじスか!」
首だけで振り返ったカタリーナが大袈裟に目を丸くした。
「だったら今回の討伐は、説明するのに丁度いいッスね。耳の穴かっぽじって聞きなエルシちゃん、
「人間と
「対峙すりゃ分かるッス。
ペラペラと喋りながらもカタリーナの長い足は歩みを止めない。ヒールを鳴らしながら目的地の中央広場へと向かうカタリーナの背中を、エルシは早足で追った。
「人間とそっくりな人型もいれば、どこぞの
喧騒のど真ん中にね、それはいたの。でかい図体の犬のような生き物には頭が3つ生えていてね、それぞれの顔に無数にくっついたまんまるの目玉でエルシとカタリーナを見下ろしていた。グルル!唸る3つの口からは涎が滴っていて、足元には大きな水溜まりが出来ていた。
「わあ~!見ろよエルシ、可愛いワンちゃんッスよ~!」
「…………どこが?」
「
「…………どこが?」
「あの図体も態度もでかいところなんて、屈服のさせ甲斐があってワクワクするッ
スね~!」
「…………どこが?」
声を弾ませるカタリーナに、エルシは冷ややかな眼差しを向けた。価値観は人それぞれだからカタリーナのセンスや趣向に兎や角言うつもりはさらさらないのだけれどね、エルシはひとつ分かったことがあったの。カタリーナとは絶対に趣味が合わないってね。
「そいや、さっきの。俺の
そう言って、両手の手袋を外しながらカタリーナが一歩踏み出す。カツン、とヒールが高い音を鳴らしたのを合図に、「ガァアアァアッ!!」
「
カタリーナが能力名を唱えると、指先から緑色の液体が飛び出した。
「はい、ドカン!」
カタリーナの掛け声と同時に緑色の液体は3つあるうちの1つの頭に命中してね、
「ヒントあげるッスね~」
「え?いいよ。だって今言っ、」
「遠慮しなさんな~」と、華麗に着地したカタリーナは
「むかぁーし昔、我がスノウ家の
カタリーナは肩をすくめた。間抜けにも
くるん、くるん、くるぅりん。
紫色のスカートを翻し、真っ赤な靴が空を切る。
「しかし、なんとビックリ!毒に耐性のあった
パチパチとカタリーナが拍手する。音につられて
「グゥウウゥウウ゛ッ!!!」
唸る
「そうして、スノウ家の
「生き返って良かったね。いい話だ」
「だろ?ちなみに
「俺が体内に蓄積する毒は全身の汗腺から射出できるんス。形状には囚われないから、使い方は何でもアリなんスよ~」
腕を前に伸ばしたカタリーナが掌を上に向けると、ドロリと溢れ出た毒がまぁるい形を成したの。カタリーナの手のなかに収まるそれは、一見すれば瑞々しくて、うっかり騙されて食べてしまいそうなくらい美味しそうな青林檎のようだった。
「ほーれワンちゃん、毒リンゴはいかがッスか~?」
そう言ったカタリーナが、横たわる
「んで、答えは?」
「白雪姫」
「おっ!正解ッス!」
「自分で言ってたじゃないか」
「え、そうだっけ?うっかりッスわ~」
カタリーナは手袋を装着し直した右手で拳を作り、自分の米神を軽く小突いた。
「てへッス」
「出題者が答えを言ったらクイズにならないよ……」
可愛こぶるカタリーナにエルシは呆れた。
「ギィヤァァアアァッ!!!」
その時ね、甲高い叫び声が広場に響き渡ったの。二人が振り返ったその先、噴水の影から出てきたのはこれまたでかい図体の、蜥蜴のような生き物でね。長い舌をダラリと垂らしながら血走った目でエルシ達を睨み付けていた。
「ああ、もう一体いたんスねぇ」
なんてことない口調でカタリーナが言う。
「じゃあ、あの
「………………………………、えっ?」
てっきりエルシは、今回の
「エルシの
知ったような口振りに、そういえばと、ハインリヒ女王がカタリーナは姉の学友だと言っていたことをエルシは思い出した。だったらリデル家
「じゃ・任せたッス~」
激励するように肩を叩かれて、エルシの頬を冷や汗が伝った。
「僕は…………、その…………」
「うん?なんスか?」
「その………ええと…………」
エルシが言い淀んでいると、ドスンドスンと大きな音が聞こえてきてね。
「イィイアァアアア、アァア゛ッ!!!」
地鳴りのような音に合わせて奇声を発しながら走ってくる蜥蜴の
手を翳して能力名を紡ごうとしたんだけどね、エルシの唇は震えるだけで音を発することはなかった。
嗚呼、殺られる。
エルシが本能で死を感じ取った瞬間。
「ドカン」
感情の籠らない声が聞こえてね。ふと隣を見ると、眉間にしわを寄せたカタリーナが腕を伸ばし、指を拳銃の形にして立っていたの。視線を前に戻すと、蜥蜴の
「何をボケっとしてんスか?いくらザコとは言え、
酷く冷めた声だった。
「自分は散々ふざけた調子で
だから。
「何で
だから、カタリーナに聞かれてエルシは一瞬言葉に詰まったの。本当のことを告げるか迷ったから。絶対口外するなと一族から挙って厳しく言い付けられている秘密を、会って間もない相手にあっさりばらしていいものかしらって。けれど、
だったらぶち破ってやろうと思った。
姉のエリーシャにも、カタリーナにも出来なかったことをしてやれってね。それに自分の身を案じて、本気で怒ってくれた相手には嘘を吐きたくなかったの。
ええい、ままよ!
ちょっとばかしの反抗心と振り絞った勇気に背中を押されて、エルシは腹を括って打ち明けることにした。
「……………………ないんだ」
「はい?」
「僕は、
「……………………………………は?」
うんと間をあけてから、カタリーナが首を傾げた。ぽかーんと、赤い唇が真ん丸にかたち作った。
「………え、は、え?
「ええと、………」
問い詰めるカタリーナの勢いに圧されてエルシは身を縮こませた。
「……正確には、自分の
言いながらエルシは思い出していた。姉のエリーシャが行方不明となり、正式に
「我がリデル家の
だからきっと怒られちゃうんだろうなって、エルシはどこか他人事のように近い未来を想像したの。その汚点とやらをよりによって本人が晒したのだから。それでも後悔はなかった。むしろ腹の底に鉛のように沈んでいたモヤモヤが無くなった気さえする。
「僕はリデル家歴代
「ふーん…………ま・そういうことなら仕方ないッスね」
けれどカタリーナったら、エルシが予想していたどの反応とも違ってね。エルシが一大決心して告げた言葉を軽く流すもんだから、エルシは拍子抜けしたの。
「…………怒らないの?」とエルシ。ぱっちりした目をさらに真ん丸にさせた。
「何で俺が怒るんスか?」とカタリーナ、
「だって制御出来ないうちは仕方なくね?それに、無理強いは良くないッスから」
「…………そうなの?」
「そッスよ~」
あっけらかんと言われると、そういうものかと錯覚してしまいそうになる。
「
「カタリーナ…………ありがとう!」エルシは友人の優しさに胸を打たれた。
「
「あ、ありがとう…………?」エルシの頬が引き攣る。カタリーナが浮かべているのはさっきと同じ笑みなのに、悪悪しいのは何故だろう。
「そんじゃあ・ま、そゆことで」と言ってカタリーナがパンッと手を叩いた。この話はこれで終わりと言うように。
「
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