第4話







ゴールデンウィーク初日、午前九時。

学校指定のジャージを着て校庭に集合していた二十八人の生徒は、点呼を終えた後、着替えが入ったスクールバッグとともにマイクロバスに乗り込んだ。

私立志友高校は、一学年五クラスで形成されている。合わせて十五クラスだ。

そして、委員は各クラス二名ずつ。

その事実だけを見ると、二十八人というのはほぼ全員参加に見える。しかし、実態として一年生は半分もいない。その穴を埋めているのは二年や三年の友人知人枠だった。

結果として真面目な――あるいは内申点加算の話を知って参加を決めたしたたかな――一年生達がアウェーとなっているが、そこは甲斐田先生や、かつて同じ轍を踏んだ上級生がフォローしている。下級生達にとって、それがありがたいかはまた別問題だろうが。

てっきり西藤はそちらに行くかと思ったのだが、彼女は僕達とバスの最後尾に座った。


西藤を真ん中にして、その隣に僕、奥に雪路。

反対側には、見るからに西藤と同じ根明オーラが出ている男子生徒と、雰囲気はどちらかといえば雪路に近い女子生徒が座った。

学校指定のジャージは、袖口の縞柄が何色かで学年がわかるようになっている。二人とも雪路と同じ赤い色だったので、雪路と同じく二年生ということだろう。

男子生徒の方は今年の委員会で見たことがあるが、女子生徒は見覚えがなかった。

女子生徒とはやたらと目が合う。そしてすぐに逸らされる。

おそらくは、一人だけ見知らぬ先輩がいるのに戸惑っているのだろう。


しかし、どちらも顔面偏差値がなかなか高い。というか、飛び抜けている雪路は元より、最後尾に座っている面子は僕を除けばそんな感じではなかろうか、これは。平均的な面立ちをしている立場としては身の置き所に困る。新手のいじめかな。

しかし、見事に雰囲気が対照的というか。

いかにも染めている茶髪と、天然素材の長い黒髪がまたミスマッチである。

とはいえ、座る時に男子生徒はわざわざ自分の隣に彼女を座らせていた。その点を考えるなら、女子生徒の方は彼が誘った友人知人枠ということになるのだろうが。


「どもども、はじめましてとも先輩。俺は南海なんかい、こっちの物静かな方は東田ひがしだっす。あ、お腹空いてます? よければプリッツ、一袋どーぞ」

「……東田です。どうも」


開封したスナック菓子を差し出しながら雪路にも手を振る南海くんとは対照的に、東田さんは自分が言うべき言葉は全部言い終えたとばかりに口を噤む。

この二人、本当に友人なんだろうか。

真逆のキャラクター性を示した二人組に思わず失礼な感想を抱きながら、短いお礼とともにお菓子を受け取った。個装の袋を開け、両隣の二人に分配してから自分も食べ始める。


「よろしくねー、しーちゃん」

「……。よろしくお願いします」


スナック菓子を食べる僕を後目に、左右でも自己紹介が行われる。人形フェイスで会釈をしながら定型文を口にしたのを、自己紹介と呼んでいいのかはさておいて。

僕だけ見事に手間が省けたというか、言うことがないというか。

フルネームを名乗ってもいいが、そうなるとあだ名を解説する必要が出てくる。下の名前はともかく、名字の方は口頭での説明がややこしいので避けたい。改まって名乗るには、僕のフルネームはちょっと大仰なのだ。


「西藤と南海くん達はどういう関係?」


 仕方がないので、二本目を食べながら他の話題を振った。


「なんくんとひーちゃんとは同じ部活なの」


その質問には西藤が答える。

なるほど、同じ部活か。


「演劇部だったっけ」

「そうそう」


頷きながら、西藤が僕の手元をジッと見てきた。

しばらくしてから、それがおかわりの催促だということに気づいた。開封口を差し出せば、そこから新しいものを引っ張り出して口に運ぶ。

口で言ってくれれば早いのに。

そんなことを思いつつ、開封口を今度は雪路に差し出した。


「彼女いいなあ」


僕らのやりとりを見ていた南海くんが、羨ましそうな口調で言った。

そんなことまで伝聞されているのか……。

西藤さん、ちょっと口が軽いのでは。心配になってくる。


「やだなあ。急に何言い出すのよ、なんくん」

「いやー、だって俺らも恋人とか欲しいですもん。なあ、東田」


西藤の呆れたような声にもめげず、南海くんは体と一緒に話題の矛先を東田さんに向けた。急に話を振られた東田さんは、目を何度か瞬かせた後、困ったように眉をひそめる。


「別に……」

「えー? でも東田だって彼氏欲しいだろ? 一緒にいると楽しいし、先輩達みたいに仲良く学校行事にも参加できたりしてさ。思い出作りがはかどるぜ」


東田さんはそんな話を振られても困るというのを全身で主張していたが、彼は気にすることなく男女交際の利点を口にする。やっぱり西藤属だな、この陽キャくん。自分の価値観で楽しいことは他人も楽しいと信じて疑ってないあたりが特に。

そんな南海くんに対し、東田さんは嫌悪感こそないものの、ひたすらに困惑している様子だった。理系の人間に専門用語をまくしたてられて困っている文系のようだ。

可哀想になってきたので、三本目を食べながら助け船を出すことにした。


「掃除を担当する場所、一応希望は出せるみたいだけどどうする?」

「力仕事が多くならないところを希望します。見ての通り、貧相ですので」


僕の意図を察した雪路が、すぐに話を合わせる。


「……あっ。私も、はい、力仕事はちょっときついです」

「そうだなあ。とも先輩も苦手そうだし、俺一人じゃ厳しいかも」


追従するように、身を乗り出した東田さんが声を上げる。よほど話を変えたかったのか、声の調子がやや高い。南海くんも、それに合わせるように新しい話題に乗った。


「よくわかったね。体力テストは持久力以外、並より下だよ」

「ともくん、それ堂々と言うことじゃないよ」


南海くんが貧相な僕に視線を向けた隙に、こっそりと東田さんが頭を下げる。心の中でどういたしましてと言いながら無い力こぶを見せると、西藤が呆れたように笑った。

ほどなくして、彼女はふむ、と提起された議題について思案を始める。

こういう時、発起人となってくれるのが西藤の良いところだ。


「講堂を希望してみるつもり。あそこは広さあるけど、変に楽そうなところを選んでゴミ出し大変なとこに回されちゃうよりはいいよね」


予想通り、彼女は如才なく提案をした。

一度勉強合宿で泊まったことがあるから、講堂の様相はおぼろげながらも覚えている。確かに他の場所よりは広いので、競争率は高くならないだろう。もし別のグループと希望が被ったとしても、相手が西藤なら甲斐田先生も融通をきかせてくれるに違いない。

賛成の言葉を口にすれば、他の三人も同じように返事なり首肯なりで同意を示した。

新たな話題は瞬く間に終わったが、話の流れは変わったでさっきの話題には戻らない。


「なんか持ってほしいもんがあったら遠慮なく言えよ」

「うん、助かるよ」

「不死川ー、お前もなんかあったら言えよー」

「お気遣いどうも」


南海くんはさすが陽キャらしく、自然体で頼りがいがあることをアピールしていた。実際に頼りになるのだろう。東田さんも今度は素直に相槌を打っていた。


南海くん、東田さんのこと好きなんだろうな。

後輩達のやりとりを見ながら、そんなことを考える。

友人と顔見知りという差もあるのだろうが、雪路への態度と比べるとだいぶ露骨だ。先輩である西藤に対しては同じ部活ならではの気安さはあるが、比べると差異がある。

まず、話す時の体の向きが違う。

声の調子も、東田さんに話しかける時は一オクターブ高かった。

わかりやすいことこの上ない。しかし、そんなわかりやすい好意が肝心の東田さんに伝わっていないのは、今までのやりとりを見れば察せられた。

彼女だって、南海くんを好いてはいるのだろう。

東田さんのようなパーソナリティーの人間にとって、西藤や南海くんみたいなタイプは好き未満ならできるだけ距離を置きたいタイプだと思う。一緒にいるということは、低く見積もっても嫌いではないということだ。

でもそれは友達としてで、異性として意識している様子はない。そういう方向性の話を振られた際に、気恥ずかしさではなく困惑を見せているのがその証拠だろう。

あんなにわかりやすいのに気づいてもらえない南海くんには、同じ男として同情する。

ちゃんと口にしない彼にも非はあるけれど。


そんなことを思いつつ、ちらりと雪路の方を見る。

会話したその日に告白をしてきた即断即決の恋人に、僕も気遣いの言葉をかけた。


「雪路も、無理はしないようにね」

「優しさは感じますけど頼りがいはないお言葉ですね、先輩」

「ほっといてくれ」


持久力以外に誇れるところがないんだ。

腕力は下手したら西藤に負けるかもしれない。

演劇部=文化部と考えるとインドアなイメージになりがちだが、演劇や吹奏楽は体が資本なだけに生半可な運動部より鍛えるところが多いのである。グラウンドを走っているから運動部かと思ったら、実は演劇部だったなんてことはさほど珍しくもなかった。

それでも、西藤も女子であることには変わりがない。

一見した感じ、この中で一番貧相なのは雪路だが、体格で言えば女子達はみな平均だ。例え西藤の腕力が僕より勝っていたとしても、その上背では無理もできまい。

声をかけようと顔を向けたところで、彼女が真顔であることに気づいた。


「西藤?」

「……あっ。何かな、ともくん」


呼びかければ、すぐにいつもの愛嬌を感じさせる表情に戻る。切り替えが早すぎて見間違いを疑うほどだったが、さすがに近距離でそんな見間違いはしない。

とはいえ、怪訝さはすぐに消えた。

理由にすぐ思い至ったからだ。


「君も無理しないようにね。僕より力ありそうだけど、女の子なわけだし」

「最後の一言は余計かな~? ふふっ、でもありがとね」


用意していた言葉を伝えれば、西藤は愛嬌ある笑顔を返す。

それに小さく肩をすくめてから、僕は前の方を見た。

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