「姫様の休日」(9)

 「ふん!・・・はっ!」

 冴子はこの日、テニスに興じていた。

 着ているのは軍服ではなく、テニスウェアだ。これは冴子の趣味では無い、カイラの対戦相手として冴子が相手をしているのだ。

 「どうしたの?限界かしら?」

 カイラは右手に持ったラケットを腰に当てながら冴子に不敵の笑みを見せる。

 「・・・姫様も少々息が上がっておりませんか?」

 冴子は腰をかがめてラケットを構えながら息を整える。

 「こちら武田山、執事応答せよ」

 三宅が持つ個人携帯の無線機に武田山の館で留守を守る末松から連絡が来た。

 執事は三宅を呼び出す符丁だ。

 テニスコートを囲うように作られた観客席で三宅は私服姿で周囲の警戒をしている。

 「こちら執事、異常なし。侍女殿は今日も苦戦中」

 三宅が応答で言う侍女は冴子を指す符丁だ。

 「苦戦中とは、御主人様は今日も強いですね」

 「御主人様は強いな。俺がテニスが出来たら相手をしたいよ」

 御主人様はカイラを指す符丁だ。

 直に対戦を見ている三宅は楽しそうに語る。テニスで活発に動き溌剌としたカイラが生き生きとして見えたからだ。

 ここは広島市内の広島城とは南隣にある広島市中央庭球場だ。

 このテニスコートはスポーツの振興団体である、財団法人広島市体育競技奨励会が運営していて中国管区憲兵隊司令部が奨励会へカイラが行く度に警備上の必要として貸切る要請をしていた。

 テニスコートが十一面ある庭球場を冴子とカイラがテニスをするだけに貸し切りにしているので異様に広く静かなものだ。

 この貸し切りは今回が初めてではない。

 今回で五度目になる。

 カイラがテニスをしてみたいと言った事からだった。

 だが、困った事にテニスの経験者が憲兵隊にもカウラの侍女や執事であるラウエルも含めていない。

 「殿下をテニスの選手にする訳では無いですし、お遊びですから・・・」

 ラウエルは冴子にそう言った。

 意味としては案にカイラの相手を冴子に頼んでいるのであった。

 以前の球技遊興施設での相手を三宅にさせていたので、テニスぐらいならと冴子は引き受けた。

 「お互い、初めて同士ですのでお手柔らかに行きましょう」

 「そうね。お手柔らかに」

 冴子の提案にカイラは応じた。

 確かに最初はテニスをどうやるのか、入門書を開きながら選手の映像を見ながら二人はコートに立ち動きを真似た。

 そしてお互いにラケットにテニスボールを当て合う、緩いラリーをする微笑ましいプレイをしていた。

 「大尉、そろそろ勝負をしたいのだけど」

 だが、二回目の途中からカイラはスマッシュのやり方を習得し冴子にて勝負を挑んだ。

 「こっ、これが若さ・・・・!」

 冴子もある程度テニスのやり方を憶えたとはいえ、若さと言う優位があるカイラのスマッシュに冴子は打ちのめされた。

 三回目からは激しいラリーをお互いがするようになり、二人は半ば本気で遊んでいた。

 そのどれもがカイラが勝つ事が多かったが、冴子も初心者とは言えテニスの腕を伸ばしカイラの圧勝とまではさせていなかった。

 「良い顔、子供らしい可愛い顔になって来たじゃない」

 球技遊興施設やこのテニスを始めた頃からカイラの表情や言葉が柔らかくなって来たのを冴子は実感していた。

 これはミルダナオの情勢が帝国海軍が出動したからではあるが、王位後継についての話し合いが始まっている。流血の惨事は避けられカイラの心に余裕が出来ているのだと冴子は思えた。


 「ほう、確かにカイラ殿下だ」

 マルコスは広島市内にあるリベラのアジトに到着し、撮影されたカイラの写真を見ていた。

 テニスをしに庭球場へ来ている様子がレイエスによって撮影されていた。

 「偵察によれば、カイラ殿下はここ最近はテニスをする為に広島城近くのテニスコートへ来ている事が多いです」

 リベラの部下達が集めた偵察情報を報告する。

 「テニスか。殿下は楽しんでおられるようだ」

 マルコスは皮肉めいた言葉を吐く。

 「どうされますか?」

 リベラが尋ねる。

 「うむ、テニスを楽しまれた後の殿下を迎えに行こうではないか」

 マルコスは方針を決めた。


 「殿下、明後日の外出についてお話があります」

 庭球場から武田山の館に戻ったその日の夜、冴子はカイラと明日の打ち合わせをする。

 場所はカイラが泊まる部屋だ。

 「明日は宮島へ行き、厳島神社の参拝と弥山の登山を予定しています。平日とはいえ宮島は観光地ですから警備に就く私服の憲兵を多く配置します」

 「今度は登山、楽しみだわ」

 身体を動かすアウトドアな楽しみが出来るとカイラは一段と喜ぶ、ミルダナオだとそんなにさせて貰えなかったのだと分かる。

 「五百三十五mの山を登りますので、体調がすぐれなくなった時は遠慮なく言ってください」

 冴子は今から登山をする事に気分が高まるカイラへ注意を促す。

 「分かったわ」

 カイラは素直に冴子の注意を聞き入れた。

 冴子はカイラの素直さに肩の力を抜いた。そんな時にふと部屋のテレビの前に置かれた机の上に映像盤(いわゆるDVDである)が置いてあるのを見つける。

 その映像盤には「魔法騎士姫プリンセス・ソード」とある。

 カイラが日本に来てハマったアニメ作品だ。

 「大尉もプリンセス・ソードが気になる?」

 冴子が見ている視線の先に気づいたカイラが尋ねる。

 「ええ、殿下はこの作品をここまで好きになられた理由を聞きたいですね」

 冴子の返事は個人的な興味による。

 「そう。それは、この作品の主人公が私に見えたのです」

 カイラが語り始めた時だった。

 「殿下、お食事の用意が出来ました」

 ラウエルがカイラに呼びかける。

 「殿下、小官はこれにて。お話の続きはまたの機会に」

 冴子はカイラとラウエルに遠慮して退出する。

 カイラは消化不良な様子だが、「ええ、聞いて貰うわ」と冴子へ言った。

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