「姫様の休日」(8)

 マルコスはミルダナオから脱出して、船の上にあった。

 乗っているのはタイの船籍がある貨物船だ。

 「あれは日本軍か?」

 マルコスは自分が居る船室の舷窓から南シナ海を南下する日本軍艦隊を見つけた。

 日本軍艦隊はマルコスが乗る貨物船の横を通り過ぎる。それは甲板に出ているお互いの乗員が見えるぐらいに近い。

 マルコスは自分が見つかるのではないかと思えて、舷窓から離れる。

 「ヤハリ、気ニナリマスカ?」

 マルコスの船室へ一人の女が入る。

 「当たり前だ。今は日本軍は味方とは言えん」

 入室して来た女へマルコスは憮然と日本語で答える。

 ミルダナオ情勢に日本は海軍艦艇を送り示威行動、存在をあえて見せてミルダナオの王族へ行動を促す動きをしようとしている。

 日本は王族同士で話をまとめて、事態が解決するのを願っていた。

 つまり、ミルダナオには王族による国家体制を維持して欲しいと日本は考えている。王族を支配下に置いて軍事政権を打ち立てたいマルコスと日本の方針は合わない。

 マルコスはそれを自覚しているだけに日本軍の前に姿を見せられない。

 「大丈夫デスヨ、私達ガ無事ニ届ケマス」

 その女は片言の日本語で話す。女はゾーイだった。

 ロシア人の彼女はマルコスと共通で話せる言語として日本語で話していた。

 「こうして手助けして貰っているが、ソ連のスパイが何故俺を助ける?俺は共産主義者ではないぞ」

 ゾーイへマルコスは尋ねる。

 「ソレハ単純デス、日本ト我ガソビエト連邦トハ敵対シテイマス。日本ガ困ル事ナラ思想ニ関係ナク支援シマス」

 ゾーイは笑顔で答えた。

 「なるほど、そうか」

 マルコスは大国と言うものを知った。



 「もう、当たらない」

 カイラはバットを振りながら嘆息する。

 ここは広島市東区にある球技遊興施設(いわゆるバッティングセンター)だ。ここにカイラに冴子、三宅の三人で訪れている。格好は誰もが私服だ。

 警戒を緩くして良くなったとはいえ、軍服が居ると目立つからだ。

 それでも来客が少ない平日の午前中を選んで来ている。そのお陰か遠くに一人客が居るぐらいだ。

カイラは金属製のバットで機械で投げられる球を打とうとしていた。

 だが、カイラのバットは上か下へ球を避けるように振られている様に見える。

 「どうしたものか」

 お供をする冴子は不器用なカイラの後ろ姿を眺めながら悩む。

 スポーツに関して冴子は経験が無きに等しい。バットなんて持った事も無いから冴子はカイラにアドバイスのしようがない。だから困っていた。

 このまま飽きるまでやらせるのもいいが、それではカイラが可哀想だ。

 せめて一球ぐらいまともに打たせてやりたい。

 でも、どうしたら良いか。

 悩んでいる間にカイラは斜め上へバットを振って空振りをしていた。

 「大尉、貴方も見てないでなんとかしてよ!」

 カイラがたまらず冴子へ当たる。

 「それが、私は球技の経験が無いのですよ」

 冴子は弱い声で言う。

 カイラはどうしようも無いと分かり「もう!」と地団駄を踏む。

 「それにしても殿下、どうしてここへ来ようと?」

 冴子は尋ねる。

 「ミルダナオの王宮だと、こうして身体を動かす事が出来ないからよ。体操ぐらいしか許してくれない」

 「なるほど、それで」

 冴子は納得した。王女であるから健康維持以外で身体を動かす事は出来なかったのだ。

 「だからスポーツはどんなものか、日本に居る間にやってみたかったの」

 そう語りながら振るバットはまたも空振りだった。

 「大尉、自分なら少し心得があります」

 「頼む」

 冴子と共にカイラのお供をしていた三宅が自ら進み出る。冴子にとってはありがたい事だ。

 「殿下、バットの扱いについてお教えます」

 「軍曹は経験がおあり?」

 「子供の頃に少々」

 三宅はカイラからバットを受け取り構える。

 カイラは後ろに下がりネット越しに三宅を見つめる。

 放たれた球は三宅が振るバットに当たり「キン!」と音を立てて打たれた。

 「凄いわ。どうやったの?」

 自分が出来なかった事を一度で出来る事にカイラは感心しながら三宅に尋ねる。

 「ボールが飛んでくる時とバットを振るタイミングですよ。まずはそこを出来るようになりましょう」

 「タイミングねえ」

 「もう一度、やってみますから見ていて下さい」

 カイラは三宅のいう事に素直に従う。どこかカイラが三宅の娘のように冴子は見えて来た。

 「今です、今!」

 三宅の教えを受けたカイラは三宅の合図を聞いてようやく一打を打つ事ができた。

 「出来たわ!出来た!」

 カイラは三宅へ喜びの顔を見せた。

 ようやく年相応の顔を見せたなと思いながら冴子はカイラを見つめていた。

 これならカイラがスポーツをする時は三宅に任せれば良いかもしれない。自分は少し楽ができるかもしれない。

 そう思いながら冴子は煙草を取り出し、口に一本咥えた時だった。

 「大尉、貴方も軍曹から習って私と勝負をしましょう」

 「え?私ですか?」

 冴子は思わず咥えた煙草を落としてしまう。

 「大尉、簡単ですから」

 三宅が苦笑いをしながら冴子へバットを渡す。

 「仕方がないわね」

 冴子はやれやれと思いながら三宅の指導を受けるのだった。


 広島市内某所にあるリベラやレイエスの居るアジトでは八人全員が集まり今後の方針について話し合っていた。

 自分達が属する組織であるミルダナオ国民軍が壊滅した現状、日本に居る自分達はどうするのかと。

 「我々はどうなりますか?」

 ロペスが兵達の意見を代弁してリベラへ尋ねる。

 「どうやらマルコス大佐は脱出して日本へ向かっているそうだ。ミルダナオで組織の主力は壊滅したが、大佐と我々で国民軍を再建する」

 リベラはミルダナオ脱出前のマルコスと携帯電話で話していた。

 マルコスはリベラ達と合流する為に日本へ向かい、ミルダナオ国民軍を再建すると聞いていた。

 「つまり、大佐と行動を共にするのですね?」

 ロペスは確認するとリベラは「そうだ」と確固たる思いで答えた。

 「俺はマルコス大佐に従うぜ」

 いきなり言い出したのはレイエスだった。

 「国へ戻っても前と変わらないんじゃ意味が無い」

 断言するレイエスに誰もが圧倒されて何も言えない。

 ミルダナオで国民軍が壊滅して誰もが浮足立っていた。自分達は失敗したのでは?これから異国の地である日本で暮すのか?何か算段をつけて帰国するのか?

 心配ばかりが募り気弱になっていた皆の心にレイエスの断言は余計に強く響く。

 「伍長の言う通りだ。我々はマルコス大佐に従う、良いな?」

 リベラはレイエスの言動を利用して部下達をまとめた。

 「中尉、カイラ殿下への監視は続けますか?」

 ロペスが尋ねる。

 「当面は続けよう。それが任務だからな」

 リベラの判断にロペスは了解した。

 リベラはマルコスがいつ来るか不明だった。それまでの間に何か役目を部下に与えておいた方が士気が低下しないだろうと思えたからだ。

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