「姫様の休日」(7)
ミルダナオ某所
「攻撃して来た!撃って来た!」
見張りの兵士が驚きの声を上げる。
この兵士はミルダナオ陸軍の兵士だが、有志の軍人達によるミルダナオ国民軍に属している。
兵士が驚くのは同じミルダナオ軍から攻撃して来たからだ。
「近くに居ても示威行動をしているに過ぎない。撃っては来ない」
上官からそう言われていただけに兵士は銃撃や砲撃による攻撃を受けて驚く。
「何だと、攻撃をして来たのは第一王子と王弟の兵!?そんなまさか!」
驚くのはミルダナオ国民軍を率いるベニグノ・マルコス陸軍大佐だ。彼は同志達と民軍として決起した目的を「戦火から国民を守り外国の介入を防ぐ」として、王族達と争う姿勢は見せていなかった。
それでも兵力を持つ王族の各勢力は国民軍を警戒し、牽制の意味で近くに部隊を置いていた
「まさか、我々の本当の目的が知られたのでは?」
マルコスの副官が気づきを述べる。
「そうとしか思えん。誰かが密告したのだろう」
マルコスは諦めた。限られた同志にだけ話していない国民軍の本当の目的を知らなければ王子や亡くなった国王の弟が手を組んで攻めては来ないだろう。
「大佐は日本へ脱出して下さい。国内では潜伏は難しいでしょう」
副官はマルコスへ国外脱出を促す。
「うむ、すまないが後を頼む」
マルコスはそう言うと三人の兵を連れて出て行く。
国民軍は一時間ほど抵抗した後に降伏した。その降伏した将兵にマルコスの姿は無かった。
「坂堂です。神楽坂大尉、朗報です」
坂堂から冴子の携帯電話へ着信したのは夕方になろうかと言う時間だった。
「朗報?」
「ミルダナオで動きがありました。国民軍が壊滅したのです」
「それが私への朗報?」
冴子はカイラの警護任務に就いてからミルダナオの情勢を日々確認していた。ミルダナオでは亡くなった国王の弟や叔父に、国王の息子である第一王子がそれぞれ国軍の将兵を取り込んで自前の軍を組織していた。
そうした中で王族が居ない軍人の同志達だけで組織された国民軍があった。
冴子はそれを知っていたが、注視はしていなかった。国民軍は後継者争いに加わらない、外国の介入や国民を守ると公式に宣言していたからだ。
「はい。その国民軍はミルダナオの王族を管理下に置こうとしていたんです」
「まさか、カイラ殿下も?」
初めて聞く情報からこちらに及ぶ危機を冴子は導き出す。
「おそらく。国民軍は王族を自分達の管理下に置き、政権の移譲をさせて軍事政権を作るつもりだったようです」
「その情報は確かなの?」
「海軍独自の情報筋としか言えません。ですが確かな情報です」
坂堂の答えに冴子は納得する。立場が逆であれば同じ答えをするからだ。情報源は少し親しくなった仲とはいえ言えるものではない。
「前に言っていたカイラ殿下を狙っていたのは国民軍だった?」
カイラが来日する直前に坂堂からの警告について冴子は尋ねる。
「あの時は勢力作りにそれぞれの陣営が王族を一人でも取り込もうとしていたそうです。カイラ殿下を引っ張り込む計画も各陣営であるようでした。だから不確定だけど確度は高いと言ったんです」
「今は?」
「王族の各勢力は陣容が整って、カイラ殿下への関心は低くなったそうです。しかし、国民軍はどの陣営にも属さないカイラ殿下を探していると言う情報がありました」
「だから国民軍壊滅は朗報だったのね」
「そう、これでカイラ殿下を狙う者はいなくなった。それと、もう一つお報せがあるのです。ミルダナオへ事態解決を促す為に海軍は艦隊を送る事を決めた。ミルダナオの情勢も解決に向かうでしょう」
「ありがとう。この借りはどこかで返します」と礼を述べて坂堂との通話を終えた。
坂堂の報せを裏付けるように通話を終えた十分後、吉川からミルダナオへ示威行動をする為に海軍が出動すると伝えられた。
「日本が介入するんですね」
ラーメンを食べ終えたカイラは冴子からミルダナオに居た過激派(つまり国民軍)が壊滅した事と、ミルダナオ情勢の解決を促す為に日本海軍が出動した事を聞いた。
「殿下にとっては気分の良い話ではありませんが」
冴子は自国に軍事的圧力がかかる話を聞くカイラの心中を察する。
「仕方ない事です。兄や叔父たちが話し合いをするのを願うだけです」
カイラの表情は何処か他人ごとに見えた。
冴子にとっては落ち込まれるより良いが、カイラのあっさりとした態度が気になる。カイラ自身やラウエルが語る王族内では冷遇されていた事がカイラが親戚の王族へ向ける態度も冷たくなってしまったのだろう。
「こうした情勢変化ですので、先ほども述べた通りに殿下には休日を楽しんで欲しいと小官は考えました」
冴子は重くなる雰囲気を払うようにカイラへ言う。
「それなら、私は存分に楽しむ。大尉には付き合って貰います」
カイラは冴子へ不敵に笑いながら言った。
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