「姫様の休日」(4)
同じ頃、武田山では
「民間と思われる車輛が接近しています」
洋館内部に置かれた指揮所で末松は監視カメラに写った箱型軽自動車を見た。
「電力会社か」
白い車体の横には地元の電力会社の名前が書かれていた。
それで末松は安心しなかった。
電力会社を装う危険人物があの車に乗っている可能性がある。
「中島曹長、そっちへ電力会社らしき車が近づいている。止めて確認しろ」
検問所には広島地区憲兵隊から来た中島曹長ら兵五人が詰めている。末松は現場の中島に確認をさせる事にした。
末松の指示を聞き終わると中島の前に車が現れた。
「止まれ!止まれ!」
中島と兵士達が車の前に出て車を止めるように促すと、運転している男と助手席の男も驚いた顔をする。
車はゆっくりした速さであったが、急ブレーキで停車した。
「憲兵隊である。お前達はここで何をしている?」
運転席の窓を開けさせた中島が運転席の男に話しかける。
「え、あ~私達は電力会社でして」
運転している三十代の男は中島に気圧されてしどろもどろに答える。
「憲兵さん。ウチらは電力会社で、私は係長の羽田と言います。この先にある設備の点検に来たんです」
助手席に座る羽田と名乗る年輩の男が見かねて、中島に話した。
「その設備は何処にある?」
「この道の先に洋館があります。その近くに置いた配電用の設備を点検します」
説明を聞いて中島はよりによって警備中の所にかと心中で毒づく。
「身元が分かる物を」
中島が求めると電力会社の二人はは運転免許証と会社の社員証を渡した。
運転手は望月と言う入社五年目の社員で、助手席の年輩の男は名乗った通りに羽田と言う係長だった。
「検問所から指揮所へ、当該車輛を止めて乗車している二名から聴取しました。二名は電力会社の社員で洋館近付近にあるとする電力設備の点検に来たそうです」
中島は渡された社員証を見ながら末松と個人携帯の通信端末で報告する。
「点検は延期できないか尋ねろ」
末松はそう返答した。
「点検は別の日に延期できないか?」
中島は電力会社の二人に尋ねる。
「本当なら先月点検する予定でしたが、都合がつかず今日になりまして。洋館が使われていないなら来週に延期できますよ」
羽田が答えた。
「もしも洋館を使用していたらどうなる?」
中島は尋ねる。
「前の点検が一年前でしたので、不具合が起きていないか見ないと分かりません。突然の停電が起きる可能性はあります」
中島は羽田が言った事を末松に伝えた。
「停電か・・・」
末松は逡巡する。
洋館には自家発電の設備がある。だが、あくまで非常用だ。
カイラの警護にセンサーやカメラに無人機を使い、複数の端末で統制している。まさに電力で警護態勢が整えられているのだ。
「指揮所から検問所へ。中島曹長、電力会社の社員に兵を同行させて点検作業を行わせろ」
末松は万が一の電力停止で警備態勢が崩れる事を危惧した。
そこで、兵の監視下で点検作業をさせようと決めたのだ。
「分かりました」
羽田は憲兵が同行しての作業に同意した。
「望月、道具を持って降りろ」
検問所を通り過ぎて、洋館の正門前で羽田達を乗せた車は止まった。
羽田が止まった車の車内へ呼びかけると望月が道具箱を持って降りて来た。
「あそこで作業を行います」
羽田が指さす方向には洋館と山の下から伸びる電線が繋がる白い箱型の設備がある。
「では、私の部下二人と一緒に行ってください」
中島は羽田と望月の監視に部下の憲兵二名を同行させた。
合わせて四人が設備に向かって歩き出すと中島は「後は点検が終わったのを見送るだけだ」と安堵する。
そうして気を少し揺るめたせいか洋館を見ている者を見逃していた。
電力会社の車の中に潜み、気配を消して閉じた窓から覗くその目は険しい。
彼の名前はガブリエル・レイエス
ミルダナオ王国の陸軍伍長だ。
「やはりここか」
洋館を警備する憲兵の様子を見てレイエスは確信する。カイラが滞在している所だと。
レイエスはカイラに行方を追うミルダナオ軍人の派閥に属していた。上官に命じられてカイラの滞在先の確認を日本の電力会社を使い行っていた。
使うと言っても、外回りに出かける羽田と望月を脅して無理矢理に武田山へ行かせたのだ。
「これならカメラやセンサーを潰せれば、強襲で行けるか」
レイエスはここまでの道中の警備態勢を見て洋館に突入してカイラの身柄を確保できるか考えてみた。
見た所、日本の憲兵の数は二〇人ぐらいだろう。それならカメラとセンサーの機能を停止させて、夜間に突入すれば成功するのではとレイエスは考える。
だが、その作戦案を許可するのはレイエスの上官である。
「すぐに片を付ければいいけどなあ」
レイエスはどこか短気な部分があった。
「良い眺めね」
カイラはアイスを食べて休憩を終えると、広島城の天守閣に登った。
この平正の広島城天守閣は昭和二〇年代に起きた地震により倒壊の危険性が生じた事から昭和三〇年代から広島城が市の公園になるきっかけもあって再建されたものだ。再建は既存の天守閣を取り壊し、新たに鉄骨鉄筋で組みコンクリートで仕上げている。
五層で三十九mもの高さから見渡せる平正の広島市街
城から東側には帝国陸軍第五師団の兵営があり、城から南には軍用地が払い下げられて作られた商業地が広がっている。
「あの高いビルは?有名な資産家の所有か、政府の施設かしら?」
カイラは広島城から南にあるビル、藤原興産基町ビルを指さす。十一階建てで百五十mもの高さは広島市で最も高いビルとなっている。
基町ビルの周囲は美術館や市民球場に多目的ホールや公園が広がる。昭和から平正にかけて軍用地から様変わりをしていた。
「あのビルは民間企業が持つビルで、中はデパートやホテルが入っています」
冴子は基町ビルについて説明するとカイラは驚く。
「あんなに大きなビルを持つと言う事は大きな会社なのね」
カイラは基町ビルを建てた会社が気になった様子だ。
「行ってみます?」
冴子は試しに聞いてみる。基町ビルならここから近い上に、藤原興産は軍からの仕事を請け負う企業でもあり話しやすい所でもある。
「そうね・・・そう言えば、今は何時かしら?」
唐突な求めに冴子は右腕に付けている腕時計を見る。
「午後三時二十二分ですね」
冴子から時間を聞くとカイラは何かを思い出したような顔になった。
「戻るわ。すぐに帰りましょう」
「わ、分かりました。すぐに車を用意します」
カイラの思わぬ心変わりを喜びつつ冴子は三宅に帰りの用意をさせる。
「アニメですか」
冴子はカイラを武田山の洋館に送り届けた後でカイラが何故帰ると言い出したかが分かった。
「はい。日本に来てからこの時間に放送されているアニメ作品を大変お気に入りで」
ラウエルは説明した。
カイラが武田山の洋館で過ごす中で、気まぐれに見たのがアニメ「魔法騎士姫プリンセス・ソード」と言う作品だ。
主人公は王女で、敵によって祖国と両親を失い集まった仲間と共に祖国と両親の仇を討つと言う内容だった。
原作は少女漫画の雑誌に掲載されていたが、男性ファンも多い作品でもある。
カイラはこの「プリンセス・ソード」にハマり、来客があっても放送が終わるまで待たせる程だった。
「これで門限はできた訳ね」
冴子にとってはカイラが遊びに出る時間が限られる事は朗報だった。
「大尉、不在の間の事ですが。電力会社が警戒線内にある電力設備の点検に来ました」
冴子が一息ついたところで末松が報告する。
「電力会社?本物か?」
「本物でした。提出した社員証と自動車免許を紹介したら本人確認ができました」
「そう。それなら良いわ」
冴子は異常なしだと思えた。
カイラの外出も思ったよりも早く終わった。
思わぬ来訪者も民間企業が点検に来たぐらいだ。
大事ない。大事なく今日は終わる。
(いや、おかしい)
冴子の直感が違和感を出した。
「末松少尉、電力会社から設備点検をすると予告なり連絡はあったか?」
「いえ、ありません。今日は急に来ました」
「おかしい。普通なら何かしらの連絡はする筈よ」
冴子は違和感ら胸騒ぎを感じ始めた。
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