「海の上で」(7)
「その件で岡田の子分となったアナタは、有川中尉から警告を受けても無視していたのね」
冴子と佐々木は取調室の椅子に座り机を挟んで向かい合う。
あたかも本当の取り調べをしているようだ。
「はい。岡田少尉に逆らうような事はできなかった」
佐々木は素直に冴子の問いに答える。
「でも今は、岡田少尉は死んでいる」
「そうですね…」
佐々木は観念した。
「私は岡田少尉の為に岡田少尉らが行っている事に手が回らないようにしていました」
「具体的には?」
「業務隊に監査が行われる情報を事前に伝えたり、岡田少尉について疑いが向けられた時にシロであると報告したりしました」
「それだけ?」
冴子は机の上で手を組んで佐々木を見つめる。
佐々木は黙っているが何か迷っているようだった。
「隠さない方がいいですよ。すぐに分かります」
末松が冴子の背後から佐々木に言う。
冴子は余計な事をするなと一瞬思ったが、口を閉じる佐々木を揺さぶるには良いかと思えた。
「岡田少尉の使いで連絡役もやっていました」
意を決したように佐々木は言った。
「どこと連絡を?」
「上海の憲兵隊です」
冴子は他の憲兵隊もこの事件に加わっている事に内心で驚く。
「上海の憲兵隊と、どんな連絡を?」
「向こうとは物品の注文や、何がいつ届くかの確認ですね。憲兵の回線を使って」
憲兵隊は防諜や対テロの為として独自の回線を使用している。外部に漏れない回線が悪用されたのだ。
「確かに軍法会議ものね」
「そうじゃないんです。こうして自白したのが私だとバレたらマズいんです」
佐々木は血相を変えたように言う。
「どういう事?」
「私が岡田少尉の子分となった後で、上海の犯罪組織が上海の憲兵を脅して連絡役に仕立てたそうです。憲兵の回線を使う為に」
「まさか、上海の犯罪組織が首謀者?」
「おそらく。岡田少尉はそこまで教えてくれなかったし、知りたいとも思わない。でも、裏切ったら上海から殺し屋が来ると岡田少尉は言っていた」
佐々木は怯えたように言う。
上海から殺し屋が来ると言うのは岡田少尉の脅し文句なのか本当なのか、この場で確かめる術が無い。
「どんな証言もする、だから身柄の保護をしてくれ!」
佐々木は涙目で冴子に縋るように迫った。
「もちろん」
冴子が即答すると力が抜けたように佐々木は安堵した。
「これはややっこしい事件になりそうですね」
末松が上海の犯罪組織や憲兵隊が事件に絡んでいると知って、冴子へ言った。
「そう?割と分かりやすくなったわ」
冴子は末松の反応を意外そうに言う。
「上海の犯罪組織、まあ青幣(チンパン)でしょうね。そこが元締めで宇品まで密輸品を流しているんでしょう。岡田少尉はそうして流れて来た密輸品を捌く役目を担っていた」
冴子は岡田少尉と上海との関係を推測した。
「そうなると岡田少尉は青幣に使われていた。と言う事ですか?」
末松の理解に冴子が「そうだと思う」と肯定する。
「そうした事情を笹井軍曹が知っていて、証言してくれるなら良いんだけどね」
ぼやく様に冴子が言った時だった。
冴子の携帯電話が震えて着信を伝える。
「もしもし中尉、どうした?」
電話をかけて来たのは有川だった。
「大尉、笹井軍曹を私の部下が見つけました。東広島の西条です」
「詳しい場所の情報を電紙(でんし:帝国日本ではメールの事を指す)で送って」
「分かりました。笹井を大尉が迎えに行くのですか?」
「いいえ、まずは海軍に伝える。笹井軍曹が海軍の将兵を殺傷した容疑があるからね」
「海軍に義理立てですか?」
有川はどこか尖る言い方をした。
「そう義理立てだ。しこりを残さないようにね」
「分かりました。部下には笹井軍曹が移動しないか監視を続けさせます」
「ああ頼む」
有川との通話を終えると、冴子はすぐに呉海軍警務隊の坂堂に電話をかける。
「憲兵隊の神楽坂大尉です、笹井軍曹が見つかりました」
「ではいつ笹井軍曹の聴取ができますか?」
坂堂は先に同じ陸軍で取り調べをして、後で海軍に聴取できる順番が回って来ると考えていた。
「笹井軍曹はまず海軍で逮捕して貰うと思っています」
「え?いいんですか?」
冴子の提案に坂堂は驚く。
「笹井軍曹は海軍将兵を殺傷した容疑があります。海軍が先に身柄を拘束する権利はあると私は考えています」
「では、先に笹井軍曹を迎えに行きますよ?いいですね?」
坂堂は確認を取る。
「いいですよ。詳しい場所はまた連絡します」
「ご厚意感謝します」
坂堂の感謝の言葉を聞いて冴子は電話を切る。
「大尉、私達はこれからどうします?」
末松が尋ねる。
「白井少佐を連行する」
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