「姉妹」後編

 ケン坊から教えて貰ったフィーネらが隠れている皆実町のアパートの前に冴子達を乗せた七三式は到着した。

 古く築三〇年以上と見える古い二階建てアパート

 そこからドイツ人やロシア人が出て来る気配はない。

 「大尉、周辺に不審者はいません」

 末松が無線で冴子に連絡をする。

 「後は増援を待つだけか」

 冴子はそう思って座席にもたれた時だった。

 「大尉、トラックが一両そちらへ向かいます」

 末松が報告を入れる。そのトラックがアパートの前に止まった。

 トラックは止まるや開いた荷台のドアから次々に緑の作業服を着た男達が降りて来た。

 「こいつらまさか!」

 冴子は七三式から飛び出す。三宅も冴子に少し遅れて七三式から降りる。

 「憲兵隊だ!貴様ら動くな!」

 ホルスターから抜いた拳銃を向けて冴子は作業服の男達に向かって叫ぶ。

 だが作業服の男達は怯む事は無く逆に拳銃を向けて撃った。

 「くそ!」

 射撃をかわすように七三式の後ろの影に冴子と三宅は隠れる。

 「大尉!どうしました?銃声が聞こえました」

 末松が無線で驚いた声で状況を尋ねる。

 「不審者から銃撃を受けている!こっちには来るな!増援を待て!」

 「しかしそれでは大尉と軍曹が危険です!すぐに行きます!」

 「来るな!私も軍曹もそんなにヤワじゃない、少尉は増援を待て!」

 真面目に助けに来ようとする末松を冴子は怒鳴る声で止めた。

 「大尉、連中はアパートの二階へ向かいました。マズイですな」

 三宅が報せる。

 「ふう・・・・」

 冴子はため息を吐く。

 作業服の不審者は八人は居たが冴子と三宅の前には二人だけだ。時折撃って牽制しながら拳銃を向けて警戒している。

 「やるか軍曹」

 冴子は三宅へ言う。

 「いつでもどうぞ」

 三宅は自信のある声で返した。

 「あの二人を倒してアパートの出入り口を押さえる。その間に増援が来るだろう」

 「了解です」

 「では・・・行くぞ!」

 冴子と三宅は同時に拳銃を放ちながら突撃する。


 銃声がしたかと思うと突然アパートのドアが蹴破られた。

 「クリストフ少尉と50233号だな?迎えに来たぞ」

 作業服を着て拳銃を構えるベンカーがクリストフへ言った。

 作業服の集団はベンカーの武装SS特殊部隊であった。

 「くそ・・・」

 クリストフは呻くように悔しがる。

 ユリヤは誰が来たか察して怯える。

 フィーネとレーナはお互いの手を握り恐怖に耐えようとしていた。

 「時間が無い。すぐにここら出るんだ」

 ベンカーは高圧的に命じる。

 「そこの二人もだ。急げ!」

 ベンカーはユリヤとレーナにも命じた。

 四人は重い腰を上げながら渋々ベンカーの命令に従う。

 「見世物じゃねーぞ!出て来るな!」

 ベンカーの部下は銃声やベンカーの大声に何事かと覗きに出て来たアパートの住民へ拳銃を空に向けた威嚇射撃をして追い散らす。

 「すぐに撤収だ!」

 アパートの部屋から四人が出るとベンカーは命じた。

 フィーネら四人を引きずるようにベンカーはアパートからの離脱を行うがアパートの出入り口に二人の憲兵の姿を見て舌打ちする。

 冴子と三宅だった。

 「憲兵隊である!銃撃と誘拐の現行犯で逮捕する!大人しくしろ!」

 冴子は拳銃を構えながら怒鳴る。

 「強行突破だ!」

 ベンカーは命じると部下達は走り出す。

 「軍曹、作業服にだけ当てろ!」

 冴子は突破しようとする武装SSを止めようとするが拳銃では心許ない。機関銃か自動小銃がなければ突撃の衝撃力を止めるのは難しい。

 武装SSとフィーネ達はアパートの二階から地上に降りた時だった。

 武装SSの隊員にフィーネとレーナは引っ張られていた。だがフィーネとレーナは互いに手を繋いでいた。

 しかし走る武装SS隊員によってフィーネとレーナはより強く引っ張られてしまう。

 「あ!レーナ!」

 「フィーネ!」

 二人の両手は離されてしまった。

 目に涙を溜めて二人の少女は別離を嘆くように互いの名を呼ぶ。

 その声は段々と高くなり武装SS隊員の耳が痛くなる。更に冴子も三宅もだった。

 フィーネとレーナの声が超音波の域に達した瞬間だった。

 まばゆい閃光が煌めき誰もが意識を失った。


 「これが50233号の超人たる力だな。素晴らしい!是非とも連れて帰らねば」

 「ライン商会」の事務所でザッハーは作戦の推移を見る為に飛ばしていたドローンでフィーネとレーナが発した閃光を見て狂喜していた。

 ザッハーが言う超人計画は人工的ゲルマン人の脳の全てを全力を使えるようにして神経も脳の全力に合わせて活性化し人類にとって未知の領域に進ませ超人にすると言う計画だ。

 「しかし博士、武装SSの皆は今の光で昏倒しているようです」

 ドローンを操作する男がカメラに映る倒れる皆の姿を見て言うとザッハーは「なんて事だ!」と嘆く。

 冴子も三宅も倒れて気を失い路上に倒れていた。

 そこへ数人の男達が現れた。彼らは誰もが私服だった。リーダーらしきスキンヘッドで丸顔の男が指さす方向に動く。

 指さす方向はフィーネとレーナにユリヤだった。

 無言で彼らはフィーネとレーナ・ユリヤを担ぐと何処かへ連れ去った。

 憲兵隊の増援が到着したのはそれから三分後だった。


 意識を取り戻した神楽坂は広島憲兵隊本部に戻り携帯電話で状況を大原に報告する。

 不思議な現象が起きたとはいえ保護する対象をまんまと連れて行かれてしまった。

 「今回の状況は非常にややっこしい。白昼の銃撃戦にドイツの特殊部隊を拘束して目立つ事件になった」

 ベンカー達は増援に到着した広島憲兵隊により拘束された。

 ベンカーはSSから逃亡したクリストフを捕らえに来たと目的を述べた。だがフィーネを取り戻しに来たとは言っては無い。

 クリストフはベンカーの証言を裏付けるようにSSから逃走したとしか言わない。

 フィーネの事を言えば日本の当局も関心を示して捕まえるのではないかとクリストフは思えたからだ。

 このドイツ兵拘束は報道されて誰もが知る事件となってしまっていた。

 「どうも政府はこの件を大々的に報道してドイツを困らせたいようだ。まったくややっこしい」

 大原は状況を説明する。

 ドイツ兵拘束事件を報道へ流したのは政府だった。米英との関係改善を進めようと試みる現在の井上総理にとっては日本国内でドイツ兵が銃撃戦を起こしたと言うニュースはドイツと距離を置く良い材料になるようだ。

 「保護対象は奪還しますか?」

 冴子はフィーネをどうするか尋ねた。

 「保護してどうする?小田原の連中は目立つ素材はいらないと言っている」

 「小田原は要請を取り消したんですか?」

 「そうだ。任務を終えて帰還して良いぞと言いたいが…地方の憲兵が手柄を立てて中央の憲兵が失態ではいかんと言う頭の固いのが終わらせるなと言ってねえ。とりあえずは取られた対象の保護をしてくれ」

 大原はの適当な命令下達に冴子の右の眉がぴくりと跳ねた。

 「分かりました。任務を続行します。ところで保護した対象はどうします?」

 冴子は了解を伝えながらフィーネの処遇を尋ねる。

 「好きにして構わん。乗る筈だった密航船に乗せてやってもいいし飛行機の旅券でも買って行きたい国に行かせても良い」

 大原はこれも適当な返事だった。冴子はそれも了解と伝える。

 「大尉、今いいですか?」

 末松が通話を終えた冴子を呼ぶ。

 「ええよ」

 「保護対象を連れ去ったのが誰か分かりました。満州国の国籍を持つ周敦平です」

 「特定早いな」

 「実は昼間会った石田警部補から教えて貰いまして」

 「少尉は県警と良い人脈があるようだな」

 「それが…私の父親が広島県警の刑事部長でして。刑事とは話しやすいんですよ」

 末松は少し恥ずかし気に言った。

 「なるほど。しかし言うのは悪いけど警察へ何故行かなかったのだ?」

 「兄も警官になって同じ道を歩むのが嫌になったんですよ」


 未明の広島市内で冴子は三宅と末松を連れて動き出した。

 場所は舟入中町である。

 この場所に来たのは末松から聞いた石田警部補からの情報でここに周のアジトがあると分かったからだ。

 「中央憲兵隊の要覧によると周は満州国の国籍はありますがソ連の工作員です。満州国政府要人の誘拐や在満の日本企業の工場を爆破した疑いがあります。周と行動を共にしている者達も同じくだと思います」

 末松の情報によると今度はソ連の手先が出てきたと分かった。

 冴子は本来の保護対象ではないもう一人の少女(レーナ)がロシア人で取り戻しに来たのだろうと推測できた。

 冴子は世良に増援を頼まなかった。いや頼めなかった。

 任務が中央憲兵隊の面目を保つ為の作戦になっていたからだ。

 しかし三人だけでソ連工作員のアジトに踏み込む無謀を冴子はしない。

 ケン坊へ連絡して組員をアジトの監視に使った。これにはケン坊の失態があったからだ。

 「すまん、あのアパートに居ると教えたのはウチの組員だった」

 ケン坊は電話で冴子に謝る。

 借金に困ったケン坊の舎弟である組員がドイツの諜報員に取り込まれてフィーネ達が隠れているアパートの位置を教えたのだ。

 「すまないと思うなら協力してくれない?」

 冴子はケン坊へ謝るならばと協力させた。

 ソ連の工作員が潜むアジトとなっている倉庫の周辺にケン坊の舎弟である組員が配置され監視に当たっている。

 午前四時

 冴子と三宅に末松は七三式で舟入本町の現場に到着する。

 「倉庫から誰も出て行ってはいない。だがよ中は何人居るのか分からんぞ。三人だけでやるんか?」

 ケン坊は冴子を心配して言った。

 「じゃあ付いて来てくれる?」

 「俺が行く。こっちの不始末は帳消しだぞ」

 「助かる」

 こうして四人による強襲が行われた。

 下士官刀を抜いた三宅が先頭に立ち自動小銃を構える冴子が援護し、拳銃を乱射するケン坊が続く。末松も短機関銃を持ち後衛を担う。

 呆気なく倉庫内は制圧された。

 僅かな見張りだけで他は眠りについていたからだ。

 「憲兵隊です。あなた達を助けに来ました」

 冴子は銃声に目を覚ましたユリヤへドイツ語とロシア語で話しかける。

 「本当?」

 ユリヤは怯えながらレーナとフィーネを抱き寄せながら問いかける。

 「本当です。また希望する国や地域があれば手配いたします」

 ユリヤは柔らかにユリヤの眼を見て話す冴子をじっと見て信用しようと決めた。

 「アメリカへ行きたい。できますか?」

 「できますよ」


 「あそこに見えるのがアメリカ軍の軍艦です。あそこへ向かって歩いて下さい。そしてこの紙を渡してください」

 冴子はユリヤ・フィーネ・レーナを七三式に乗せて広島から呉へ連れて行った。

 呉には日米友好を目的に呉に寄港している米海軍の指揮揚陸艦「ブルーリッジ」があった。そこへ行くように冴子はユリヤへ伝える。

 また冴子はユリヤへ「私達はナチスドイツとソ連共産党の迫害を逃れる為にアメリカへの亡命を希望します」と英文で書いた手紙を渡していた。

 「アメリカへ行かせるなら空路の便を手配するか大阪の米国領事館へ連れて行くべきでは?」

 末松がユリヤ達三人の背中を眺めながら冴子へ尋ねる。

 「ドイツとソ連からの追っ手が一度に来たんだ。あの子達はより安全な移動手段が必要じゃろう。だから治外法権の軍艦が良い」

 旅客機に乗ったり大坂の米国領事館へ向かう時に新しい追っ手がユリヤやフィーネを狙う可能性がある。それを防ぐ方法として冴子は軍艦に乗せて貰いアメリカへ向かう方法だった。

 「ブルーリッジ」の手前で警戒する米海軍の兵士がユリヤ達を止めた。

 その時にユリヤは手紙を兵士に渡す。

 すると兵士は将校を呼び出す。しばらくして男女の将校が「ブルーリッジ」から来てユリヤ達と話すと「ブルーリッジ」の中へ招いた。

 「レーナ、これから私達アメリカへ行くのよ」

 フィーネがレーナへ言う。すっかりお姉さんの風格だ。

 「アメリカへ行ったらフィーネと一緒に居られる?」

 「ずっと一緒よ」

 フィーネへ妹の如く甘えるレーナにフィーネは慈愛の笑みをレーナに見せた。

 姉妹がここに一つできた。

 任務を終えた事を確認すると冴子は三宅に広島へ戻ると命じた。


 「そうですか。アメリカへ行けましたか」

 広島憲兵隊本部の取調室でクリストフは冴子からユリヤ達が「ブルーリッジ」に乗れた事を知り安心した。

 「しかし貴方は残念な事になってしまいましたね」

 冴子は気の毒だとクリストフへ言った。

 「いいんです。逃走を始めた時からフィーネを救えれば満足なんです。むしろ私は貴官の手助けに感謝している」

 クリストフはその後、ベンカー達武装SSの兵士達と共にドイツへ帰った。

 SSから逃げ出した脱走兵と言う罪人として。

 しかし日本を発つ時のクリストフの顔は何かを成し遂げた顔であったと言う。


(了)

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