第14話 探偵の勘ってやつです

 あの日、観たいアニメもなかった上、次の日は早朝から張り込みの予定があったのに深夜まで起きていた自分を今でも賞賛したくなる。

 時期的にそろそろじゃないかな、と思ってはいたのだ。夏夜は高校生になったら小説家になりたいと父に言う予定だと言っていたし、それに父が大反対して夏夜が家出するのも予想していた。

 あとは、探偵の勘というか、そんな非科学的なものが絡んで、何も無くても夜更かしして、いつか訪ねてくるであろう妹を待つのが日課になった。


 だから去年、夏夜がこのマンションの一角を、大荷物と共に訪れた時は本当に報われた気分になったというか。アニメ最終回の展開を友達と予想しあったら自分の考察だけ当たってたみたいな、そんな感じだった。



「……帰ったか」

 短い夢から目覚めるとまず風呂からシャワーの音が耳に届いて、視界がぼやけていると思ったら眼鏡がなかった。手探りで机の上を確認すると、本の横にあった。

 夏夜はこの本を見てラノベだとでも思っただろうか。残念、これは南雲栞の小説だ。なんとなく、夏夜には俺が南雲栞の本を全て揃えているなんて知られたくなかったから、ブックカバーをかけている。

 のそりと立ち上がってみれば、毛布が床に落ちる。


 なにか大事なことを忘れている気がして時計を見た。19時をとうに回っている。

 反射的な叫び声は、多分風呂の中にまで届いたことだろう。


 どうしても見逃したくない回だったのに。

 自室に戻って1人意気消沈するも、気分転換に夏夜の交友関係についてひとつ、推理してみようかと思う。


 夏夜は高校2年になってから、放課後は週3日ほど誰かと遊ぶようになった。1年の時にいた唯一の友達の、双葉葵衣ふたばあおいちゃんではないだろう。

 夏夜は友達がいても学校の休み時間に話すだけで、放課後や休日に出かけたりするタイプじゃない。LINE交換したら会わなくても話せるから会わない、そんな性格だ。


 去年までは小説のネタ集めにとしょっちゅう休みの日は出かけていたけれど、それも最近なくなってしまった。入れ替わるように、2年になってからはその友達の所に行っているようだ。


 なら、夏夜がそこまで引かれる人とはどんな人間か。今まで見たこともないような素晴らしい人格者? 物凄く気の合う人? 人間関係の安定や維持に気を遣ったりはしないだろうから、興味無い奴とつるんでいる線は無しで。


 夏夜が1番に魅力的だと思うもの、それは────小説だ。

 夏夜はきっと、小説のネタになりそうな人間に、しょっちゅう会うくらいだからそれなりの好意を持って関わっている。


 どんな奴だろう。面白い性格なだけで放課後にまで会うくらいの関係を持つのは、夏夜にしてはちょっと珍しいなんてレベルじゃない。であれば、もしかしたら────


 起きたばかりなのに、再び眠くなってきたので考えるのをやめる。それに妹の交友関係を探ろうなんて傍から見たら気持ち悪いと思われても仕方ない。


 それにしてもあのアニメ、録画しておけば見逃すこともなかったのに……。



 中間テストまであと3週間ということで、休み時間にも机から離れずノート作りに勤しむ人が増えてきた。例外をあげるなら、まず藤原君。成績は1年の時からずっと良くないと、何故か自慢げに語っているだけあって授業中の居眠りは直らない。たまに後ろの人に起こされる。


 そして、白刃君。入試の成績トップで入ったらしい彼は、授業中も虚ろな目を黒板に向けているばかりで、ペンがあまり動いていない。そのくせ当てられたら即答できる天才だから、テスト勉強なんて必要ないとでも言いたいのだろう。


 そして私。順位は別に上を狙いたいわけでもないから、テスト2週間前にのんびり始めてもいいかなという、このクラスの2割ほどの人間が持つ考え方を通している。


 葵衣ちゃんは生徒会長として、ひどい点数は絶対に取れないと先週から張り切っている。そんな葵衣ちゃんには今度勉強会しようよと誘われたので、それが実現すれば学校外で友達と会う初めての機会だ。


「ゴールデンウィーク空いてたら、4人で勉強会しようよ!」

 今日の朝、葵衣ちゃんが言い出したことだった。いいね! と藤原君はすぐに賛成し、私もこれはいい経験になるかもと思って賛成した。

 最後に残った1番賛同しそうにない白刃君に対して、3人分の期待の視線を向けると少し気まずそうに「……まぁ、いいけど」と了承の返事をくれた。

 これで、白刃君と仲良くなる機会も出来て一石二鳥だ。


「冬雪、勉強教えてよ」

 学年一の天才に教えを乞う藤原君。白刃君は蛍がよくやるめんどくさそうな表情を浮かべて否定した。


「嫌だよ」

「そう言わずに」


 よく見たら藤原君の目が本気だったので私もフォローを入れる。押しに弱い白刃君は、これで応えてくれるはずだ。


「私も教えて欲しいな、白刃君すっごく頭いいもんね。どんな勉強方法してるのか見たいよ」


 いつも私と目を合わせてくれない白刃君の顔を覗き込んだ。少し長めの前髪の間から暗い瞳が見えたと思ったら、すぐに顔を逸らされる。


「……分かったよ」

「「ありがとう!!」」


 お礼を言う2人分の声が重なった。

 あと残る問題は、どこでやるかだ。これはすぐに決まった。意外なことに、白刃君の家だ。1番気兼ねなくやれる場所のはずだと、藤原君が提案してきたのだ。


 思えば、去年のゴールデンウィークは家に引きこもりっぱなしで誰とも会話しなかったのだけれど、それが嘘のように、明日から始まるゴールデンウィークは今までになく楽しめそうだ。



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