第13話 善意のつもりでした

「……兄? 君のお兄さんは……」

 夜拆さんは少し不思議そうに首を傾げた。彼は兄のことを知らないだろうから、1から説明した方がいいだろう。


「私の兄は探偵なんです。雪蛍さんに夜拆さんのことを聞いた後で、兄に夜拆さんについて聞いたら八辻病院の医者だって言ってて。あっ探偵って言ってもあなたを何かの犯人と思ってるとかそんなんじゃなくてただ、夜拆さんはその、若くてイケメンな先生で有名らしいので。でも兄がどうやって知ったのかは知らないんです……。病院も行ったことないらしいですし」


 物凄く下手な説明になってしまった。文章を考える時間をくれたら、小説を書く要領でかなり端的かつ分かりやすい説明文を書く自信があったのだけど。

 それでも最後まで話を聞いてくれた夜拆さんは納得したように頷いた。


「……うん。だいたい分かった」

「本当ですか」

「つまり、僕のことは色んな人に知れ渡ってるってことだね。君はそれを聞いて、情報を繋げた」

「そうですね」


 すると何故か、少し恥ずかしそうに目を逸らした。数秒考え込んだ後、意を決したようにこちらを見据える。


「……蛍ちゃんは、僕のことをなんて言ってたの?」

「確か、記憶を無くしたくせに能天気で変な奴だ……って」


 夜拆さんはあからさまにがっかりしたように肩を落とした。ズーン、という効果音が聞こえてきそうだ。変な奴と言われたのが、それなりに堪えたようだった。


「そっか……いや、いいんだ。最初は目も合わせてくれなかったんだし」

「そうなんですか」

「君の時は違ったの?」

「うーん……よく思い出せませんが、そこまで警戒されてたわけでも」

「そうなんだ……、やっぱり見た目だけでも同年代って重要なのかなぁ」


 そう呟く夜拆さんは、大学生と間違えられそうなほどに若く見えた。

 医者というからには大学生ではないだろうが、上めに見ても20代半ばに見える。兄が言っていた通り、高身長で、顔立ちはかなり整っている部類に入る。若手俳優か、アイドルだと言われても違和感はない。

 しかし髪の毛が所々はねているあたり、容姿の細かいところに気を配っているわけでもなさそうだ。


 顔がいいといえば白刃君だが、夜拆さんの目は彼のように淀んでいない。普通だ。

 見た目的には30は超えていなさそうだけど、何歳なんだろう。聞いてみたくもあったが、さすがに初対面なのでやめておいた。


 記憶喪失の医者。興味深いので詳しく話を聞いてみたいけれど、そっちの方が年齢を聞くよりもずっと失礼だろう。またの機会に。

 買い物もあるので、兄から拝借した名刺をすっと差し出す。


「兄の探偵事務所です。すいません、記憶の件、聞いちゃって。何かお手伝い出来る事があれば、兄が力になってくれると思います」


 夜拆さんは頭を下げてそれを受け取る。


「ありがとう。……南雲 しのさん、だね。覚えておくよ」


 これで会話を終わりにしてもよかったのだけれど、私はもうひとつ疑問を解消するために向き直った。


「はい。……最後に、夜拆さんはいつも何曜日にここに来るんですか?」

「僕? えっと、火曜、木曜、土曜だね」


 なるほど。会えないわけだ。

「私は、月曜、水曜、金曜です。……今まですれ違わなかったのも、こういうわけですね」


 夜拆さんは納得したように、足だけを山の中に向けたまま振り向いて笑った。


「そういうわけだ」


 うどん3玉と、ついでに食パンと大根とマシュマロを慣れた手つきでカゴに放り込む。白いものばかりだ。いつものように、財布の中のポイントカードを持ってないと言い切る。


 少し遅めの帰宅になってしまって申し訳なく思いながら帰宅すると、リビングのソファで寝ている兄を見つけた。恐らくこの後放送の夕方アニメを見るつもりだったのだろう。

 机の上には厚めの文庫本。読み終わったあとなのか、読もうとしていたのか。ブックカバーがかけられていてなんの本かは分からない。

 起こす前に買ったものを整理しようと台所に向かう。テーブルの上には肉じゃがと、豆腐しか入っていない味噌汁。ワカメがなかったのだろう、買っておけばよかった。兄は先に食べたのだと、食器乾燥機を見て分かった。


 これでも兄がベッド以外で寝る事は珍しい。一旦リビングに戻り、上から毛布をかけて、眼鏡を外して本の横に置いて、起こすのはやめておいた。


 1時間程して、兄の「見逃したああああぁ!!」という叫び声がお風呂の中にまで届いた。


 次の日、雪蛍さんに妖精について聞いてみたら、答えてくれた。しかし、どういう人間が妖精になるのかは今は教えてあげられない、らしい。猫又さんは私に懐いてくれたのか、膝の上で眠っている。


 雪蛍さんからの話をまとめると、妖精は一定条件を満たした人間が死後になるものらしい。姿は生前と必ずしも同じではなく、望んだ姿になれるそうだ。そして、生前の記憶が無い。けれど記憶を取り戻す事は出来るとのことだ。


 そこまで聞いて、記憶が無い、という言葉と結びつく人を思い出して尋ねてみた。

「夜拆さん、もしかして妖精だったり?」

「しない。あの人は人間だよ」

 即答だった。


 確かに、元々妖精は人間だったなんて、私たちの知っているそれとは少し違う。

 それなら、緋鞠ちゃんも、まだ会ったことのない華花はるかさんも、死んだ人間だということになる。ここで、2つ目の疑問が浮かんだ。


「蛍、嫌いなのは生きてる人間だけなの?」

「……人間としての記憶が無くて姿も普通の人間と言えないなら、それは人間じゃない」


 なるほど。つまり蛍は、緋鞠ちゃんや華花さんは嫌いじゃないのか。最後に浮かんだ疑問を雪蛍さんにぶつける。


「記憶が戻ったらどうなるんですか?」

「さぁ。そんな例、見たことないから分からないなぁ」


 笑顔を崩さず煎餅をかじりながら答える雪蛍さん。


「そういえば、昨日から緋鞠ちゃんが見当たらないんですが、どうしてるんでしょう」

「もうすぐ会えると思うよ。緋鞠、夜拆さんが来る日は絶対姿を見せないの」

「それは、どうして」


 台詞は続かなかった。飾り障子が勢いよく開いて、白い塊が部屋に転がり込んできたからだ。

「入るね雪蛍さん、もう入ってるけど! やっほー夏夜ちゃん! 華花ちゃん連れてきたよ! あ、私もこたつ入りたい!」


 そう言ってこたつに滑り込む緋鞠ちゃん。彼女の大きな羽の影に、桃色の頭が見え隠れする。


「もう少し暖かい格好すれば?」呆れたように言う蛍に、緋鞠ちゃんは羽を強調するみたいに上下させた。


「羽が邪魔で着れないんだよね。まぁ寒さなんて感じないからいいけど」


 そう言ってすっかり馴染んでいるように寛ごうとする緋鞠ちゃん。その後ろから女の子が顔を出した。


「あの……お邪魔します雪蛍さん」


 そして桃色の目がこちらを向く。

 桃色の髪と目、そして纏った和服は薄い桃色を基調として桜の柄が描かれている。大きな羽がない分、こちらの方がずっと人間らしい。しかもかなりの美少女だ。

 見た目的には私より2つか3つ年下だ。この子が緋鞠ちゃんの友達の、華花さんだろう。


「初めまして、南雲夏夜です。華花さんですよね。お話は緋鞠ちゃんと蛍から伺ってます」


 華花さんは慌てたように両手をブンブンと振った。

「いえそんな、敬語じゃなくて大丈夫です! ……はい、華花って言います。夏夜さんのことも、緋鞠ちゃんから色々聞いてます」

「そうなんだ。なら華花ちゃんも敬語じゃなくても」

「いえ、私はこっちの方が慣れてるので……! すみません!」


 何故か謝られた。大丈夫だよと返して、雪蛍さんの方を向いた。

「これだけ大勢いて人間が私だけなんて、なんか不思議です」


 私を入れて6人。種族が被っているのは、2人しかいない。蛍の、妖精は人間じゃない論で言えば人間は私だけだ。


 一昨日会ったばかりの緋鞠ちゃんと、今日知り合った華花ちゃんとも話を色々したかったけれど、昨日の買い物に引き続き今日は夕食当番、すなわち煮込みうどんを作る義務がある。なので少し雑談したあとに帰らせてもらうことにした。




 夏夜が帰って少し経ってから。雪蛍はおもむろに、無駄だと分かっていながら緋鞠にいつもの話題を振る。

「夜拆さん、明日来るだろうけど会わなくていいの?」

 緋鞠は意思固く静かに首を振る。

「……いいの。あの人は、何も思い出せないままの方が幸せだから」

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