第6話 夜更かしと内緒話は早めに切り上げて
「お兄ちゃん、夜拆さんって人に心当たりある?」
自宅。先程雪蛍さんに聞いた、私が知っているかもしれない夜拆という人が一体誰なのか、寝る前に気になって探偵の兄に聞いてみる。
「あー、あれだ。八辻病院あるだろ。そこの若い先生だよ。すっげーイケメンの」
なるほど。私が知らないわけだ。何せ大病院の世話になるほどの病気や怪我をしたことはないからだ。
「よく知ってたね」
「探偵舐めんなよ」
そう言ってソファ越しに振り向いてみせたが、背後のテレビに映るアニメと机の上のポテチとコーラがなんとも締りない。
「……今、夜中の2時なんだけど」
この兄は真夜中にアニメを見ながらスナックと炭酸を嗜んでいる。自室で本を読んでいたらこんな時間で、水でも飲もうかと出てきたらこの有様だ。なんともうらやま、いやこんな大人にはなりたくない。
「知ってるよ。深夜アニメはリアタイして余韻に浸りながら寝るのが1番だろ」
さいですか。ちなみに私は歯磨きをしてしまったのでもうお菓子は食べられない。目の前でこう広げられては手を伸ばしたくもなるけれど。諦めて寝室に戻ろうとする、その前に兄に一言だけ。
「生活習慣病になって病院行きになっても知らないからね!」
「面白いお兄さんだね」
「そうかな」
翌日、というかその日の朝、教室では葵衣ちゃん、藤原君、そして白刃君の3人が白刃君の机の周りで談笑していたので、白刃君とは席が隣の私も席に着くや否や葵衣ちゃんに絡まれ輪の中に入ることになった。
葵衣ちゃんがそのうちに私の兄についての話題を振ってきたので昨日、というか今日の深夜の事を話したら藤原君が食いついてきたのだ。
「探偵なんて珍しいし、面白そうじゃん」
「他は知らないけど、うちのはただの変人だよ」
「夏夜ちゃんのお兄さんね、凄くかっこいいんだよ。あれはモテるよ。あと夏夜ちゃんに似てる」
葵衣ちゃんが褒めてくるけれど、一緒に暮らしているから顔がいいとかは別に思わない。そうだ、顔がいいといえば、少し気になっていたことがあったんだった。
「白刃君もかなりモテそうな感じだけど、彼女とかいるの?」
何がまずかったのだろう。それまでいい感じに、青春と呼ぶに相応しいような空間が、ホームルームの時間に向けてゆっくりと進んでいた時計の針が、終始楽しそうに話していた2人の顔が、会話が、止まった。凍ったと言った方がいいかもしれない。
「…………」
「……?」
一転、気まずそうにうつむき加減で教室の床や壁に視線を這わせる葵衣ちゃんと藤原君。何も分かっていないのはおそらく私だけで、2人を交互に見て、答えをくれそうもない最後の1人に目をやる。
私が会話に入った時から表情を全く変えていなかった白刃君が、一瞬、少し困ったような表情を浮かべた。
「…………いない」
その言葉になんの事かと、自分のした質問すら忘れて首を傾げそうになった。
「……あ、そうなんだ。えっと……なんか、ごめんね」
結局、沈黙の理由ははっきり分からないまま、ホームルームを知らせるチャイムが鳴ってしまった。
昼休み、気まずいながらもやっぱりさっきの2人の様子が気になって葵衣ちゃんに中庭でお昼を食べようと誘ったところ、意外にも何もなかったように笑顔の首肯が帰ってきた。
「葵衣ちゃん、それ好きだよね」
いつもながら葵衣ちゃんは袋入りの煮干しを食べている。目立つ字で「お徳用」と書かれている。実のところ昼休みにそれ以外食べてるのを見た事がない。鞄に付けた猫のストラップや猫のようなアーモンド型の目も相まって、なんだか猫のようだと度々思う。
「まぁね」
「あのさ、朝、何かまずいこと言ったかな」
本題に入った私に、葵衣ちゃんはやはり思案げに目線を泳がせる。
「あー……」
「いいよ双葉さん。俺が話す」
そこに入ってきたのは藤原君だった。いつもの穏やかな表情を崩さず、しかし眉は少し困ったように下がり気味に声をかけてきた。
「いいの?」
「話したとして怒るような奴じゃないさ。南雲さんも、言いふらしたりするようには見えないし、何でもないとか言われても腑に落ちないだろ?」
「そうだね」
それから、藤原君は話し出した。白刃君を抜きにして話すのは、少し躊躇われるような話を。
「中2の時、俺らのクラスの女子が3人、立て続けに自殺した。2人は冬雪をいじめてた奴、もう1人は冬雪の彼女だ」
思わず眉を顰めた。なんとなく、彼女は死んだのだろうと、予想はついていたのだ。だけどこうも直球で話されたら表情を変えずというのは難しい。
「冬雪はいじめの事、上手いこと俺らに隠してたつもりだったみたいだけど、クラス全員気づいてた。だからその時、あいつが何かやったんじゃないかって疑われた。でも
「……いや、知らないかな」
ニュースなんてまともに見ないので、例えそれが新聞の一面に載るものだとしてもそれを見てすらいない私は何も知らない。
「冬雪、元々暗い奴だったんだけどあれからもっとひどくなったな。今はマシになったくらい」
「えっ、あれで?」
「話しかけても上の空って事が多かったし、ご飯だってまともに食べなくて、1回目の前で倒れられた時あったな。あれは焦った。それまでもだけど、それからは余計に人との関わりを避けるようになってさ。高校入ってからはその事知ってる人ほとんどいなくなったけど、まぁ冬雪が次の彼女作る気はないだろうな。多分一生」
話が終わって、手元を見るとお弁当が全く減っていない事に気付いた。昼休みはあと数分で終わる。帰ってから食べよう。
「……なんか、ごめんね。そんな話、私が聞いていいものじゃ」
言葉を紡ごうとした私の台詞を藤原君が遮った。
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、それで怒るような奴じゃないから。それより、その事であいつに同情の目向けたりするのとかはやめてやって欲しい。そういうの、冬雪が1番嫌ってるから」
「分かった」
大丈夫。その気持ちは、私にもよくわかるから。
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