第四場 開演

 本読みという名の作戦会議の後、地下三階まで轟く雷鳴。それが開演の合図だった。地上は土砂降りの雨かもしれない。


「大主教さまの目的はヨークの血を引く者を王座に据え、魔法の力で世界を手に入れることですわ。シェイクスピアの魔法の力と宝珠オーブ、そしてヨークの血を引くお嬢さんが揃ったんですもの。


人々の四肢五体には呪いが降り、家の内には争いが、国の内には内乱が屍の山を築きますわ。流血と破壊が日常となり、復讐を求めて彷徨うヨークの魂は王者のように雄叫びを上げ、その所業は死肉の山と共に天までその悪臭を放つんですわ」


 さしずめ、雄叫びはコーラスといったところか。


「そんな世界やだよね~。『不幸よ、喜んでおまえを受け入れよう』なんて絶対言いたくないよ」

「おや、ハムレット殿下なら言いそうなものですが」


「こんな腐敗しきった世界では、美徳が悪徳に赦しを乞わねばならない。それどころか正しいことをするのに頭を下げて機嫌を取らねばならないのだ。ね〜ウィリアム、僕たち解放されたいんだ。君の物語に入れてよ」


「君さ、セリフ多くて絶対大変なやつだよね?考えとく」

「絶対約束だよ?」


「ところでさ、大主教側の主演ってやっぱ白薔薇三兄弟の末っ子?会ったことある?」

「僕たちもまだ本人は見てないけど、兄二人になら会ったことあるよ。三兄弟揃うと無情な海に流砂と岩礁が合わさったみたいなものだからね〜」


「あなたたち!そんなこと言ってる場合ではありませんわよ!」

 エレノアが指差した先、そこには———


「じいちゃん!!」

 駆け寄ろうとしたトニーの足が途中で止まってしまう。それほど禍々しいものに包まれた大主教は見えない目でライラを見て、歯のない口で笑う。それは今まで見たどんな顔よりも不気味で、背筋が寒くなった。


「この時を待ちわびていた…! エリザベスに娘が泣き叫び助けを乞う姿を見せつけてやるのだ。だが殺してはならぬぞ。娘には王冠を手にする資格がある」

 しわがれた声はなぜかこの地下空間によく響き、体の内部に入り込まれるようだ。


「泣き叫ばせるには周りを殺してもええやろ? 用済みのシェイクスピアまで揃うてるんやし」

「裏切り者のエレノアもね」

 主演女優の座を争うタモラとマーガレット。


「この期に及んでまだ配役争いしてるようじゃ、どうしようもない劇団だね」

 小声でウィリアムが言うので、ライラは思わず笑ってしまった。おかげで怖さも少し遠ざかる。


 脚本家の大主教の手には、青色とオレンジ色———月と太陽の宝珠オーブ

「完成した魔法を見るがよい」


 二つの宝珠からバチッと閃光が走ったと思うと、みるみるうちにどす黒い煙が上がり、大主教の姿も、タモラもマーガレットも見えなくなる。あの煙に触れただけでどうにかなりそうで、誰も動けなかった。


 やがて、薄くなったもやの中から一人の男が現れる。いや、その身丈や顔かたちは少年と言っていい。

「あぁ…我が弟よ。ようやく戻って来たか」

 大主教の脇に控えていた二人の男が近寄り、三人で抱擁する。


「100年ぶりだよ、エドワード兄さん、クラレンス兄さん。100年間、ランカスター家への恨みを忘れたことなど片時もなかった。今こそ再び、ランカスターの血を根絶やしにする時だ」


 肩丈の白髪はみずみずしい白薔薇の花弁、そして光を通さない闇色の瞳。少年のようだが、老人のようでもある。


「リチャード3世。薔薇戦争の最後の王、そしてヨーク家の王だ」

 ボズワーズの戦いでランカスター家のリッチモンド伯ヘンリー(ヘンリー7世)に敗れ、戦死した後もその遺体は辱められたという。


「お前がウィリアム・シェイクスピアか。もう一度物語を紡ぎ直す気分はすこぶる良いな。お前の頭の中で生きる奴らにも、大主教の元で己の望む結末を与えてやったらどうだ」


 目線を送られたパックは、慌ててウィリアムの頭の後ろに隠れた。

 尊大な話し方とは裏腹に、リチャードの声にはまだ成熟しきっていない危うさが残る。


「マクベスよ、お前はなぜそちら側にいる?お前の望む結末は、スコットランド王として子々孫々の代まで繁栄することだろう。その為に王を殺し、友を殺したのではなかったか。オセロよ、お前は自ら手にかけてしまった妻を蘇らせたかったのだろう。望みを叶えてくれたのは誰だ?」


 話す姿からは、抗いがたい威圧感と、服従してしまいたくなるような鋭利な殺気が匂い立つ。白い髪を揺らすことなく淡々としながら、その一言一言に否応なしに胸の奥をこじ開けられるような気がした。


 見れば、大主教は相変わらず気味の悪い笑みを浮かべ、タモラやジャンヌダルクも同じ。だがマーガレットだけは汚らわしものを見る目でリチャードを睨み続けている。


 マクベスは一呼吸置き、端正な顔をウィリアムに向けた。


「…スコットランド王を殺してからの俺は、生ける屍だった。明日、明日、明日、一日がのろのろ這うように過ぎてやがて最後に行きつく。昨日までの一歩一歩が愚か者が辿る死への道のりを照らしている。人生は歩く影法師、あわれな役者た。眠りを殺し、後悔することも許されず、恐怖の味も忘れた」


 マクベスは続ける。

「しかし、望む結末を生きるだけが人ではない。劇は愚かなものを愚かな形のままに映し出すもの。そうであろう?シェイクスピア」


 しかしそう言った直後、ウィリアムの目の前でマクベスの体を閃光が切り裂く。体から噴き出した黒い血が、ウィリアムの顔や服を染める。

「え…マクベス…?なんで血があるんだよ…お前は大主教の———」

 閃光の先はリチャードの指だった。


「目障りな小虫が」

 やはりリチャードは眉一つ、髪の毛一筋すら動かさなかった。しかし全身からにじみ出る負の感情に体を溶かされるような気がして、ライラは一歩二歩と下がってしまう。


「彼はもう、君の魔法の一部になっているからだよ。もう想像してるんでしょ?マクベスの物語を」

 ハムレットに言われ、はっとした表情のウィリアム。


「でも、ウィリアムは肉1ポンドを取られて魔法を失ったんじゃなかったの?」

「魔法の源は星の雫だよ?それを消すことなんていくら大主教でもできないし、シェイクスピアの魔法は想像力で形作られてるんだよ」


「想像力…。———きれいは汚い、汚いはきれい。それが人だよな、マクベス」

 独り言のようにウィリアムは語りかけて、ライラと目が合うと頷く。

「パックを出せたんだ。他のキャラも、もう一度想像すれば出せるかもしれない」


「いーなぁ、僕のことも君の魔法で表現してよ〜。たとえ望む結末にならなくても僕はいいよ?妖精君みたいになりたいな〜」

「お前なんかにウィリアムは渡さないからな!」


 ウィリアムのふわふわ髪に隠れていたパックがわざわざ出て来てべーっと舌を出すが、そんな場合ではない。

 リチャードの奴、めちゃめちゃ強いじゃない!


「けど、魔法でキャラ出すのはもうちょっと温存しといたほうがいいね~。どうする~オセロ?」

 最初はマクベス、オセロの肉弾戦組でリチャードの長兄と次兄を攻撃予定だったが、戦う前に一人失ってしまった。


「問題ない。私が二人倒すまでだ!」

 抜剣したオセロが走る。向かうのは長兄の方、ちょっと長めの顎が整いすぎた顔に愛嬌を与えているエドワード4世。


「貴様よくも私の妻を!デズデモーナを口説いてくれたな!!」

 と、どうやらオセロには個人的な恨みがあるようだ。


「別居になったのはキサマの責任だろう?僕が責められるいわれは無い」

 弾き返しながらエドワードは鼻と顎で笑う。


「どう見ても彼女にはキサマより僕の方がお似合いだ。だから僕の元へ来たんだよ。いい加減認めたまえ」

 なんの因縁だろうか。ライラのそれを察したハムレットが説明してくれる。


「オセロは、奥さんが浮気してるって嘘でイアーゴに騙されて、奥さんを殺害しちゃったんだけどね、それを大主教に生き返らせてもらったんだ。でもせっかくまた一緒に暮らし始めたのに、コリオレイナスにいじめられてアル中になって家で暴れてさ、泣いてた奥さんにエドワードは付け入ったってわけ。あいつ女好きなんだよ~。僕のオフィーリアも声かけられたって言ってたもん」


「そうなの…」

 大主教の魔法による第二の人生も、なかなか望むようにはいかないのだろうか。


「ぐっっ…!おのれ…殺す…!絶対に殺す!お前もデズデモーナもだぁぁぁっ!!」

 完全に理性を失って隙だらけのオセロに、横から次兄クラレンスが迫る。しかし怒りで視界が極度に狭くなっているオセロは気付かない。


 もらったと、クラレンスの唇が釣り上がる。しかし、

「…女、邪魔をするな」

間一髪、剣を受け止めたのはアンだった。


「挑発に乗っては駄目だオセロ殿!怒りはもっともだが、冷静にならねば取り戻せるものも失うことになります」

「ううううむぅ!」

 必死で怒りを抑えようとするオセロの横で、アンはクラレンスを撃退していく。


「美しい…」

 その姿にエドワードが呟いた。



※エドワード4世 『ヘンリー六世 第二部・第三部』『リチャード三世』に登場。ヨーク公の息子で三兄弟の長兄。ヘンリー6世を退位させ即位する。

※クラレンス公ジョージ 『ヘンリー六世 第三部』『リチャード三世』に登場。ヨーク公の息子で三兄弟の次兄。リチャードに嵌められ暗殺される。


※『マクベス』

四大悲劇の一つ。舞台はスコットランド。

スコットランドの将軍マクベスは連戦連勝で出世街道まっしぐら。そこへ魔女から「必ずや王になる方」と予言され、王冠が頭にちらついてしまう。より強く予言の呪縛に捕われてしまうのが夫人。「乳を飲んで笑う赤子の頭をかち割ってやる」の名言で夫を焚きつけ、ついにマクベスは王を暗殺してしまう。予言を現実にした夫婦は王座の安泰のため、王の息子や友人を次々に殺害するという地獄へ転落していく。マクベスも夫人も精神不安定に陥り、不眠と幻覚に悩まされる。再度魔女にすがるマクベスに「バーナムの森が進軍しない限り負けない」「女の股から生まれた男にマクベスは殺せない」と予言が与えられるが、最後は帝王切開で生まれた貴族マクダフに命を奪われる。

話が短く展開が早いので読みやすい。見どころはマクベス夫人のあげまんぶり。


※「人々の四肢五体には呪いが降り、家の内には争いが、国の内には内乱が屍の山を築きますわ。流血と破壊が日常となり、復讐を求めて彷徨うヨークの魂は王者のように雄叫びを上げ、その所業は死肉の山と共に天までその悪臭を放つんですわ」『ジュリアス・シーザー』第三幕第一場アントニー

※「不幸よ、喜んでおまえを受け入れよう」『ヘンリー六世 第三部』第三幕第一場ヘンリー

※「きれいは汚い、汚いはきれい」『マクベス』第一幕第一場 三人の魔女

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