第二場 妖精パック
しばらく歩いて、人気のない民家の軒下に腰を下ろした。小雨が本降りになったので、雨宿りである。
「ふーん、おつかいの途中にねえ。狙われる理由に全く心当たりないんだ?」
「そう!だからちゃんと話して、人違いだって分かってもらわないと」
「国教会の連中は話して分かる奴じゃないよ。目的を達成できれば、関係者以外に犠牲が出ようが構わない奴らだ」
それを聞いて余計に気分が落ち込む。なんでわたしが誘拐なんて。べつにうちはお金持ちでもないのに。
「お母さんとお父さん、大丈夫かな」
「心配なのは分かるけど、家はダメだよ」
うつむいたままのライラ。
「おれは国教会に追われ慣れてるからさ、後で見てきてやるよ。きっと大丈夫だ」
そうは言われても…。
ライラの表情が変わらないのを見てウィリアムは明るく、
「そうだ、面白い話してあげようか」
とライラの目を覗き込み微笑んだ。
雨空で辺りはどんより薄暗いのに、オレンジ色の大きな瞳が光を受けたように輝いている。
むかしむかしあるところに、セッ○スが大好きな人妻がおりました。人妻の夫が衰弱して死んだのを始まりに、村では男たちが精気を吸い取られたように次々と過労死していきます。しかし人妻は元気いっぱい。ついに村には一人も男がいなくなったので、人妻が次に向かったのは
「ちょっちょっと!」
楽しい話ってぇ!?
イングランドで女性は12歳から結婚できる。ライラは13歳なので、言葉の意味は聞かされている。だが免疫はまだないのだ。顔が熱くなるのを感じる。
「あ、ダメ?じゃあ次ね」
むかしむかし、ヴェローナではモンタギュー家とキャピュレット家が先祖代々争いを繰り広げていました。両家の抗争は、目が合えば口よりも先に剣を抜くという血生臭いものです。
ある日、向こうからキャピュレット家に仕える男たちがやって来ました。
「俺はモンタギュー家の奴とありゃ、いきなり張っ倒して勝ってみるぜ。それが女なら上に乗って押さえ込む」
「女に手は出すなよ。ご主人サマたちと俺たち野郎同士のことだ」
「どっちも同じだろ。野郎同士のケンカの後は、女の急所も刺し貫いて逝かせてやるさ」
「女の急所?」
「おうよ、女のアソコだ」
「先にイクのは女の方ってわけか」
「抜き身がおっ立つだろ。俺の大きなイチモツでじっくりやってやるさ」
「乾いてシワシワに縮んだ魚の干物ってとこだな。おい抜けよ、モンタギュー家の奴らだ」
「俺の抜き身はこれだ」
「ストーップ!だからさあ!楽しくないから!」
「え?これもダメ?女子が好きそうな純愛悲恋物語なんだけど。ライラって意外とワガママだなあ」
口を尖らすウィリアム。
「あのね、初対面の女子に話す内容じゃなくない?」
「そんなことないさ、下ネタは万国共通、どんな世代にも通じる笑いだよ」
「笑えないから!」
本気で言ってるのだろう、楽しそうなのは一人ウィリアムだけだ。どうしよう、この人ただの変態じゃないの…。
「もーしょうがないなあ、じゃ、とっておきだよ?」
ウィリアムはライラの手を取ると、人差し指で手のひらに何かを書いた。
「え、なに?Puck…?」
すると手のひらからキラキラした煙が上がる。不思議と熱さはなく、煙の中から背中に蝶のような羽根が生えた男の子が現れた。
綺麗な顔立ちに、いたずらっぽく輝く瞳は緑。全長は1フィート(30cm)くらいで、衣服なのか皮膚なのか体毛なのか、首から爪先まで花びらのようなものに覆われている。
「ハロー、ボクはパック。陽気な夜のさまよい人さ。君は?」
妖精だ。このビジュアルは妖精以外にない。耳がとんがってるもの。喋って飛んで、なんかキラキラしてる。
「幻じゃないのよね。見てはいけないものが見えてるんじゃないのよね」
「イングランドじゃこれを魔法って言うんでしょ。ボクは一応こいつの下僕ってことになってるからね、用件はなに?」
と、こいつことウィリアムの周りをグルグル飛んで回りながら、キラキラを振りまく。
「彼女はライラ。イングランド国教会に狙われてて、元気を無くしてるから励ましてほしくてね」
「妖精…ほんとにいたんだ」
病や傷を癒す魔法があるのは知っていたが、こんなのは初めてだ。感じたのは驚き、そして空想が現実に現れたという喜び。
「またそういう面倒を丸投げしようとする。まずもうちょっと自分で努力しろよな。妖精遣い荒いんだよ。それにライラちゃんよ、あんた一体何やらかして狙われてんの?まさかその歳で『地獄に堕ちるほどイカせて欲しい』とか言っちゃった?それヤバいよ魔女だよ」
「言うかアホ!」
前言撤回、妖精こんなん違うわ!わたしの夢を返してよ!主人が主人なら下僕も下僕だ。
「ゴメンこいつの特技、早とちりだから。パック、彼女が狙われる理由は分からないんだよ。だから余計に不安になってるの。そこ理解してあげて」
「へー、あいつらしつこいし思い込んだら一直線だからな。でもこいつと一緒なら心配ないよ。逃げ足だけは天下一品だから」
そういえば逃げている途中、いきなり中世の戦士が現れた。もしかしてあれもパックと同じ妖精か、魔法なのだろうか。
「…ウィリアムはどうして追われているの?」
さっき、追われ慣れていると言っていた。
「おれ?うーん、簡単に言うと、面白すぎる罪かな。おれさ、劇作家目指してるんだよね」
「面白すぎるぅ?ただの下ネタじゃんか。なんで国教会が取り締まる必要があるんだよ」
間髪入れずにパックの突っ込み。
「笑いは破壊だからね。国教会はおれを恐れているのさ」
穏やかに微笑んだその目に炎を宿したまま、ウィリアムは続ける。
「パックの言う通り、おれは逃げ足には自信があるから、君を守って必ず家まで送り届けると約束できる。一緒に来ないかい?」
「一人よりその方がいいと思うな。かわいいパックはあんたが気に入った。きっと幸運が味方してくれるよ」
自分でかわいいとか言っちゃってるし…。
ライラの周りでパックはキラキラした粒を落とした。それは光のシャワーのように降り注いで、ほんの少し気持ちが上向くのを感じた。
「わかった。なるたけ早く家に帰れるようにお願いします」
今はこうするしかない。なぜならこんなところ来たことないし、家に帰る道順すら分からないのだから!
※『ロミオとジュリエット』第一幕第一場 キャピュレット家の下男サムソンとグレゴリーの会話
ヴェローナの名門、モンタギュー家の息子ロミオとキャピュレット家の令嬢ジュリエットが、出会って1週間以内に駆け落ちして秘密結婚して自ら死へ突き進む物語。
「ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」のセリフはあまりに有名だが、出だしはこんな下ネタから始まる。ちなみにジュリエットの乳母も下ネタ好き。
※妖精パック
『夏の夜の夢』に登場する。本名ロビン・グッドフェロー。妖精界のジャニーズJr。
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