第2話 ホスティムの呪い

 俺は指輪を外そうとするが、指に吸い付いているかのようにまったく動かない。


「くそっ‥‥‥‥どうなってんだよ」


 暫く引っ張ったり、まわしたりしてみたが指輪が抜けることはなかった。


「マジ‥‥‥‥信じらんねぇ」


 自分の身に起こったことが信じられない。いや、信じたくない。指輪をいじりながらポヨンポヨンと跳ねている相棒のスライム(チビドラ)を見る。


 こいつ自分がスライムになったこと分かってねえだろ。それともスライムになったことは、こいつにとっては大した問題じゃないのか?


 やけに楽しそうにポヨンポヨンと跳ねているのをみて、必死で指輪を外そうと四苦八苦しているのがアホらしくなってくる。俺の鑑定では呪いが掛かってるとはでてなかったから違うとは思うが、念のためロン婆さんのとこに行って見てもらうかと立ち上がる。


「ロン婆さんとこ行くぞ」


 相棒のスライム(チビドラ)に声を掛けて町へと戻っていった。





 町の入り口のところで顔馴染みの門番アレクにギルドカードを見せると、やはりというべきかスライムのことで質問される。


「ギル、お前なんでスライムなんかつれてんだよ、チビドラはどうした?」

「あぁ、‥‥‥‥こいつがチビドラだ」

「はあ?」

「だからっ、チビドラがスライムになったんだよ」

「なに、わけわかんないこといってんだよ」

「‥‥‥‥」

「それで、チビドラは?」


 俺はポヨンポヨンと跳ねているスライム(チビドラ)を無言で指差す。アレクは俺とスライム(チビドラ)を交互にみて、待つこと数十秒。


「‥‥‥‥おい」


 からかわれていると思ったのか冷眼で睨み付けてきた。

 俺は指輪を嵌めるとチビドラがスライムに変化したことを話した。


「おいおい‥‥‥‥嘘だろ!?」


 信じられないと疑いの眼差しで見てくる。

 そして俺が真剣に話したにも関わらず、チビドラを捨ててスライムをテイムした頭の可笑しい奴、という疑いは最後まで晴れることはなかった。


 こんな話‥‥‥‥信じられないよな、俺も未だに信じらんねえよ。


 何か言いたそうなアレクの横を通って町へと入り、ロン婆さんの家へ向かう。大通りから路地に入り、そこから更に裏路地に入って怪しげな看板を掲げた店に入る。

 店内は雑然としており、一見しただけでは用途の分からない物もある。そんな物には目もくれず、店の奥へ進みカウンターの呼び鈴を鳴らす。


 店番がいなくて不用心なことこの上ないが、ロン婆さんの魔法で店から勝手に物を持ち出すことは出来ない。それ以前にロン婆さんの店から盗難しようなんて度胸のある奴はこの町にはいないだろう。

 通称、まじない婆さん、ホライズン大陸で五本の指に入ると言われているいる呪術を得意としている魔法使いである。


 よっこらせという声が奥から聞こえ、ロン婆さんが顔を見せた。


「誰かと思ったら、ギルかい」

「ちょっと見てほしいもんがあってな」


 世間では恐れられているロン婆さんを子供の頃から知っている俺は挨拶もそこそこに指輪を見せた。

 暫く指輪を見ていたロン婆さんが顔をあげたとき難しい顔をしていた。


「‥‥‥‥呪いの指輪だね」

「チッ‥‥‥‥やっぱり、呪いかよ」


 まあ、分かってはいたがロン婆さんにはっきり言われると苛立たしくて顔が歪む。


「俺が鑑定しても、呪われてるなんてでなかったぜ?」

「‥‥‥‥」


 ロン婆さんが俺の指に嵌まった指輪を、いつになく真剣な顔で食い入るように見つめる様子に俺も落ち着かなくなる。


「ロン婆さん!」


 ため息をついて俺の顔をみると「茶でも飲むかい」と茶をいれだした。コトっと俺の前に湯呑みを置くと、ロン婆さんも自分の湯呑みに口をつけた。

 俺も湯呑みに口をつけ、ロン婆さんから茶をだして貰ったのは初めてだなと頭をよぎる。すると普段とは違う態度に益々、落ち着かなくなってくる。


「なあ‥‥‥‥これ外してくれ!」


 指輪をロン婆さんの前に差し出すが、ロン婆さんはチラリと見ただけで茶をすすっている。

 反応のないことに苛立って声が低くなる。


「‥‥‥‥外してくれ」


 ため息をついたロン婆さんからでた言葉は、俺を地獄に突き落とすものだった。


「その指輪は、私でも外せないよ」

「はぁ、冗談だろ! ロン婆さんに解けない呪いなんてあんのかよ!」

「‥‥‥‥私だって解けないとは言いたくないよ」

「それなら」

「ほんとに解けないんだよ‥‥‥‥ホスティムの呪い」

「?」

「数百年前に滅んだホスティム王朝で使われていた呪いの魔導具‥‥‥‥太古の呪いだよ」

「‥‥‥‥なんだよ、それ」

「まったく、どこでそんなもん拾ってきたんだい」


 ロン婆さんに大きなため息をつかれて呆れられてしまった。


「迷宮」

「運が悪かったと諦めな」

「ぐぬぬ‥‥‥‥頼むよ、何とかしてくれよ」


 諦めろと言われて『はい、そうですか』というわけにいかない。俺が必死に頼みこむと、ロン婆さんも憐れに思ったようだ。


「はぁ‥‥‥‥しょうがないねぇ‥‥‥‥古い書物でも読んでみようかね‥‥‥でも、期待しないどくれ」

「ありがとう、ロン婆さん、恩にきるよ」


 呪いを解く方法が見つかることを祈ってロン婆さんの店を出た。






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