第4話 負けイベントっぽいボスバトル


 俺の目の前に悠然と立つ、四足歩行の黒き龍──隕龍を睥睨する。周囲は岩が突き出していたり、所々マグマが吹き出していたりで、俺が目覚めた直後の姿は見る影もなかった。

 

「俺が倒すって言ったって、こんな化け物どうすりゃいいんだよ...!?」

 

 そう。俺はただの一般人で、しかもようやく異世界に来てしまった事を実感し始めた頃なのだ。おまけに武器もなければ、フィールドは向こうの咆哮一つで簡単に作り変えられてしまう。このままいけば、死、あるのみである。


 死ぬのは、嫌だ。


「ならば超えてみせろ、ニンゲン」


 邪神が心の中を見透かしたように背後から語りかけて来た。それが出来れば、どんなに楽なことか──


「グァァァァアオ!!!」

「うおぉぉぉぉぉっ!!!?」

 

 三度隕龍が吼え、隆起する地面と吹き出すマグマが突破口を考える暇もなく俺に襲いかかった。

 振動する地面に気を払いながらも、俺は噴出する土煙に紛れて大きく時計回りに走り込み、隕龍から見て右斜め後ろの、隆起した地面の影に隠れた。


 自分の体を見てみる。服は所々破れているが、特に負傷箇所は見当たらない。アドレナリンが出ているせいで痛みを感じていないのかもと思っていたが、そんな事はなくて一先ず息をついた。

 隕龍の咆哮攻撃は正確に俺を捉えられているわけではないようだが、範囲は馬鹿にならないほど広く、偶然にでも当たってしまえばその瞬間ゲームオーバーだ。


「しかもハードコアモードと来た。戦おうにも武器もなけりゃ地の利もない、このまま逃げても多分バレる、絶対負けイベントだろこれ...!?」

「逃げるな、ニンゲン」

「うおっ!?」


 背後から声をかけられ、思わず大声を出してしまった。隕龍に気付かれていないか確認しながらも、背後の声の主である邪神の方へと振り向いた。

 邪神は両手を胸の前で組み仁王立ちしていた。体には傷はおろか汚れひとつすらない。

 この場では異様なその光景に、改めて目の前の、金髪で頭に角が生えていて、高級そうな黒いドレスを着ていて、なんかオーラっぽいものを纏っている以外は普通の可愛い女の子が邪神であるという認識を、否応なくさせられた。

 

「そんな簡単に言うなよ。俺はただの一般人だぞ?ついでに言えば、腕力も体力も、20歳男性の平均よりちょい下だ」

「貴様、我の『加護』がありながらまだそのような戯言を」


 そう言いながらも、邪神はどこか愉しんでいるように見えた。


「『加護』って、スキルにあった『邪神の加護』ってやつか?名前からして不吉...間違えた。パッシブなんだろうけど、特に効果は感じられてないんだが...」

「気付いていないようだな。隕龍の『咆哮ハウル』を真正面から聞いて立っていられるのは、人間業では到底不可能だ」

「え゛っ」

「細かい説明は後ほど、貴様があの喧しいトカゲを始末してからだ。一度しか言わんぞ、心して拝聴しろ」

 

 そう言うと邪神は、衝撃の事実──さっきのも十分衝撃だったけど──を俺に伝えたのだ。


「貴様には、我の凡そ六千万八百三万分の一の力が加護として与えられている」

 

 ...衝撃の事実を、俺に伝えたのだ。

 

「え、なんて?」

「二度は言わんと言ったぞグズが。殺れ。あのトカゲ程度であれば、貴様でも討ち滅ぼせるだろうよ」

「いやでもそれどんなもんか全く分からなぃぃぃぃい!?」


 最後まで言う前に襟首を掴まれ、俺の体はいとも容易く宙を舞った。

 情けない悲鳴をあげながらも、隆起した地面を軽々と越え、隕龍の目の前に背中から着地した。普通に考えて、全身複雑骨折コースだ。

 

「痛...く、ない?」


 しかし、俺の体は平然としていた。加護の力を、身を持って実感したのだ。

 俺が立ち上がっている間にも隕龍は動こうとはせず、此方を睨み続けていた。一応、警戒程度はしてくれているらしい。そっちの方が、俺にとっては好都合だ。


 確かに体は丈夫になっている。しかし、どの程度の衝撃まで受けきる事が出来るのか、俺の攻撃は通用するのか、そもそも加護によって出来るようになった事だとか、未だ不明瞭な事は多い。

 そうこうしているうちにも、隕龍が四度目の咆哮を放とうとしている。突っ立っているだけではただの的だ。試す意味でも俺は足に力を込め、真上へと跳んだ。

 

 いや、


「あばばばばばばばばばばばば」


 飛んだ。それはもう豪快に。

 元の世界なら、俺はフライングヒューマンとして一躍名を馳せていたかもしれないな。

 俺は大気を突き抜ける爽快感と息苦しさの中、そう思った。

 

 昇るスピードが緩やかになり始めたのは、丁度雲を突き抜けたあたりだった。今日一日の事は考えるだけで頭がパンクしそうなので、今見える綺麗な景色の事も、ジャンプしたと思ったらやり過ぎちゃった事も、考える事を放棄した。悟りを開こうとする仏教徒って、こんな気分なのかな。


「というか、このまま落ちてどうするんだ?あのトカゲに頭突きでも食らわせるか──」


 と、その時だった。微かに聞こえてきたのだ。三度聞いた、あの鳴き声が。それも、どんどん大きくなってきている。まさか。


「グギャオオオオオオオォア!!!」

「堕ちて来るんだ、そりゃ昇りもするか...!」


 真下から、隕龍が迫って来ていた。空気の抵抗を物ともせず、四肢を折り畳み、翼を空気を撫で付けるようにさせた姿はまるで戦闘機だ。

 今の咆哮によって雲は霧散し、飛んでいた鳥たちは地へと叩き落とされた。青い空には、俺と、隕龍しか存在していなかった。

  と、思ったのだが。


 「隕石って、そうやって出すもんじゃねえだろ...!」


 俺の頭上が光ったかと思うと、空いっぱいに赤い魔法陣が数え切れないほどに展開された。その直後、魔法陣からは巨大な岩石が地表に向けて解き放たれたのだ。

 下を見る。隕龍は減速すること無く此方へ一直線だ。このままいけば俺の体をブチ抜き、そのままの勢いで大気圏にまで行ってしまいそうだ。

 武器もなければ策も無い。今の俺にできる事はただ一つ。


「ブチ抜き、返す...!」


 俺は頭を下に向け、落下体制を取った。スカイダイビングなんてやった事ないけど、頭の中にあるイメージの真似をしてみた。

 隕龍と目が合う。数秒後には正面衝突する。考えている暇は無い。


「俺を食べてみろ、飛行トカゲ」


 俺は迫ってくる隕石に両足を付け、足を折り曲げた。

 そして水中で壁を蹴る要領で、隕龍目掛けて飛び出した。


 ズドン、と重い衝撃音が鳴った。

 俺の拳は隕龍の牙を捉え、そのまま頭から尻尾までをブチ抜いたのだ。

 昔宗教の勧誘で、神の加護だの信心だのなんだの言われた時はガチャの神しか信じていないときっぱり断ったりもしたが、


「邪神サマを信じなさい、ってか」


 これは、とんでもない。

 全身燃えるように熱い隕龍の血で覆われた俺の体は、重力に逆らえず、そのまま落ちていくのだった。

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