第3話 鼻打ち、鯖落ち、一騎討ち ②
「な...なんだ?」
画面に触れた途端、空気が変わった。いや、そんな生半可な言葉で表していいものじゃない。
大気は震え、空にはとち狂ったかのように暗雲が渦を巻いていた。草原は緩やかな風が吹いていた先ほどとは違い、草が土ごと持っていかれるのではないかと思うほどに暴風で荒れていた。
気が付けばあの半透明の青いスクリーンは消え失せ、代わりに地面に魔法陣が刻まれていた。周りの草は焼け焦げていて、土が露わになっている。
その比較的オーソドックスなデザインの魔法陣──魔法陣にオーソドックスも何もないとは思うが、六芒星を基調としてよく分からん文字が円状に刻まれていたりするあれだ──は紫の光を纏っていて、心なしか脈打っているようにも見えた。
こんな時に使う、便利な言葉がある。
「ヤバい...!これは誰が見てもヤバい!」
そう、ヤバい。今起きている現象全てがヤバいのだ。
自分のしでかしてしまった事に後悔しながらも──今日は後悔しっぱなしだけれど──、とにかくこの場から急いで離れる事にした。
その時だった。
この地一帯の空気全てが、魔法陣へ圧縮されたような気がした。いや、空気だけじゃない。これはもっと別の──"何か"だ。
「急いで、離れないと、」
あれほど荒れ狂っていたのが嘘のように、辺りは静寂に包まれていた。
しかし俺にはそれが、先程まで事態が悪い方へ転がり落ちていたのが、とうとう崖へ真っ逆さまに落っこちてしまったかのような、そんな気がしてならなかったのだ。触手とは違うベクトルで、本能が死の危機を感じ取っていた。
しかし、動き出すのが些か、いや大分遅かったみたいで。
魔法陣から、圧縮されていた"何か"が、栓を切ったかのように吹き出した。
爆発。先程まで魔法陣へ集まるように風が吹き荒れていたのとは対照的に、外側へ解き放つような爆発だった。
当然俺の身体は呆気なく吹き飛ばされた。頭だけは守ろうとして、両手で頭を包み込んだ。
不幸中の幸いか、足元が膝丈ほどまで伸びているほどに茂っている草原だったので、落下時にはそこまでの衝撃は伴わなかった。しかし暴風は止まる事なく、落下した俺を更に後方へと転がしていった。
体感二〇〇と少し回った頃、ようやく大気の解放が落ち着いてきた。
「天が地に、地が天に...これが回されるガチャの気持ちかぁぁ...」
正直回りすぎて平衡感覚が失われていたので、自分が立っているのかすら曖昧だったし、自分が何を言っているのかも定かではなかったけれど、何とか気力で持ち直した。
俺が飛ばされてきた方向──魔法陣の方を見やる。辺りは土煙で覆われていて、どうなったのか把握しようがなかった。
「近づいてみるか...?でも、反抗的なやつが召喚されてたら太刀打ちできないぞ...?」
転がされている時に頭を打つまで忘れていたが、これはあくまでも"召喚"しただけにすぎなかった。つまり、本当に
正直に言うと、お近づきにならずこのままそそくさと逃げだしてしまいたかった。でも、自分で撒いた種だ。もしかしたら、以外と話のわかるやつが喚び出されたかもしれないし。
そう自分へ言い聞かせ、俺は未だ砂塵舞う魔法陣一帯へ、足を踏み出した。
歩いている内に、徐々に砂煙が収まってきた。そうして俺は、召喚の影響をまざまざと目に焼き付ける事になった。
「地面が、抉れて...というよりも、消し飛んでる?」
魔法陣がある場所を中心として半径100メートル程が、緩やかなクレーター状に抉れていたのだ。しかもクレーターの表面には生えていた雑草はおろか瓦礫一つ見当たらず、まるでそこにあったものがチリ一つ残さず消滅してしまったかのような、そんな不気味な雰囲気を醸し出していた。
いや、そんな事はどうでもいい。
問題は、
「人、だよな、あれ」
魔法陣の上に立っている、人がいる。
反対を向いているので顔は分からないが、体つきを見るに女性らしい。
恐る恐るクレーターを滑りながも、その喚び出されたと思わしき人物を観察する。
髪は自然な金色で、頭に二本の天をも穿つような角が生えていた。黒のドレスを身に纏い、首にチョーカーのような物を付けている。おまけに全身に漆黒の"何か"が渦巻いている。
二つほど、見なかった事にした。
「見なかった事にしたかった。...大方予想はついてたけど、やっぱり純粋な人間じゃ無いのか?...そういえば、レアリティはなんだろう」
こんな時こそ、あの青いスクリーンだろう。
俺はタブレット端末ほどに収縮させたメニューを開くと、"ナカマ"をタッチした。
初めて開いたがチュートリアルも無く、すぐに目の前の人物のもの思わしきステータスが表示された。
「えっと、名前が...邪神、職業が...邪神、ステータスが...測定不能、スキルが...不明、レアリティが...エクストラシークレット+...」
これは。
とんでもないものを。
引いてしまったのかも──
「おい、そこのニンゲン」
話しかけられた。邪神──彼女の声が耳に入った途端、全身が鉛でも入れられたかのように重くなった。指の一本も動かせない。
「え、えっと...俺、ですか」
そう、返事をするのでいっぱいいっぱいだった。
恐らく彼女は何もしていない。ただ、言霊のみで俺を縛り付けているのだ。
彼女は振り返り、血よりも赤い両の眼をこちらへ向けて突き付けるように言い放った。
「そうだ、貴様だニンゲン。我を喚び出すとはとんだ狂信者のようだが...前回とは違い、我本体が喚び出された。あろう事か、我ですら破ることの出来ない拘束つきでな。何者だ」
何者か。いくつか聞き返したいこともあったが、とにかく答えるだけで精一杯だった。
「おれ、俺はちょっと、その...試しに、喚んでみただけ、の...一般人、です」
「殺すぞ」
瞬間、彼女を中心に再び風が吹き荒れ始めた。お遊びの殺害予告ではなく、本気で彼女は俺を殺す気でいる。
こうなれば策は一つしかない。
「本当なんだって!大体SSR以上確定なら普通SSRが出てくるだろ!エクストラシークレット+とかレアリティがどれだけあってその中の何番目なのか分かんないし!しかも出てきたのが名前が邪神職業も邪神、そんなのを最初のガチャで引くとは思わないだろ!」
逆ギレしてみる。邪神と言えども、レアリティがどうこうガチャがどうこうと言われれば困惑の一つや二つして、こちらの話を聞く気にもなってくれるに違いない。いや、なってほしいです。
あと、これじゃ神引きじゃなくて邪神引きだよトホホ〜と付け加えたかったのだが、本気で細胞一つ残さず消し飛ばされそうなので言うのをグッと堪えた。
さて、目前の邪神様の反応といえば。
「...は?」
右腕が漆黒の"何か"に覆われていて、最早爪が本体だと言わんばかりの殺人的右腕と化していた。
あ、これ、死んだわ。
ソレが振われようとした瞬間、走馬灯のように蘇る、俺の懐かしき記憶。
初めてお年玉で一万円課金した時は、なんとか目当てのキャラを引けて大喜びしたっけな。その調子に乗ってもう一万入れて大爆死したけど。
『Sacrificz』が始まる少し前、別のゲームをやっていた頃に、バイトで貯めた金を全てガチャぶち込んで、親と大喧嘩した。ちなみにガチャは爆死した。
件の『Sacrificz』では、一周年記念武器が実装された際、それを最後まで限界突破させるとなぜかステータスが初期値になるバグを最初に見つけたのが俺で、ネットで若干有名人になったりもしたなあ。因みに限界突破させる為に使った金は...思い出したくもない。
あれ?
ロクな記憶がな───
気がつくと、腕は目の前にまで迫っていて。
来世は石油王の養子がいいな、なんて思いつつも。
緩やかに、死を受け入れとうとして。
バツン、と小さく破裂音が鳴り。目の前から俺を殺そうとした邪神は、最初からいなかったかのように消え失せていた。
「え?」
周囲を見渡す。今日は何度もこの動作を行なっているので、中々板についてきた気がする。こんなものを板につけてどうしようというのか。
そんなことより、邪神がブレーカーを落とした時みたいな効果音付きで綺麗さっぱりいなくなってしまった。
普通に俺を殺そうとしていたし、邪神の意思では無いだろう。では何故。
「そういや、メニューがいつの間にか消えてる」
何か関係があるのかもしれない。
そう思いメニューを開いた俺の目に飛び込んできたのは、
『ソウテイヲコエタフカニヨリサーバーキンキュウメンテナンスチュウ ソウキサイカイノヨテイ』
「想定を超えた、負荷」
つまるところ。
「鯖落ち、したのか...」
鯖落ちの原因は十中八九、邪神だろう。負荷のかかった要因は、右腕に漆黒の何か──暫定"魔力"を纏わせていたあの技に思えるのだが、あれがもし、大技でないとしたら。そう考えると、ゾッとしない。
しかし、まさか鯖落ちに救われるとは。長年悩まされてきた分、中々複雑な気持ちではあるが、一先ず感謝しておいた。ありがとう、サーバーの神様。
その後画面を閉じたり開いたりしていると、メンテが終了したようでちゃんとしたメニューに戻っていた。しかし邪神様は出てこなかった
「一回消えると、自力では出てこられないのかな...」
"ナカマ"をタッチし、"邪神"を選択してみる。
俺の記憶が正しければ恐らく──
「あった、"召喚"」
俺がガチャで出した"ナカマ"は、自由に呼び出したり、消したりすることが出来るのだろう、"召喚"の横に"回帰"もあった。
それはさておき、俺はこのまま馬鹿正直に邪神を喚び出しても良いのだろうか?また殺しに来るだけな気もするが...
「いや、弱気になってちゃダメだ。せっかく邪神なんて存在を引けたんだ、聞けることもたくさんあるだろうし」
さっきので頭のネジの何本かが飛んでいったのか、行動が大胆になってきている。自分でも驚きだが...そういえばさっき、拘束がどうこう言ってたっけ。負荷がかかれば鯖落ちするし、意外と死ぬ危険性は考えているよりも低いかもしれない...99%から、98%になった気分だ。
「まあいいや、なるようになるさ..."召喚"」
画面をタッチし、召喚に備えた。
アレは初回限定演出だったのか、特に周りに異常をきたす事なく喚び出すことが出来た。
喚び出された邪神様も先ほどとは変わっていて、困惑している様子だった。
「貴様、何をした」
「何をしたって、鯖落ちしたんだよ。貴女が力を解放したせいでね」
事実である。しかし俺、1%命を失う確率が減っただけでタメ口に切り替えられるとは...我ながら驚きである。
「解放?大気中の"エーテル"に魔力に混ぜたものを腕に纏わせただけだが?」
とんでもない口ぶりである。それだけでこっちは死の危険に晒されていたのに。
「貴女みたいに強大な存在だと、それだけで脅威足り得るんだよ。あとエーテルってなんだ」
「フン、ニンゲンとは脆い生き物であったな。して、先ほどから"ガチャ"やら"鯖落ち"やら、意味のわからん言葉を使いおって」
やっぱり、邪神でも知らないことはあるようである。というか俺の無知は無視されたようだ。悲しい。
「えと、説明した方がいいか?」
「チッ...早くしろ」
その後俺は、ここにきた経緯を出来る限りわかりやすく伝えた。その過程で、彼女を喚び出したのがたまたまだという事を再び聞いた彼女が再びブチ切れそうになる天丼がありながらも、なんとか一部始終を伝え終えることが出来た。
「与太話だが、合点は入った。つまり貴様は、別世界よりその触手とやらに連れて来られたわけだ」
「え?」
別世界。それを俺がいた現代日本とするならば、つまりここは異世界という事になる。
怒涛の展開の連続で忘れていたが、自分で提唱して記憶の片隅にしまっておいた異世界説もあった。
しかもよく分からない呼び出し自由のスクリーンに大規模とかそういうレベルじゃないガチャ、もとい召喚、おまけに目の前の邪神と来たもんだ。
確かに、異世界なのかもしれない。
もし、それが本当だとして。
「俺は一体、どうすれば課金石を集められるんだ!」
ガチャ画面の右上にあった、あの石のマーク。
だいたいああいうのは集めにくいというのがテンプレなのだ。だからこそ、人は課金するのだから。
しかし、この世界では課金することは叶わないだろう。
ああ、どうすれば...!
「別世界に来たと知り、最初に憂慮する事がソレか...なるほど貴様も狂っているな」
「え?」
「数年前、一度ニンゲンに喚ばれたことがある」
そう切り出して、邪神は語り始めた。
「そいつはニンゲンでありながら、我を信仰するための宗教を興した」
「何のために?」
「同族を──ニンゲンを我への供物として捧げる為だ。我の分霊を喚び出した際、三日三晩ニンゲンの解体作業をしながら愛おしそうに語ってくれた。通常のニンゲンであれば、我の存在を知覚した途端に死に至るというのに」
それは末恐ろしい話だ。邪神(本体)を召喚し、あまつさえ拘束していますなんて知られたら大変な事になるに違いない。...というか、聞き捨てならないワードがあったな今。
「知覚したら死ぬって...俺、死んでないんだけど」
「だから、通常のニンゲンであれば、と言ったろう。我を視認し立っていられるのは余程の強靭な精神の持ち主か、既に異常をきたしている者──つまり狂人かだ」
「俺が、狂人だとでも言いたいのか?」
「違うのか?以前のニンゲンが喚び出した我は分霊であったが、此度は我が直々に赴いてやっているのだぞ?」
邪神はどこか楽しそうだ。
「俺なんか、三度の飯よりガチャが好きってくらいで...俺より異常な奴なんて、俺がいた世界にはゴロゴロいると思うけど」
「クク、そうだといいな」
俺が腑に落ちていないままに邪神はさて、と話を続け、
「この我の首元のチョーカー...先ほども言ったが、我をも拘束し得る程の力が備わっている。どうやら、貴様に手を出そうとすれば、記憶から"貴様を殺そうとした"事のみが完全に消し飛ばされるようになっているらしい。おまけに強制的に貴様の言う"回帰"状態になる」
「なんで記憶から消えたのにそんな事分かるんだ?」
「自分の記憶から何が消し去られたかも把握出来ずに、邪神が務まると思うか?」
「知らんがな」
「それよりも厄介なのは"回帰"だ。あの空間、我でなければ一刻と経たずに狂ってしまうだろうよ」
そんなに恐ろしいのか、"回帰"。こいつには嫌がらせに使うとして、他の召喚した子はなるべく"召喚“し続けるようにしよう。
「貴様、我が貴様に手を出せないと知り随分と調子に乗っているようだが...いつ拘束が緩まっても可笑しくは無いのだぞ?」
「モウシワケアリマセンデシタ」
殺気だけで善良な市民がくたばりそうである。俺とか。
「ふむ...どうやら、純粋な狂人ではないらしい」
「純粋な狂人ってなんだよ」
「そのままの意味だ...それよりも貴様、"ステータス"を開いてみろ」
いきなりなんだと言うのか。
戸惑いつつも、大人しくステータスを開く事にした。逆らったら怖いし。
「何か可笑しな所は無いか見てみろ」
「可笑しな所って言っても、そんなのある訳...」
ノートパソコン程の大きさにしたステータス画面を隈なく見てみる。次いでに声にも出してみる。
「──、20歳、精神:正常、レベル:1、スキル:『邪神の加護』...」
その後残りの欄も読み上げたが、特に変わった点は見られなかった。
「ほら、可笑しな所なんてどこにも...」
目の前の邪なる神は、思いっきりニヤついていた。
「可笑しな、所...」
口元を手で覆っている。
「可笑しな...」
あるじゃん。思いっきり。
「おいっ、なんだよこれ、いつの間に──」
俺が邪神へ問いただそうとした瞬間。
"ソイツ"は、天より"堕ちて"きた。
「グギャオオオオオオオォア!!!!!」
三度、草原を暴風が吹き荒れた。そろそろ草原から焦土へ名前変更しても良い頃合いかもしれない。
「って、そんなことより!なんだよあのドラゴンは!」
「ニンゲン共の呼び名で言う所の"隕竜"だ」
「い、隕竜?」
「隕石が如く天より人里に堕ちてきては荒らしまわるという"
物知りだ。流石邪神なだけのことはある。
土煙より、マグマが冷え固まったかのように黒くてゴツゴツとした脚が姿を見せた。身体は流線的なフォルムで、堕ちて来るのに適していそうだ。頭部からは、マグマのように赤き瞳がこちらを捉えていた。
「グギャオオオオオォォォア!!!」
「うおおおおおおおっ!?」
隕竜が再び吠え、地面が震えた。
隕竜は咆哮のみで地面を隆起させ、マグマを噴出させたのだ。邪神召喚といいコイツといい、こっち異世界に来てからろくな奴と出会っていない...!
「ちょっ、邪神!あれ、アイツどうにかして!」
「それは無理な話だ。どうやら貴様の声にはある程度我に対する強制力が備わっているようだが..."戦え"という命令は、無視できるらしい」
「んなアホな...!」
今度は空から隕石が降ってきた。名前に恥じぬ働きぶりである。うちの邪神も見習って欲しい。
「クク、原種とニンゲンの一騎討ちだ。そうそう見られる余興でもあるまいて」
「人が死にかけてんのにコイツは...!」
「そら、来るぞ。貴様が倒さねば、人里に被害が及ぶだろうな?」
どうやら、俺はコイツを──隕竜を、倒さなくてはならなくなったようだ。
あれ?チュートリアルは?てか、どうやって倒すの?
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