第2話
「ソフィアちゃん、ありがとう。すごく楽になったよ」
「おばあちゃん、よかった。またいつでも来てくださいね」
シスター見習いになって一年はあっという間に過ぎ去った。毎日のように痛みや病を抱えた村人たちが無償で受けられるシスターの魔法治療を求めてやってくる。ひっきりなしに人は来るけれど、魔法治療の行えるシスターは一人二人ほど。王都や大きな領地にある医院になら専門の魔法治療師がいる。だけど辺境の地であるここは、魔法治療師と言えばもう教会のシスターしかいない。
小さな医院さえもここにはないのだ。流行り病なんてあった場合は真っ先に国から排除される可能性のある村。それが私が住んでいて、アクロイド男爵家の治める、領地とは呼べないほどの小さなリンデ村。貴族の末端中の末端、貧乏もいいところ、王都にいる商人よりも貧乏、アクロイド男爵家はそんな貴族だ。
昔、今住んでいるこの王国に取り込まれたことによって私たちはこの地に住むようになったと聞いたことがある。でもそれ以上は聞けなかった。その話を教えてくれたのは祖母だったけど、あまりの悲しい表情に踏み込めなかった。
「ソフィアちゃんは、いっとう綺麗な髪と目だねぇ。それだけ綺麗な色を見るのは、久しぶりだよ」
「おばあちゃんも、一緒よ」
ニコニコと治療を受けに来たおばあちゃんと話をする。この村は外部から人を受け入れることが少なく、大半の人が私と同じ銀色の髪に紫の瞳。実は遠縁の親戚でした、なんて話もよくあることだ。村の人口も少ないし、他所から結婚相手を連れてくる人も少ない、さらに言うと結婚適齢期と呼ばれる年齢に至っている人がほぼいないので、村はすでに結婚した人かまだ幼い子どもしかいない。
「あたしのは、もう濁ってねぇ……。うんうん、綺麗だわさ、あたしの一番好きな色よ。旦那と同じくらい綺麗でね、旦那を思い出すんよ」
「旦那さんも、紫色だったんだねぇ」
「そうさそうさ、ほんに綺麗な色でねぇ、あたしはそれに惚れたのさ」
思い出話を聞かせてくれるおばあちゃんの表情は、切ない。でも、戦争で死んだ。その言葉の重さがのしかかる。詳しくは知らないけど、戦争に徴兵されて、亡くなったのだろうと思う。
「ソフィアちゃん、またね」
「はい、また」
しっかりとした足取りで、おばあちゃんは荒れた地面を歩きだし、帰っていった。その背はひどく小さく感じた。
「ソフィア、王都にある魔法治療師専門学校に行ってみないかい? アンタの魔法治療師としての腕、一年間ずっとそばで見てきたアタシにはわかる。アンタはもっと専門的に学ぶべきだってね」
「シスター……。私はこの村の現状を、この教会で見習いとして従事してきてから初めてよく知りました。よく、思うのです。この国は平等とうたいながら不平等。医院さえもないこの村の有事の際の行く末など考えなくてもわかります。必ず、戻ってきます。私はこの村で魔法治療師になります」
「ソフィア……アンタは、この村の成り立ちを、知っているか?」
「昔、祖母に聞いた話なら……。ただ、その時に聞いたのはこの王国に取り込まれたとだけです」
「うん、間違いではないね。一応、言っとこうか。アタシも聞いた話だから知ってるわけじゃないけどさ。この王国とこの地に住む村人たちはいわば、戦争をした。といっても、攻めてきたのは王国側、アタシらは抵抗虚しく負けたわけだ」
急に攻め込まれて、急にこの地に住まわされて。さっきおばあちゃんが亡くなった旦那さんの話をした時の表情が、悲しそうだったのはそういうことだったのかと思う。シスターも攻め込んできた理由は知らないらしいけれど、この話をしない理由は教えてくれた。次の世代に怨恨を残さないためらしい。
たしかに、いつまでも攻められたことを根に持って恨んでも、失われた命は戻ってこない。それなら次の世代の人たちがお互いに仲良くできればいい、そういう考え方を先人たちはしたようだ。
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