第三章
さて、ついに旅行です。車に乗り込む前、
「どうして旅行に行くことにしたのですか?」
と旦那様に尋ねると、旦那様は
「新婚旅行だよ?」
と答えてくれた。
それを聞いた途端、恥ずかしくて顔から火が出そうでした…!
「今回はどちらに向かうのでしょう?」
車での移動中、運転手はいるものの旦那様と二人横に並んで話題がないと言うのは気まずくて…何か話題はないかと思い、とりあえず話しかけてみたのだ。
「そうだな。人間の世界ではないな。」
え、異世界にでも連れて行かれるの?
「今回行くのは、妖怪の国だ。」
旦那様は懐かしそうな顔をして笑った。実際、懐かしいのだろう。
「旦那様のご実家に行くのでしょうか?」
にっこり笑いながらそう尋ねると、
「いや、新婚旅行にそんなところには連れて行かないさ。それに…。」
旦那様がその続きを話されることはなかった。一度、お義父様やお義母様にお会いしてみたいものだが、どちらにいらっしゃるのだろうか?
「起きて。ついたよ。」
旦那様の声に優しく起こされる。どうやら私は眠ってしまっていたらしい。それも、旦那様の肩を借りて。
「も、申し訳ありません…!」
頭を下げて謝ると、旦那様はニコニコして
「いいよ。夫婦なんだから。」
と言った。
旦那様が車から降りられて、私も降りようとすると、旦那様は
「はい。」
と手を差し伸べてくれた。旦那様の顔は少し赤かった。恥ずかしいのならなさらなくてもいいのに。そんなことを思いながら、でも、それが心底嬉しかった。
「ここは温泉旅館だよ。」
旦那様は指を指して説明してくれた。
「…綺麗なところですね。」
近くでは川が流れ、さらさらと水の流れる音がする。周りには何本も木が植えられていた。そろそろ秋だから、だんだん色づいている。
「そうだろう?お嫁さんに来た人と一緒に行こうと思って、この間から予約していたんだ。」
その旦那様の言葉に、私は少しやきもちを焼いてしまった。もしお嫁さんに来たのが私じゃなかったら…旦那様は、他の人と…。旦那様のことが好きになってしまった今、そんなことを想像すると胸が痛んだ。
「どうかした?」
「いっ、いえ、何も!」
少し赤くなった頬を隠しながら、私と旦那様は旅館の中に入っていった。
「いらっしゃいませ。」
予約と受付は旦那様がいつも従えている人たちがすませてくれていたようだ。
旦那様はいつも誰か連れている。私への配慮か、女の人は少ないけれど。旦那様は、いったい何者なんだろうか?
「わあ、綺麗な部屋だね。」
俺自身も初めてくるから、嬉しくなってしまって。だから、手を離してしまっていたんだ。可愛い琴音の。あの時離しさえしなければ…。
「あれ?こ、琴音?」
琴音はいなかった。
「んん!んんー!」
ここはどこだろう?確か、旦那様と部屋に行く途中、口に、布が当てられたところまでは覚えているんだけど…。
「お、起きたかい?嬢さん。」
後ろから声がするけれど、縛られて後ろが向けない。窓から月の明かりが見える。今は夜なのだろう。さっきまで朝だったのに…眠らされていたのだろうか。
身をよじらせ、なんとか後ろを振り返る。逆光でシルエットしか分からない。でも、なんか…。
「今、口の布取るから。」
そう言ってその男の子らしき声が私の口を封じていた布を取り外した。
「大丈夫?苦しくない?」
「はい。」
私は冷静だった。このシルエット。獣のような耳が生えているらしい。と言うことは、旦那様関係なんだろう。使用人も何故だかたくさんいるし。旦那様が働いてるとこ、みたことないのにね。旦那様が何か隠していてもおかしくない。
「ここはどこですか?」
私がそう言うと彼は
「君をさらった旅館の裏だよ。ちょっと困らせたいだけだから、そんなに遠くまで運ばなかったんだ。」
そっか。だから。
「だから、旦那様がいらっしゃるのですね?」
「…え?」
彼は困惑していた。私が何を言っているのかが分からないようだ。
けれど、自分の影と重なった影に気がついて、後ろを振り返った。
「やあ。こんばんは、琴音。」
「はい、旦那様。」
私はにっこりと微笑んで見せた。旦那様がそれに答えて笑ってくれたかは分からないけれど。
「おい、お前。」
「は、ハイっ。」
彼は恐れたような声をしている。やはり旦那様は相当恐れられる立場なのだろうか?
なんとか弁明しようと彼が口を開く。
「あ、あのー…。」
「あ?」
旦那様は相当怒っていらっしゃるみたいだ。ここは、妻として私がなだめないと!私は無事だったんだから。
「旦那様。彼は旦那様の部下ですか?」
「ん?ああ。そうだな。たった今まで、こいつは俺の部下だった。」
クビで済むのかしら、彼。
「旦那様、どうか優しい罰をお与えくださいね?私、関わってしまった生き物が辛い目に合うなんて耐えられなくて…。」
私が俯きながら叶いそうにそう言うと、旦那様は少し悩んでから
「琴音がそう言うなら、何もしないでおこうか?」
と言った。嬉しかった。誰かが私の意見を聞いてくれたのは初めてだったから。その初めてが、旦那様で嬉しかったのだ。
「まあ、旦那様。それほど嬉しいことはないですわ!私の誕生日プレゼントですわね?」
私はにっこり笑ってそう言った。本心から嬉しかったのだ。
「それに、かっこいい旦那様がみれて私、幸せですわ!私のピンチに、助けに来てくださったんですもの!」
旦那様に縄を切ってもらいながら私は続けた。月の明かりで旦那様の顔が見える。旦那様の顔は、なんだかポカーンとしていた。何かあったのだろうか?
「かっこいいと言ってもらえて嬉しいが…いや、まずは部屋に戻ろう。」
そう言って私達は部屋に戻ることになった。なんだか、一瞬の出来事だったな。
「それで、彼はどうなりますの?」
「うん?好きにしたらいいよ。君にあげよう。」
旦那様はそうおっしゃってくれた。それなら、彼のことについては安心ね。斬首とかにされなくてよかったわ…。
「斬首とかにならなくてよかったね。」
ほんとにね!するつもりやったんかい!
「それで、その…。」
旦那様はなんだか申し訳なさそうだ。何かしてしまったのだろうか?
「君、誕生日なの?今日?」
「はい。」
私はお茶をすすりながら答えた。もしかして、ポカーンてしてたの、それ?
「教えてよ!」
「も、申し訳ありません…。」
旦那様は私の腕をがっしり掴んで離さない。
「誕生日なんかに、君をさらわせてしまうなんて…本当にごめん!」
旦那様は土下座せんばかりの勢いで謝ってきた。旦那様は何も悪くないのに、どうして謝っているのだろうか?
旦那様の頭に手を伸ばし、ゆっくりの撫でる。何を謝っているのかは知らないが、こうすれば落ち着くだろうと思ったのだ。旦那様が私をみた時には、旦那様の頬は少し赤くなっていた。可愛らしい。
「ごめんね、ほんとに…。」
旦那様はそれでも謝っていた。
「謝らなくていいんですよ。旦那様は悪くないんですから。」
私は旦那様の頭を撫で続けた。
翌朝。目が覚めると、私は旦那様と寝ていた。旦那様が右横でスースーと寝息を立てている。が、気が抜けているのだろう。耳と九本の尻尾が出てしまっている。誰かが来る前に、起こさないと。
「旦那様。朝ですよ。」
旦那様の肩を揺する。
「う、ううーん。」
旦那様が起きたようだ。ゆっくりと目を擦り、私の方を見て幸せそうに笑った。
「それで、説明していただけますよね?旦那様が何者なのか。」
旅行を急遽取りやめ、家に帰る途中、私は旦那様に声をかけた。
「うん。いいよ。」
旦那様はどこか悲しそうだったが、話す決心をしてくれたようだった。
「俺ね、ここら一体の土地の神様なんだ。」
「そうですか。」
「そうですかって…。」
旦那様は私の対応に驚いたようだった。でも、私は納得が行っただけだった。だから、あんなに多くの使用人がいたのかって。
「君をさらった彼は、隣の土地神の息子でね。家に修行に来ていたんだけれど、俺に対抗心を抱いていたから。」
なるほどなるほど。それも納得。だから私はさらわれたのね?ちっぽけな理由ね。まあ、もう許すと決めたのだからいいのだけれど。
「…怖くないかい?」
「いいえ?まったく。」
むしろ、何故旦那様を恐れなければいけないのと聞きたいくらいだった。だって、旦那様はあんなによくしてくださったのに。
「好きですよ、私。旦那様のこと。」
私はにっこり笑ってそう言う。私は人間だ。旦那様にそう言ってあげられるのも、妖怪の彼らのは違って限られているだろう。でも、一緒にいたい。できるだけ多く、あなたと。だって、愛しているから。この世の誰よりも。愛してますよ、旦那様。だから、怖がらないでください。私は、あなたのことを恐れたりしませんから。
旦那様は泣いていた。私も、泣いていた。そうして日はすぎる。私がこの息を止める、その瞬間まで。
九尾様のお嫁さん! 空月 若葉 @haruka0401
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